海外生活体験者・社会人インタビューvol.3


Luk Van Hauteさん。1963年ベルギー生まれ。ベルギーのGent Universityで日本語を学ぶ。卒業後、文部省(当時)の留学生プログラムで来日、東京大学で日本文学を研究。そのまま日本で映画制作会社に就職。その後、世界各国を渡り歩き、ベルギーに帰郷。一時、Gent Universityの教授に就任するが、現在は、大学の講師、フリーの翻訳家として活躍。川端康成『美しさと哀しみと』、大江健三郎『セヴンティーン』『性的人間』を英訳&オランダ語訳。‘00年には野間文芸翻訳賞にノミネート。現在、日本人作家の短編や村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』をオランダ語訳中。

―どうして、日本に興味持たれたのですか?

実は、特には興味がなかったんですよ。日本のことなんかほとんど知らなくて(笑) 元々は、言語に興味があって、大学では言語を学びたいと思っていたから。それで、中国語と日本語にするか迷って、結局日本語にした。でも、結果的には日本語にしてよかったと思う。僕が、留学することになる80年代の日本は、ちょうどバブルで楽しかったけど、もし当時の中国に留学していたら、そんなに楽しめなかったと思う(笑)

―日本語はどのようにして覚えましたか?

ベルギーの大学で日本語は勉強した。ただ、日本人の先生がいなくて、漢字の書き取りとか、文法とかは勉強したけど、会話の練習はなくて、ほとんど喋れなかった。日本人が、学校で英語を勉強するみたいな感じだね。実際に喋れるようになったのは、当時の文部省の留学生プログラムで留学してから。

―なぜ、日本の企業に就職したのですか?

あの頃は、日本の企業は「国際化」を進めようと、積極的に外国人の採用を行っていた。でも、僕の知り合いの外国人で、日本に憧れがあって来た人は結構がっかりしてた。たとえば、ある知り合いはその企業の「お飾り」的な扱いを受けて、仕事がなく一日中ただずっと椅子に座らされてた。僕の場合は、小さな会社で、実際に海外の企業との仕事が多かったから、そんなこともなく、楽しい時間を過ごせた。だから、当初の予定の二年が延びて、六年もいることになったんだよね。

―日本での生活はどうでしたか?

やはり、バブルの時代だったということもあって、ベルギーの頃と比べて自分が扱えるお金が増えて、色んなアジアの国に旅行に行けたりして、すごく開放的な生活が送れて楽しかった。また、当時は外国人が少なく、日本人も外国人の扱いに慣れていなかったから、みんな親切だった。

―逆に、日本での生活で大変だったことはありますか?

ベルギーと比べて、なにかと規則が多いという点では苦労したね。グループのメンバーとして規律を乱すなとか。だけど、外国人ということで結構見逃してもらったことも多かった(笑)

―日本に来てよかったという点はありますか?

日本語喋れるようになったのは、現在の仕事に繋がっているし、日本の社会問題にも詳しくなったから、大学などでも講義できるようになったし。後は、日本の文学を読めたことかな。

―Lukさんの夢というのはなんですか?

まだまだ、文学の面で色々としたいことがありますね。日本の文学をもっと翻訳するとか。それから、今までにノンフィクションの本はいくつか書いたことがあるけど、将来的には自分の小説を書いてみたい。

―日本の文学と海外の文学の違いがあれば教えてください。

今は、文学もグローバリゼーションでだいぶと違いはなくなってきたけど、当時はやはり違いはあったと思うよ。僕は大江健三郎について勉強したけど、50年代・60年代に彼が書いた小説や短編はすごいと思った。ヨーロッパでは、当時はまだ性とか暴力については保守的で、色々とタブーがあったけど、彼はすごくオープンだった。だから、視点も違ったし、検閲とかないから極端に書けた。

―それは、どうしてでしょうか?

やはり、宗教の違いだと思う。ベルギーは、ほとんどがカソリックで、その人達が権力を持ってたから、それに従って規則が作られていた。僕自身は、15歳のときにやめたけど、僕の親の世代とかちゃんとそれを守っていたからね。

―ご自身の経験から考えて、異国の地で生活することは良いことだと思いますか?

うん、いいことだと思うよ、視点が広がるから。自分の環境から出ないと、視点が狭すぎて、自分の知らないことが怖くなってしまう。それから自分を守るために、愛国心とか宗教に頼ってしまい、それがファシズムに繋がるから。でも、色んな国で生活しても、経済的理由やよほどの理由がない限りは、最後は皆地元に戻ることを選択するのではないかな。

インタビューアから一言

八十年代という、僕が知らない日本に住んだLukさんは、おそらく、今よりももっと大きな違いがあった日本とベルギーを冷静に見比べて、その違いを冷静に分析していたと思われます。特に最後の「自分の知らないことが怖いから、それから自分を守るために愛国心や宗教に頼ってしまう」という言葉はとても印象的で、その洞察の深さに大きな感銘を受けました。それは、異国の地で、今までにたくさんの物事を経験して来たことがバックボーンになっているだけに、非常に説得力のある言葉だと思います。

内藤健吾。1986年東京都生まれ。5歳のときに、アメリカ・カリフォルニア州に移住し、11歳まで過ごす。帰国後、中学時代まで東京で過ごすが、高校一年の夏に、再びカリフォルニアに戻り、二年間を過ごした後、ドイツ・フランクフトへ。インターナショナルスクールを卒業し、現在、早稲田大学政治経済学部2年に在籍。政治学を専攻。早稲田大学公認の劇団『てあとろ50(フィフティ)』の幹事長を務めている。