海外生活体験者・学生インタビューvol.3


S.Y.さん。1985年米国ニュージャージー州生まれ。その後、シカゴ、デトロイトを転々として、92年に日本帰国。12歳で再度渡米し、シカゴ近郊の小・中・高校に通う。その後、大学受験のため帰国。東京大学文科Ⅰ類に合格、現在法学部法律学科4年生。バンドMad Cloverのメンバーとして活動中。

―Yさんはアメリカで生まれて、小学校の2年生までニュージャージーで育ったんですよね。小2で日本に帰ってきたとき、戸惑いはありましたか?

うーん、そうですね。僕の場合、日本語もあやふやだったし、僕の年代の男の子がどういう言葉遣いをしてるのかとかも、よく分からなかったから。ほら、小学校の男の子って、自分のこと「ぼく」って言うと思うんですけど、僕はそれがわかんなくて。学校の自己紹介のときも「ワタシはYです」って言っちゃって。まあ、幸いウケたからよかったけど、ホントどこのカマキャラだよって感じですよね(笑)

―自分が帰国子女であることについて、どう思いますか?

やっぱり、歌では有利だと思います。日本で英語のラップができる人間って希少だと思うし、東大に入れたのも、この帰国子女っていうブランドのおかげなんですよね。ホント、この裏口のおかげです(笑)
あと、自分が一年留年して、もう一年バンド活動ができるのも、帰国子女であるからだと思うんですよ。ほかの人間に比べたら絶対英語はできるし。だからまぁ、俺が食いっぱぐれることはないだろうなと(笑) 帰国子女であることのおかげで、好きなことができると思います。

―将来の夢は何ですか?

バンドで成功することですね。それも、今のメンバーで。自分のバンドのメンバーを誉めるのもちょっと変なんだけど、ホントにすごいなって思うんですよ。書いてくる歌詞とか、「あ、自分じゃ絶対できないな、すげぇな」っていうのがあって。だから今のバンドのメンバーで、成功したいと思う。……あ、成功したら何するかってよく聞かれるんですけど、それは全然考えてないです(笑)
今のバンドのメンバーが集まったのも、結構長い経緯があってね。まぁまずSって人間が……(以下長くなるので省略。ここでYさんは、こっちが嬉しくなるような満面の笑みを浮かべながら、バンドMad Cloverのメンバーに関する長い長ーいヒストリーを話してくれました。)
…なんだよね。あ、ごめんごめん。長かったよね(笑) 要するに、上京して、すごいメンバーチェンジして、今の形になったって、記事には書いて良いからね(笑)

―ありがとうございます(笑)ところで、Mad Cloverの現在の活動は?

月に2、3回はライブハウスでライブやってます。あとはすっごい地方のラジオに生出演したりもしてます。んま、ど真ん中(都心)のいいとこはまだ駄目なんだけどね(笑) あ、これ俺らのバンドのCDなんですけど、良かったらどうぞ。

―わぁ、ありがとうございます。iPodに入れて持ち歩きます。

そうそう、MP3としてミュージックプレイヤーに入れられるようになってるので、是非そうしてください(笑)

―Yさんが、今一番大切にしてるものって何ですか?

うわ、結構深い質問(笑) んーとね、うーん……、今を大事にすること。後悔しないように過ごすこと。俺ね、塾講師として高校生教えてたんですけど、ホント「人生無駄にしてんなー」って思ったんですよ、今の高校生。変な言い方だけど、遊べるときに一所懸命遊んで、勉強できるときに一所懸命勉強するってのがいいと思う。でも彼らは、それが出来てないと思う。
だってさ、就職したら、そういうことが出来なくなるじゃん。ましてやガキとかできたらもう、物理的に身動き取れないし。俺のさ、大学いたときにバリバリ飲んでた先輩が、就職したら、「ごめん、俺仕事だから」って、飲み断ったりするんだよね。だから俺は、出来るときにいろいろやりたいと思う。以上(笑)

インタビューアから一言

Yさんは、すごく良い意味でエネルギッシュな方で、今回インタビューをさせて頂いた私まで、エネルギーを分けてもらった感じです。お話していてとても楽しく、インタビューであることをうっかり忘れてしまうところでした(笑) 呼ばなくても人が寄ってくるタイプの、希少な人だと思いました。今回のインタビューで、彼の人柄や生き様が少しでも伝われば幸いです。今後のMad Cloverの活躍、心から願っています。

藤原彩加。1988年生まれ。5歳から9歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校6年からインドネシア・ジャカルタ。中学1年の時に日本に一時帰国、中学2年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校へ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在1年在学中。