海外生活体験者・社会人インタビューvol.9 ~後編~


高津美咲さん。聖心女子専門学校保育科を卒業後、日本航空に入社し、客室乗務員として3年間勤務。結婚を期に退職し、3年間PRスチュワーデスとして同社と契約。その後1年間はJALアカデミー(旧JALCOS)でビジネスマナーを教える。出産・育児のため一旦仕事をやめるが、13年後にJALWAYSの契約社員として客室乗務員の仕事に復帰し、そこで3年間働くと同時に、ヒューマニケーションなど2つの研修会社に登録。その後人材派遣会社JALビジネスで派遣登録者の面接、研修を担当。‘04年から3年間はドイツ・フランクフルトで生活し、今年6月に帰国後は株式会社アイティフォーで正社員として活躍している。

JALWAYS時代-ここでは、タイ人客室乗務員と日本人客室乗務員が共に働き、日本企業ですから、言葉や仕事の面で日本人がフォローするという形を取っていました。そこで大変興味深いことがありました。タイでは上の者が下の者に強く叱責して仕事をさせるという風習や文化がないそうです。では仕事のできない下の者を持ったらどうするかというと、上が「倍働く」(笑) 下はそれを見て学ぶのだそうです。こういったところは外国人と働く面白みでしょうか。また、外国では高等教育まで受けた女性が働くのは当たり前で、13年間専業主婦をしていたといったら、すごく驚かれました。

JALビジネス(人材派遣会社)時代-派遣登録者の面接や、ビジネスマナー研修をしていたのですが、派遣登録者は最初の電話応対の段階ですでにチェックされています。「きちんと挨拶する」→「名前を名乗る」→「内容を伝える」→「では失礼いたします」。この流れができるかどうか、ということです。それに面接へは余裕を持っていくこと。今はネットで何でも調べられますから、5分前に着くようにすること、早すぎても駄目です。服装も特に指定がなくても、ジャケットとスカートやGパンではないパンツで来るべきでしょう。

以前経験したことで私が驚いたのは、20代で転職したいという方に転職理由を聞いたところ、「自分のやりたいと思う仕事をやらせてもらえなかったからです」と言ったことです。ではどのくらい在籍していたのかというと、8ヶ月。8ヶ月で自分のやりたい仕事をやらせてもらえる仕事なんて、ほとんどないですよね。

今の若い人たちは、マスコミがクローズアップする成功している人たちばかりに目を向けますが、その中でも、その仕事についてすぐに成功した人なんて、そんなにいないと思います。色々なことを経験して、初めて成功して、たまたまそれが20代で成功する人もいただけでしょう。そういう人達だけを見ていると、仕事を始めてすぐ、「あー、自分にはあっていない」と思ってしまうかもしれないけれども、少なくとも3年はやってほしいですね。人材派遣会社に仕事を探しに来る人の中には、ひとつの仕事につく期間が短い人が多いんです。もったいないと思うこともあります。

―キャリア・デザインのアドバイスをいただけますか?

まず、自分がどういう仕事が好きか、つきたいか、よく考えてください。わからないのであれば、消去法でもよいのではないでしょうか? つまり、まず全部並べて、これだけは嫌だ、これは避けたいというものを除いていき、これなら興味あるかなというものを選択していく。できるだけ幅広く情報を集めて見つけていってください。

「やりたいことがわからない」という人がいますが、そんなに簡単にはじめからやりたいことが見つかる人は少ないでしょう。最初からピタッと来る人なんてめったにいません。はじめからピタッとくる仕事に就こうとするから、そのギャップに違和感を持ち、一年足らずですぐやめてしまうんです。先ほども言ったように、少なくとも3年はやってみてください。社会人とは何か、自分にあっているかどうか、わかってくるのに3年はかかります。

客室乗務員時代は、私もこの職が自分にあっているかどうかなんてわかりませんでした。辞めて初めてすごく好きな仕事だったということに気づきましたし、研修の仕事もはじめから計画していたわけではありませんでした。やっているうちにこれは面白いなと感じて続けたのですから。もちろん、どうしても合わないのであれば、違う仕事にステップアップすればいいのです。どんな仕事でも、すべてキャリアとして自分の中に残っていきます。ですから一つ一つのキャリアを大事にしてください。

株式会社アイティフォー時代-JALグループから初めて離れ、やっていけるのか心配でしたが、逆にまったく今まで経験したことのない業界だったので、とても面白いですね。今の時代はIT業界だからといって、マナーが不要なわけではありません。ITスキルだけでは不十分なのです。マナーというのは外部から研修に来てもらったとしても、それっきりになってしまい身につかないことが多い。そこで社内に設けて教育するという体制をこの会社はとっているんです。現在の仕事は、各部署が行うすべての研修が予定通りに実行されているかの実績をまとめたり、全社員向けにビジネスマナー、コーチングなどの研修を企画し、実施したり、新入社員や内定者の教育をしたりしています。

―母親として、働くことについてどう思われますか?

最初は、子供が誰もいない家に帰ってくるのは寂しいのではないかと思い、すごく躊躇しました。でも、私が働くことによって私が外で見た世界を発信できるというメリットもあるだろうし、いい意味での距離も保てます。子供と一緒にいる時間が減って全部は見えない分、信頼しているからやれることはやってね、といういい意味での距離間ができました。

私は自分の娘2人が、結婚もして子供も持ってほしいけれど、自分に合う仕事もし続けてほしいですね。だから私がその見本になれればいいなと思います。13年間専業主婦をした後は、もう仕事には復帰できないかなとも思いました。でも、一歩踏み出すことによって開けてくるものです。

もちろん、子供の大事な時期に仕事を離れてもいいんです。キャリアが足踏みになることがあったとしても、子育ても違った意味でのキャリアになります。そういうチョイスもあるはずですし、いつか戻ろうと強く決めていれば、チャンスは絶対にあります。昔と違って今はまた復帰することに対してすごく開かれています。

それに40代はくたびれてないし、もう子供も大きくなっていて人間的にも落ち着きやゆとりがあるといわれ、すごく求められているんですよ(笑) ですから結婚して子供を持って、でもうまく仕事とも付き合っていくという女性が多くなってくれればいいなと思います。

インタビューアから一言

マナーに関して、第一印象の重要さやコミュニケーション力の必要性など、さまざまなアドバイスをくださり、自分のマナーを見直すとてもいい機会をいただきました。キャリアだけを聞くと、トントン拍子に成功してきたように見えるけれども、その背後にはきっとうまくいかなかったこと、思い描いた通りにならなかったことも、たくさんあったと思います。それでも、常に前向きに「何か楽しいことないかな?」と一歩踏み出して来たからこそ、切り開くことのできたキャリアなのだと感じました。

伊東裕子。1984年愛媛県生まれ。8歳から11歳までバングラデシュ・ダッカで過ごし、中学2年までタイ・バンコクに滞在。その後、ロシア・モスクワで6年間過ごす。日本ではボリショイ・バレエ学校として知られるモスクワ国立舞踊アカデミーを卒業後、フランス・パリのソルボンヌ大学付属講座に学び、 '05年日本に帰国。現在上智大学法学部国際関係法学科2年に在学。