海外生活体験者・社会人インタビューvol.11 ~前編~


宮本大輔さん。1980年東京生まれ。4歳のときにイギリスへ渡航。9歳で日本に帰国し、中学1年まで日本で過ごす。中学2年のときに再びイギリスに渡る。イギリスではパブリック・スクール(英国の名門私立学校)に通う。帰国後、慶應大学法学部法律学科に入学。大学在学中は、サークルで音楽イベントの開催を企画運営。卒業後、三井物産に入社。現在、石油化学製品を扱う部署で活躍中。

―イギリスでの生活はいかがでしたか?

二回目に渡航したときは、父がインターナショナル・スクールでも日本人学校でもなく、現地の学校に通わせたいと思ったらしく、いろいろな学校を探してくれました。そこで運よく、日本でいう御三家のような、500年くらいの歴史があるパブリック・スクールに入学できたのです。これは本当にラッキーだったと思いますね。

パブリック・スクールというのは、一般的には白人ばかりで、悪い言い方をするとスノビッシュな校風と言われます。一方、私の通っていた学校は比較的多くの人種を受け入れていましたが、日本人は今まで2、3名しかおらず、英語の喋れない日本人は初めてで面白そうだから、実験的に入れてみようということになって、その学校に通えることになりました。

―学校の様子を伺わせてください。

私の学校では、白人はもちろん、インド人、アラブ人、中国人、韓国人など、様々な人種の人がいて、ロンドンの縮図のようでした。マルチ・ナショナルだということは、普段は意識しないのですが、昼休みや放課後など、リラックスしたい時間は同じ人種や同じタブーを共有する人同士が、自然と集まっているのです。

様々な人種の生徒がいるので、異なる人種間で喧嘩があります。その喧嘩っていうのは、最初は一対一で始まるのに、最後には人種同士の喧嘩に発展しているのです(苦笑) ランチのときの喧嘩では、みんな、自分の文化に根付いた食べ物を投げ合っていました。たとえば、インド人だったらナンとか、白人だったらフレンチ・フライズとか(笑)

こんなことって日本ではないので、感銘?を受けていました(笑) 学校側は、食べ物を投げるという、紳士的でない行為には怒るのですが、人種間で摩擦が起こることについては、ある程度当たり前だと考えていて、エスカレートしなければ良いという程度に思っていたようです。

どの派閥にも入ってみたのですが、私の中では、インド人が一番友好的だったように感じます。

―学校ではどんな活動をなさっていたんですか?

パブリック・スクールには、“house”という縦割りのチームのようなものがあります。これは、昔寮制度だったころの名残です。ハリポッターにも“house”のようなものが出てくると思うのですが、あれによく似ています。スポーツや勉強でいい成績を残せば、“house”にpointが加算され、逆に悪いことをすればpointが減点されます。一年間にもっとも多くの点数を集めた“house”は、“winner’s tie”というものをもらえるのです。向こうの生徒は“house”をすごく意識していて、自分のせいで“house”に迷惑をかけることをすごく嫌います。

それから、課外活動として、ずっとフットボールをやっていました。向こうは日本と違ってスペシャリスト志向で、それぞれの選手に、絶対にこのポジションでのスペシャリストになるのだという意識がありました。日本人は逆に、全部平均以上できるのですが、飛びぬけて得意なものとか、すごく特徴的なものというのはないように感じました。向こうの人には、それが逆に新鮮だったようです。そのおかげで、いつもレギュラーにいたのですが、いろいろなポジションをやりました。

監督がユダヤ人だったので、チームでは11人中7人がユダヤ人でした。ユダヤ人は25パーセントしかいないので、この比率はすごく高いですよね。でも、ユダヤ人が他の人種に比べて特別フットボールが上手いというわけではなく、ユダヤ人同士のネットワークを使って監督にアピールして、レギュラーに入いるみたいな感じでした。

―英国らしさというか、英国の特徴って何だと思います?

学校では、アメリカやフランスは自分たちより劣っているということを論理付けて教え込んでいたところが、特徴的だと思いました(笑)

これは学校のことではなく、イギリス人についてなのですが、彼らは感情を表にださない傾向があると思います。よく言われるように、アメリカ人は、「善 vs 悪」 というようなシンプルな構図を好みますよね? でも、イギリス人は違うのです。そんなにわかりやすくないというか、感情を出さないというか、さり気なく比喩を使って皮肉を言うブラックユーモアみたいなものに、美しさを見出している感じがしました。 後編はこちらから>>

秋山雪乃。1986年京都府生まれ。中学2年まで日本で過ごし、その夏に渡米。カリフォルニア州サンディエゴ・アーバインなどに滞在し、高校2年の年に一時帰国。その夏、再び渡米。帰国後、早稲田大学法学部に入学、現在二年に在籍。学生NGOチャオに所属。