海外生活体験者・社会人インタビューvol.6 ~前編~


A.Iさん。1977年生まれ。‘93年にオランダのInternational Schoolへ転校し、高校卒業後帰国。早稲田大学では会計学系の企業分析を行うゼミに入り、商学部卒業後、大手電機メーカーの経理部へ配属されInternational Financial Reporting Standardを担当。‘06年5月より産休に入り、現在は育児休職中。

思ったほど、カルチャー・ショックはなかった

―オランダでの生活はどうでした?

オランダは結構いろんな国の言葉を話せる人が多い国でもあって、外の生活も英語でそんなに不自由しないくらい英語の通じる国でした。自分は楽観的なところがあって、あんまり深く考えないで行けば何とかなるという感じで行って(笑)

でも、勉強はやっぱり大変。英語で勉強するっていうことが初めてで、それは凄く大変だったけれど、後は、あんまり大変さは感じませんでした。日本人にも比較的に優しかったです。

―大学生活はいかがでしたか?

高校のときに勉強を一所懸命やったり、スポーツやったりしたけれど、大学生活はいっぱいとにかく遊んだ。勉強もしたけれど、オランダにいた時のように、深夜遅くまでずっと勉強したりレポート毎日したりということがなくて、遊んでました(笑)

ただ、日本の中にずっといて外の情報が入ってこなくなるのが嫌で、それで国際交流のサークルに入りました。留学生とか日本語学校の生徒とかと、色々なイベントを企画するサークルだったので、風通しがよい環境でした。

帰国子女として見られたのは最初だけ。日本もやっぱり長かったから日本のことも分かるし、そんなに特異には扱われなかったと思います。出身高校言うときだけ、言われるのは(笑)

だけど、違和感が全くなくなったわけではない

―特にオランダとのつながりを重視した訳ではなかったのですか?

日本の中だけでずーっといるっていうのが、もう息が詰まるっていうか、日本のテレビだけの情報しか入ってこなくなるのが嫌で。あと、日本に帰ってすぐはやっぱり違和感が自分の中にあったのかな。入ってすぐは同級生が子どもっぽく見えて、段々その差もなくなっちゃうんだけど、最初それが凄く違和感があって、それで留学生と話したいと。

―何が実際違うのでしょう?

やっぱり、外で色々もまれた経験があるからかな? まあ、オランダの同級生が外見的に老けて見えるっていうのはあるかもしれないけど(笑)

―よく言われる、日本人はあまり自ら意見を主張しないというのは感じましたか?

意見を言わないっていうのは……。オランダから帰って大学に入って最初のころは、学生が黙って授業を受けているのに居心地の悪さを感じていました。オランダの授業が少人数だったのもあって、先生と常に喋りながら授業をしている環境で育ったから、大学に入って急にシーンとしているのが耐えられなくて、ついつい質問してみたりとか、話を振っても大丈夫そうな授業取ったりとか(笑)

最初は、何をするのか分からなかった

―そもそも、なぜ、商学部に?

オランダに行って勉強した中で、Economicsの授業が凄く面白かったのね。実社会、自分の生活に凄く関わりのある話が出てきて、規模の経済とか、そういう色んな理論みたいなのもあったりするんだと知って、勉強したいと思って、軽い気持ちで面白そうと思ったのがきっかけです。

―現在のお仕事を説明してください。

仕事は、会社の会計基準をIFRS(国際財務報告基準)に沿って作っていくこと。日本の会計基準じゃなく、Global StandardのIFRSに照らして、会社のやり方が良いのか?リスクをタイムリーに把握できているか?をチェックして直していこう。直すついでにどうせなら効率がよく、ビジネスができるように変えていく努力をしようという、ちょっと変わった仕事をしています。

経理というと伝票処理というイメージが付き物だけれど、ビジネスの過程にもかかわることもあるお仕事です。だから、実際自分たちの仕事で会社の業績が変わって見えてきたり、ビジネスのやり方に影響することもあってたりして、面白いです。自分が実際そこまで決められる立場ではないんだけれど、すぐ近くで見られるというのはやっぱり面白いですね。

―商学部を卒業されていますが、仕事内容は結構法律を扱っているように聞こえます。

そう、数字を見ているより文字を見てる時間が長いです。数字を見るだけでなく、どんな意味でどんな過程で出てきたのかを考えて見ていく、少し変わっている仕事。でも、最初、企業に入るまで仕事のことはよく分かっていなかったと思います。企業分析とか、それこそ利益率とか、売り上げに対してどれだけ資産が活用されているとか、数字の指標ばっかり見て分析するかと思っていたんだけど、やっぱりそれだけじゃないっていうか。

―はじめから経理に興味があったのですか?

最初は大学で経営学の勉強をしたかったのだけれど、会計って数学と似ていて順を追って勉強していかないとわからないっていうことが多くて、これは大変、自分で勉強できないから、ゼミに入って勉強させてもらおうと思いました。勉強してみたら会計も経営と密接に関わっていることがわかって、興味のままに動いていたら、そのまま経理になっちゃったっていうか(笑) 最初から経理をやりたかったわけではないです。

―就職のときに気になった点というのはありますか?

経理をやりたいというのがまずはっきりあって、職種で選んだところがありました。職種で入ったときに、企業のトップに近いところの仕事、経営に興味があったから、意思決定をどうやっているとか知りたくて、トップに近いところの経理がやりたい、そういうところに触れ合えるところをやったら楽しそうっていうのがあった。それで、OB訪問したり色々情報調べたりして、比較的ここの会社は経理が良くも悪くも強い会社だった。

―では、今はやりたいことを?

一番最初は何がやりたいか、どんな仕事があるのか、分かっていなかった。最初は何もわからないまま、これやって、あれやってっていうのをどんどんやっていって、段々分かってきて、自然とかな? 上司の方が私のことをきちんと見ていてくれたからかもしれないけど、自分にちゃんと合ってるところに自然と引っ張られていて、おかげで何かと面白い仕事につけて本当によかった。特別これがやりたいですって自分から主張したわけではなかったの。

―オランダでの生活はどうお仕事に影響を与えているのでしょうか。

この仕事は英語を生かして行う仕事。グループっていうと、海外にも子会社や関係会社があって、海外の子会社とのやり取りも重要な意味を持つ仕事だから。それこそ、グループのシステムとか会計基準を見直すにあたって、実際海外の子会社に行って話しをしたり、来てもらったりして話をするとか、英語が多いです。周りも、英語が出来る人はやっぱり多い。TOEICの点数が高い人とかも結構多い。若い人は特に多いかな。私は英語は得意じゃないんだけど、やっぱりオランダにいた経験があるから、今の仕事をさせてもらえている。いろんな国の人と話すのに抵抗を感じにくいっていうのは、今の仕事につかせてもらえている要因なのかなって。 後編はこちらから>>

星野桃子。1987年生まれ。4歳で渡英、スタッフォードシャーで3年を過ごし7歳で帰国。しばらく日本に住み、14歳で渡米、アラバマ州で3年半を過ごし、高校卒業後18歳で帰国。現在、一橋大学法学部2年に在学中。写真部に所属。