海外生活体験者・学生インタビューvol.8


古谷博行さん。1983年広島生まれ。小学校4年からカリフォルニアに暮らし、中学校2年の春に日本帰国。中学校卒業と同時にドイツに渡り、フランクフルト郊外の高校に通う。その後、大学受験にあわせて帰国。東京大学文科Ⅰ類に合格、現在、教養学部後期課程文化人類学4年に在籍。来年から、東京大学の職員として働く予定。最後の大学授業を楽しんでいる。

―小学5年生で初めて海外に行ったんですよね。カルチャーショックはなかったんですか?

それがないの、全然。キレイな話になっちゃうんだけど、アメリカ行ったときって、丁度僕が登校拒否になりかけの時でさ(笑)  運よく救い出されたって感じで、だから全然。むしろ、フレッシュなスタートが切れたと思う。

―そうなんですか。それで、海外生活はすぐに馴染めましたか?

うん、すぐに馴染めた。昔の話になっちゃうんだけど、僕小学校のとき、クラスで一番デカかったんですよ。で、野球やってて。スポーツって、言葉は関係ないじゃないですか。アメリカ人が出来るスポーツって日本人でも出来るし(笑) それに、日本の算数って進んでるから、算数の成績よかったんですよ。だから、言葉できなくても、肩身の狭い思いはしなかった。そういう得意なものって、ひとつあると馴染みやすいんですよね(笑)

―現在、自分が帰国子女であることについて、どう思いますか?

別に、特別なことじゃないのよ、感覚的には。よく帰国子女って、「自分は帰国です!」って言うじゃない? でも、僕にとって自分が帰国子女であるっていうのは、歯が生えてるとか、ご飯食べるとか、それくらい自然なことなの。だから、取り立てて言うこともないの。別に歯が生えてたってさ、「僕、歯が生えてます!」とかって、言わないじゃない、普通? それくらい、体の一部って感じなの。昔は、帰国子女である自分と他の人との違いを、よく意識してたけどね(笑)

―どうして、帰国子女であることを意識しなくなったのですか?

ある時期から、「帰国子女である異質な自分」と、「日本で育った他の人」の間にあったフェンスが、バタって倒れたんだろうね。それから、「帰国子女ってそこまで特別じゃないじゃん」って考え始めたの。皆、それぞれ違ってて、それぞれの分野で特別だと思うのよ。で、帰国子女っていうのは、その分野のうちのひとつにしか過ぎないって、気づいたんだと思う。

まぁ…(苦笑) これは僕が、「帰国子女」って一般的に言われてる像に当てはまらないから、こういう見方が出来るのかも。そりゃ英語はできるけど、「社交的」ではないし。むしろ一人でいる時間が好きだからね(笑) 受験の時は、帰国であることを意識せざるを得なかったけど、元から帰国子女であることについてのありがた味は、あんまり感じてなかったのよ。

―具体的に、そう考え始めるきっかけになった出来事はありますか?

ないの(爆) あればきっと、「N○K(某有名有料TV局) - そのとき 古谷が動いた」みたいな感じで記事が書きやすいだろうに……ごめんね(笑)

―そこをなんとか。このままじゃ、すどう編集長にどやされます(笑)

だろうねぇ(爆) じゃ、ちょっと考えて見るね。。。
(10分間の沈黙)
大学入ったとき、ロシア語をやってみたくて入った語学クラスに、帰国生が一人もいなかったんだよね。それに、個人行動の人が多かったので、クラスでも僕は単独行動で、結局自分は何にも所属していなかったの。クラスにも帰国生にも温度差を感じていたから、自分のことをあえて「帰国生だ」って言う気分にもなれなかったんだよね。

それから、海外体験も大きな経験だけど、僕には同じくらいフォークソングやロックが人格の中心にあるので、海外体験を相対化しちゃったのかもしれない。

―フォークやロックっていう音楽の世界に帰属意識を感じるってことですか?

音楽をやっている人と関わりはないんだよね。僕の頭の中にはいろんな歌の歌詞やリズムが詰まっていて、それが人格形成にものすごく大きな影響を与えていると思うの。人格形成の要因という点で、海外体験と音楽は同じ程度の重さがあると思う、ぼくの場合。

帰属意識というと、ちょっと感覚が違うかなぁ。。。やっぱり僕はひとりでいるのが好きなのもあって、もともと帰国生とかいう枠に帰属意識を感じたことはあまりない気がする。人の集まりをアット・ホームに感じることができるかは、そこに友達や勝手を知った人がいるかだよね。友達になれるかなれないかは、帰国であるとか、出身がどこだとかじゃなくて、話ができるかどうか。会話を通して、お互いがどんな人間かわかってくるのね。それで、会話では、たまに昔の体験談とかを話すよね。海外体験や音楽は、そういうたくさんの体験談のうちのひとつ。

僕にとっては集団の中で生まれる帰属意識よりも、個別の人間が体験する人格形成の話の方が興味あるの。だから帰属意識と言われてもピンとこないのかも。どうですかねえ~? 『花の慶次』っていう歴史漫画があって、この主人公は、人を身分や役割のフィルターで見ないんです。そうやって生きるとたくさんの不都合があるんだけど、その姿に単純に憧れたのかもしれない。

え? 今度は長すぎた?(笑) あ、でも、うまいこと思いついたから、もう一言だけ言わせて(笑)

帰属意識は、「はい」か「いいえ」で答えるけど、人格形成は誰もがそれぞれの物語を持っているから、"open ended"な答えが出てくるところがおもしろいんです。

―それでは、最後の質問です(笑) 将来の夢は何ですか?

ぼくねぇ……(苦笑)うーん、こんなこといっていいのかなぁ……「き」に、なりたいんですよ。

―あの……(笑) 「き」って、林とか森の中にある「木」ですか?

そうそう(笑) ちっこい動物とか、動物が飯食って歌って帰ったり、人がふらっと来て、本読んでハーモニカ吹いて帰ったり、そういう「木」。別に本当に木とか自然が好きなわけじゃないんですよ、僕、蚊が苦手だから(笑) ただ、人が自由に、気軽に使ってくれるような……それでいて自己主張しすぎない、木みたいなおじいさんに、僕は将来なりたいんですよね。

インタビューアーから一言

不思議な雰囲気を持ってる人だなァ、というのが、古谷さんの第一印象でした。この人は一体どんな人生を辿ってきたのだろう、どんな考え方をしているんだろう。そんな探求心をくすぐられながらの彼との一時間は、非常に内容の濃いものとなりました。古谷さん、探求心ゆえに、インタビュー中はいきなり突飛な質問をして驚かせたかもしれません。この場を借りてお詫びさせていただきます(笑) 「帰国子女」でもなく、「フォーク・ソング・ラバー」でもなく、「ロック・ラバー」でもない。このインタビューには、古谷さんという、枠に納まりきらない、一人の人間の魅力がいっぱい詰まっています。その魅力が伝わるお手伝いができていたら幸いです。

藤原彩加。1988年生まれ。5歳から9歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校6年からインドネシア・ジャカルタ。中学1年の時に日本に一時帰国、中学2年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校へ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在1年在学中。