海外生活体験者・社会人インタビューvol.8


藤井亜矢子さん。1975年愛知県生まれ。日本の高校卒業後、University of Northern Coloradoに入学するため渡米。大学では、いくつか専攻を変えた後に、Computer Scienceを専攻。現在、ベルギーの企業にプログラマーとして勤務。

―どうして、アメリカの大学に行こうと思ったのですか?

高校を卒業した時点で、何がしたいのかよくわかっていなく、大学の学部・学科を決められなかったんですよ。そこで、アメリカの大学では、入学してからやりたいことが見つかったり、変わったりしたら、専攻を変えることや編入することが簡単だということを聞いていたので、自分には合っていると思い決断しました。

また、英語を喋れるようになりたいと考えていたのですが、自分の性格を考えたら、日本で日本語を喋っている生活では、英語を覚えないと思っていたので、英語しか使わない環境に行ってみたいと考えていたのも一因です。

―どのようにして、大学は選びましたか?

まず、自分のTOEFLのスコアと高校の成績を見て、自分が入れそうな大学を探しまして、次に、日本の大学に通うのと同じぐらいの学費で通える大学に絞り込んで決めました。

―アメリカの大学の授業はどうでしたか?

最初の一ヶ月が大変でしたね。やっぱり英語なので、授業についていくのだけでも、いっぱいになってしまい……。だから、私はなるべく数学を中心に授業を組みましたね。数学って、あまり英語を使わなくて済みますし、アメリカの大学には日本の高校生レベルの数学の授業があるんですよね。そういう授業で、まず授業自体に慣れていきました。

―生活の上で、苦労した話があれば聞かせてください。

アメリカの大学って、基本的に一年目は寮生活を強いられるんですよね。最初のルームメイトとは生活スタイルが全く合わず、例えば、私は午前中に多く授業を組んでいたのですが、彼女は午後に多く授業を組んでいて、私が寝る頃に帰ってきて物音を立てたりして。半年後、違う寮に引っ越して、ルームメイトを変えたら、今度は何かと規則を決めたがるような子で、やっぱり合わなくて。結局その半年後、寮を出て行き一人暮らしを始めました。

―逆に、よかった話があれば聞かせてください。

最初は、Liberal Arts(一般教養)で入学したんですけど、通ってるうちにTheater(演劇)という学科があることを知り、日本でそういう学科はあまり聞いたことがなかったし、面白そうだから専攻にしてみたいと思い、教授に相談したらOKが出て専攻することになりました。ただ、授業を受けてるうちに、このまま続けていても職がないんじゃないかと思って、また、専攻を変えようと決めました(笑)

それで、次の専攻を考えてたら、丁度その頃インターネットとかが流行り始めていて、私自身コンピューターに興味を持っていて、Computer Science(情報工学)を専攻している知り合いに話を聞いてみたところ、面白いということで、じゃあ取ってみようと。教授には大変驚かれましたね。Theaterって文系なのに、Computer Scienceは理系だから、大丈夫かって。でも、よくよく自分の成績を見てみると理系の方が成績が良かったんですよね(笑)

―アメリカの大学では、専攻を変えることってよくあるのですか?

私の周りには多かったですよ。それこそ、卒業間際になったら、専攻を変えて、また一からやり直して、万年学生でいようとする人も結構いました。

―どのようにして、ベルギーの会社に勤めることになったのですか?

大学の最終学年になっても全然就職については考えてなかったんですが、就職活動自体には少し興味があったので、Boston Career Forumに履歴書を送ってみたんですよね。そしたら、選考に通りBostonまでの旅費が出ることになったので、旅行がてら、就職活動の練習に行ってみようと軽い気持ちで行ったんですよ。

そこで、たまたま今勤めてる会社の面接を受けたら、帰ってから一ヶ月ほどたったら、今度はベルギーの本社のほうへ二次面接を受けにこないかと誘われて……。で、ベルギーまでただで行けるのならと思って(笑)、二次面接を受けにいったら、そこで内定をもらいまして、勤めることにしました。

―ベルギーの会社で働くということには抵抗がなかったのですか?

その二次面接の時に担当の人に聞いたんですよね、「なぜ、私を二次面接に呼んだのか」って。そしたら、その人が「君なら、どこでも生きていけそうだから」と言われたんです(笑) それを聞いて大丈夫かなと思いまして決めました。元々、どこで働きたいか決まっていませんでしたし、親も、地元の愛知以外で働くのなら、大して変わりがないと言ってましたし(笑)。

―これからは、藤井さんのように日本の高校卒業後、海外に出るというケースが増えると思うのですが、そのような方々へのアドバイスなどあればお願いします。

海外に出てからの最初の一週間って、どんな人でも絶対に落ち込むと思うんですよ。「もっと英語を勉強しておけばよかった」とか、「日本にいたら、もっと社交的なのに」というふうに。あまり、そういうことに固執しすぎず、新しい生活は新しい生活で切り替えた方がいいと思います。そして、最初の一週間さえ乗り切ってしまえば、きっと楽しい生活が待っているのではないでしょうか。

インタビューアから一言

物事を常に前向きに考える藤井さんの話を聞いていたら、海外で生活していくためには、柔軟性が必要不可欠だと思いました。それは、文化や環境の違いを良くするのも悪くするのも、自分の考え一つ次第ということであって、そこでの暮らしを実り豊かにするためには、悪いところばかりを見るのではなく、良いところを積極的に見ていくということです。それが出来れば、どんなところでも、きっと楽しい生活が待っているような気がしました。

内藤健吾。1986年東京都生まれ。5歳のときに、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコに移住し、11歳まで過ごす。帰国後、中学時代まで東京で過ごすが、高校1年の夏に、再びサンフランシスコに戻り、2年間を過ごした後、ドイツ・フランクフトへ。現地のインターナショナルスクールを卒業し、帰国。現在、早稲田大学政治経済学部2年に在籍。政治学を専攻。早稲田大学公認の劇団『てあとろ50(フィフティ)』の幹事長を務めている。