海外生活体験者・学生インタビューvol.14


島田ちえりさん。1984年香川県生まれ。小学校5年生から中学2年生までの3年3ヶ月をイギリスで過ごす。帰国後、日本の中学に編入し1年10ヶ月過ごすものの、再び高校1年生から日本を離れ、今度はアメリカのコロラド州で学生生活を送る。高校卒業後、京都大学法学部へ進学。京都大学の学生向けフリーペーパー「Chot★Better」を創刊。来年度からはNHKに記者として入社予定。

―島田さんはイギリスとアメリカで海外生活を送られましたが、特に印象に残ったことはなんですか?

イギリスもアメリカも、はじめ持っていた印象と違ったこと。私はアメリカこそ様々な人々が集まっている国だと思っていたの。でも実際、私が住んでいたコロラド州は”White Bread Society”でほとんど白人しかいなくて、とても窮屈な思いをしたんだ。アメリカが世界に与えている印象とは違ったことに驚いた。逆に、イギリスでは白人のみならず韓国人、インド人、パキスタン人と多様な人と出会って、様々な文化、宗教、言語に触れ合うことができたよ。

あと印象に残っているのは、”Key Club”というボランティアサークルでの活動かな。このサークルでは、ホームレスの炊き出しや毛布を集めて寄付する活動などを行ったんだけど、私は比較的裕福な地域に住んでいたから、そういう支援を必要としているホームレスがどういった環境で生活しているかを、見たこともなかったんだよね。この活動を通して、自分がいる世界の狭さを知ったの。もっと知らない世界を見たい、そして、それを伝えたいと思い始めるきっかけとなった活動だったな。

―自分が帰国子女であることについてどう思いますか?

私はね、今まで特に自分が帰国子女だと意識したことはないかな。自分が特別だと思ったこともないし。それなのに、まわりからは帰国子女という特別な目で見られるのが不思議でならないの。私はただ単に海外という環境で生活しただけであって、国内にいても、みんなそれぞれ人とは違った環境で育ってきたわけでしょ。だから、帰国子女だけが特別なわけではなくて、それはただの差異。それに、英語が喋れるからすごいとも思わない。方言を喋る人だって同じくらいすごいから。実際英語は1年でなんとか喋れるようになったけど、関西弁は京都に来て4年目の今でも喋れないよ(笑) 大学で京都に来て、喋る言葉も食べるものも価値観も文化も東京と違うのを体感して、「日本の中にも自分にとっての外国はあるんだ」って思ったよ。

―大学生活で特に頑張ったことはなんですか?

友人と3人で大学のフリーペーパー「Chot★Better」を作ったことかな。このことは就職活動のときも話しました。もちろん立ち上げたこと自体も、それから企画した様々なプロジェクトや記事も、力を入れて頑張ったし、すごく思い出に残ってる。

でも、私が最も誇れるのは、その活動を軌道に乗せて、4年間継続してきたということ。やっぱりずっとひとつのことを地道に続けていくってすごいことだと思うから。「Chot★Better」をこれからも引き継いでいってもらうために、今年から本格的に組織作りを始めた。今は人に教える、そして想いを伝えていく難しさに奮闘中です(笑)

―就職活動についてお聞きしたいのですが?

実は私、2回生からダブルスクールしてたの。別に弁護士になりたいと思っていたわけじゃないんだけど、司法試験を受ける選択肢を残しておきたかったから、勉強しておこうと思ったんだ。でも、3回生になるときに「今しかできないことからやっていこう」と思って、就職することに決めたの。司法試験なら、この先やろうと思えばいつでも再チャレンジできるけど、新卒で就職は今しかできないでしょ。私の可能性を最大限に広げてくれる選択肢を選んだと言えるかな。

―就職すると決めてから具体的にはどのように準備をされたのですか?

とりあえず情報収集には力をいれたかな。関西は関東に比べて断然情報量も少ないし、就職セミナーや支援活動も少ない。だから自分からしっかり行動しないとうまくいかないと思ったの。インターネットを使って調べたり、記者が集まる飲み会に乗り込んだり、結構積極的に情報を集めました。

―インターンシップには参加されましたか?

3回生の夏にMorgan Stanelyのインターンに行きました。金融にはそれほど興味はなかったんだけど、就活のときにアピールできると思って参加したの。12月からはリクルートのウインタージョブに参加。ここのインターンはすごくよかった。大学生活の中で、短期間これほど頑張ったものは他にないくらいだったよ。

―どこを受けるかは、どのようにして決めたのですか?

就職活動は幅広い分野で行ったよ。私は記者になりたいという漠然とした目標があったから、選考が早く行われるマスコミをはじめに受けた。でもそれだけに絞らずに、商社や保険会社も数多くエントリーしました。様々な可能性の中から選ぼうと思ったの。

最終的に内定をいくつかの会社にいただきました。すごく迷ったんだけど、NHKに決めたのはやっぱり「今しかできないこと」をやりたかったから。記者になれるチャンスは今しかないと思ったんだよね。

―自分の就職活動を振り返ってどうですか?

ひとつ後悔しているのは、会社ごとに自分を作ってしまったこと。そのとき受ける会社が欲しがるような人材に、自分をあわせてしまったの。もちろん、そうすれば面接はうまくいく。けど、最終的にどこの会社が本当に自分に合っているのか、自分の本当の強み、弱みはなんなのか、そして、それはどこで生かされるのかがわからなくなってしまって……。しっかりと自己分析をして、一人の自分でいくことが大切だったのではないかなって、今振り返って思います。

―後輩へのアドバイスをお願いします。

ともかく行動すること。そして、常にポジティブに考えることが大切だと思う。私ははじめ思うように内定がもらえなくて、いっぱい落ちたの。でも、どんなに落ちても全然落ち込まなかったんだ。それは私が就活は縁だと思っているから。私が採用された会社も、あの時あの面接官が担当だったから受かったのであって、もし他の人だったら不採用だったかもしれない。自分が会社から採用をもらえるかどうかは運命なんだよ。人はみんな落ち着くところに落ち着くと思う。だからどんなに失敗しても、納得いく結果がもらえなくても、前向きに明るく頑張って欲しいな。

―それでは、将来の夢を教えてください。

法律や行政では常に顕在的な問題しか解決できない。でも、世界にはまだ認識されていないような人々の苦しみ、問題が山ほどあると思うの。だから、私はそういった知られざる世界を知りたい。そして潜在的な問題を掘り起こして報道したい。そうすることで私なりに弱者救済に携わっていければと思ってる。 あとは、家族と一緒にニューヨークとパリに、一度でいいから住んでみたいな(笑)

―最後に、今一番大切にしていることはなんですか?

学生生活も残りわずかなので、普段以上に一日、一日を楽しんで過ごすこと。学生でしかできないことを成し遂げたいと思っています。

インタビューアから一言

実は同じマンションの下の部屋に住んでいる島田さん。うちの小さいこたつの中で行ったインタビューは、インタビューというよりも楽しいおしゃべりでした。これから社会人としての第一歩を踏み出す島田さんは、希望とやる気に満ち溢れていて、キラキラと輝いていました。自分の可能性をとことん信じ、広げていこうとする姿勢は、本当に素敵だと思います。そして、彼女はなにか人生をおもいっきり楽しむコツを知っているのかなと思うくらい、自分の生き方に誇りを持って、思う存分楽しんでいるようでした。今後記者としての活躍に乞うご期待です! 応援してます!!
interviewee_s_145_profile.jpg   青山愛。幼少期をアメリカ、ニューヨーク州、中・高をテキサス州で計12年間過ごす。高校2年のとき日本への帰国が決まり、国際基督教大学高等学校に編入。卒業後、京都大学経済学部に進学。現在1年在学中。