海外生活体験者・社会人インタビューvol.12 ~後編~


J.Iさん。通称Tommy。1972年生まれ。長崎県出身。魚座&B型。高校卒業後、長期アメリカ武者修行に出発。プロレス学校として?有名なWest Texas大学を卒業。帰国後、数回の転職を経て、現在は、ハードコアサラリーマン。得意技:テキサス・クローバー・ホールド。

将来&夢

―それでは、アマリロでの学生生活についてお話を聞かせてください。どんなことを勉強されたのですか?

ブルーザ・ブロディ(注:この人物もまたプロレス界の伝説的人物。故人。)の影響もあって、ジャーナリズムを専攻した。ほら、ブロディはプロレスラーになる前に、俺の大学でジャーナリズムを専攻して、ダラス・モーニング・ニュースの記者になったでしょ。

―では、当時の将来像は、マスコミの世界で活躍することだったのですね?

そう。だから俺もゆくゆくは大好きなプロレスの記者になりたいと思っていたけど、レスラーたちととても親しくなったから、もう一緒に仕事をすることはちょっと考えられないね。大好きなプロレスで大好きなレスラーたちだからこそ、逆に、ビジネスにはしたくないと感じるようになったんだよね。

―それはそうかもしれないですね。プロレス記者にはならないとしても、大学を卒業したあと、そのままアマリロで暮らすことはお考えにならなかったのですか?

そのときは、日本で社会人を経験するもの自分に必要かなと思った。また帰ってきたくなったらアマリロに帰ってくればいいし。ただ、アマリロに来て以来、何年間も日本の土を踏んでいなかったし、当時はインターネットも普及していなかったし、どうしたらいいかわからず就職活動は大変だった。それでもなんとか就職して、いろんなことがあって今の仕事をやっているわけ。

―ちなみに、プロレスラーになろうというお考えはなかったのですか?

中学校の時はね。友達と「イナバプロレス」っていう非公式サークルを作って、観客まで集めて、かなり本格的なプロレスをやってたんだよ。ところがうちの学校に、昔、大仁田厚の先生だった人がいて、その先生に「大仁田が中学のときにやらかしたこと(注:校舎の3階の窓から飛び降りてみせたこと。大仁田少年の無鉄砲さを象徴するエピソード。)と比べたら、お前らのやってることは根性が足りん!」って言われて、そりゃそうだろうなあって思った(笑)

―ところで、何度か転職されているそうですが、職場選びでこだわっていることはありますか?

家も、職場も、後楽園ホールに近いこと。試合開始時刻に間に合うこと!(笑)

プロレスラーだってさ、入門した団体に最後までいることってないでしょ。みんな移籍するじゃん。だから、俺たちも出たいと思ったらためらわずに飛び出せということだよ。

―飛び出せ、ですかあ。またどこかへ飛び出したりされるのですか?(笑)

ギリシャに住みたい。(ギ、ギリシャ??)ほら、ギリシャは格闘技のふるさとだよね。

―でも、ギリシャに住んだらプロレス見られますか?

ギリシャに住めるならプロレス生観戦はガマンするよ。そのかわり、でっかいスクリーンを買って昭和プロレスのビデオでも観るよ。そして、エーゲ海を眺めながらゆっくり自伝を書きたいな。自分で言うのもアレなんだけど、俺は、自分の持っているプロレスの裏話や知識を内輪だけにとどめておくのは、もったいないなと思うんだよね。ぜひ、世界中のプロレスファンとシェアしたい。まぁ、でもこれは、俺にとっては「夢」ではないよね。ギリシャに住むことも、自伝を書くことも、やろうと思えばすぐできることだから。「夢」っていうのはやっぱりねえ……テリーと仲良くなるのは「夢」だったよなぁ。叶うはずのないことだったもんね。

帰属意識について

―さて、では少し視点を変えて。お会いする前に、僕はインタビュー集にひと通り目を通したのですが、多くの方々にとって、帰国生としての帰属意識というものが、心の中の大きな部分を占めているようです。ただ、今までのお話を聞いていると、帰国生であるという意識よりも、プロレスのファンであるという意識のほうが強いのではないかと思うのです。やっぱり、プロレスはマイナーな競技である上に、偏見まで持たれやすいですからね。いかがでしょうか?

まず、俺は「帰国」じゃないんだよね。あえて言うなら「逆輸入」かな(笑) 帰国生だという意識は全くないよ。

プロレスファンだというのは、例えば、まわりがサッカーとか野球の話で盛り上がっているときに意識するよね。サッカーや野球のようなスポーツが好きな人たちばかりが、当たり前のように盛り上がっているのを見ると、やっぱり悔しい。だけど、だからといって、自分がプロレスファンであることをみんなに言いたいとは思わない。プロレスは俺の人生そのものだから。プロレスのことを何も知らない人に、プロレスをけなされたりするのは、自分の人生を否定されるようで嫌だし、プロレスのように本当に大事なものは、軽々しく口にしたくはない。

俺がプロレスのことをあえて言うとしたら、それは「この人は信頼できる」と思った人だけ。それに、マイナーだから少し寂しいけど、それだからこそ、自分だけの世界がつくれるという良さもある。まあ、これはあくまで俺ひとりの話であって、こんなマイナーなプロレスのことを「あたし、プロレス大好き❤」と堂々と言える女の子がいたりしたら、それはとても素敵だなって思うのよね。

―なるほど! では就職活動で自己アピールをされたときは、やっぱり、帰国生であることよりも、何かプロレスに通じるようなことをおっしゃったのですか?

俺は、テリーとの出会いのエピソードが書かれた本を持っていって、「これが自分だよ」と伝えた。

―「視野が広い」とか、「語学力がある」とかいう一般的な言葉ではなくて、ご自分の強烈な生き方や考え方そのものを差し出して、それを面接官にお見せになったのですね。最後になりましたが、この記事を通じて誰かに何か伝えたいことはありますか?

“FUNK U FOREVER!”

―ありがとうございました!!

―ところで、プロレスのほかに、なにか趣味はあるのですか?

ちょっと待って。ごめん。プロレスは趣味じゃなくて『人生』そのものだから。

―恐れ入りましたm(_ _)m

インタビューアから一言

ひとつの言葉にみっつ、よっつ、いつつと返ってくる。そしてそこから、ひとつの時代のレスラーたちの息遣いや、彼らをとりまく人々の生があふれてくる。いつか僕は、それをわずかたりとも漏らさぬよう、まるで機械のように必死に記憶にとどめる作業に没頭していた。そのすべてを今回記述できないことは無念の限りである。あっという間に終電の時刻となり、彼は寂しそうにこう言い残して去っていった。「最近、スポーツ界なんだか、芸能界なんだかわからんけども、誰それがサッカーやっただとか、誰それが切腹しなかっただとか、いい歳こいた四十過ぎのオッサンたちがニュースでやってるけど、あんなん見ると腹立つなあ。おかしいぜ、なんか、やっぱり今。」いつしか雨も降り始め、後姿にいくつかの傘が重なって、彼はやがて見えなくなった。

古谷博行。1983年広島生まれ。小学校4年生からカリフォルニアに暮らし、中学校2年の春に日本帰国。中学校卒業と同時にドイツ・フランクフルトに渡り、当時深夜に放送されていたプロレスに感銘を受ける。その後、大学受験にあわせて帰国。東京大学文科Ⅰ類に合格。現在、教養学部後期過程文化人類学4年生。ザ・ロックのマイク・パフォーマンスがどうしても忘れられないクチである。今回のインタビューの最中は、とにかく写真のような驚愕の表情を連発していたに違いない。