海外生活体験者・社会人インタビューvol.15


杉山拓哉さん。1983年東京都中野生まれ。小学校3年から中学1年までは大阪在住。高校卒業まで、アメリカ・ニュージャージー州に滞在。中学はTenafly Middle School、高校はCresskill High Schoolに通う。帰国後、慶應大学法学部政治学科で国際政治を専攻。小学校からサッカーをし、大学でもサッカーサークルに入る。卒業後、大手広告代理店に入社し、現在2年目。大手自動車メーカー相手の営業を行っている。

―中学までは、生まれも育ちも日本だと思いますが、親の転勤が決まったとき、最初は抵抗がありましたか?

いえ、東京から大阪に引っ越すのとはわけが違い、アメリカは遠すぎて、逆に非現実的だったのでもう諦めていました(笑)

―海外経験があり、良かったと思いますか?

そうですね、これだけ恵まれた会社と恵まれた環境に今いるのは、海外生活で培った経験のおかげだと思っています。あとは、一般の日本人がなかなか体験できないようなこともたくさん知ることができたので、良かったと思います。

―アメリカでは大変でしたか?

やはり、ずっと日本への憧れはありました。大変でした。中学1年まで喋ることが文化である関西に住んでいたので(笑)、アメリカに行って話せないのは辛かったですね。

―日本に帰国した時は苦労はありましたか?

アメリカ滞在時はほとんど英語漬けの毎日だったので、やはり日本に帰ってきて漢字が書けないのが一番の問題でした。数学もアメリカと日本はレベルが違ったし、勉強方法もアメリカでは電卓を普通に授業で使います。最初の頃は試験などでとても苦労しました。

―それは解決することができましたか?

漢字に関しては、どうせならなるべく楽しく身につけたいと思ったので、大学1年生の時から毎日欠かさず日記を付ける習慣を身につけました。英語を勉強した時もそうですが、読んだりするよりも、実際にアウトプットすることのほうが意味があると思っています。ひたすら文字を書いて練習していましたね。仕事が忙しいとき以外は、今でも日記は書くようにしています。

―それにしても、毎日日記を書くのが続いているとは本当にすごいですね!

「努力」という行為が実はあまり好きではなく、というより努力している姿をあまり人に見せたくないというか。物事は何でも楽しく、できるだけ余裕を持って行うことが重要だと思っています。辛いことは続かないでしょう? 仕事をしていても同じで、あまり仕事のことばかり考えるのは自分のためにならないと思っていて、週末はなるべく仕事のことは忘れて、趣味に時間を使うことを大切にしています。

―それでは、週末はどのように過ごされていますか?

予備校に通っていた時に帰国子女の友人が作ったサッカーチームでプレーしています。そのチームが今でも続いており、月に何回か週末に集まります。仕事だけの生活にならずに、色々なものを受け入れることが大切だと思います。

例えば、最初アメリカに行ったときは、会話することだけで大変でした。言語のせいだといっても、学校で話さないとどんどん暗い性格になってしまうし、そうなるともっと話さなくなるといったネガティブスパイラルに嵌ってしまう危険性がありました。ですから、自分なりに一所懸命周囲とコミュニケーションを取ることで、周囲の理解を得ようと思いました。結果として、コミュニケーション能力はずいぶん鍛えられたし、一種のチャレンジ精神もついたと思っています。

―就職活動について教えて下さい。

最終的には、商社と今の広告代理店のどちらに行くか、かなり迷いました。行く会社によって、生きる道がかなり違ってきてしまうからです。でも、あくまで就職先は自分の持っているゴールやら夢やらを実現するための道でしかないと思っていて、その夢を実現するためであれば、商社でも広告でもあまり変わらないかなと。そこにたどり着くまでの道のりをいかに充実したものにできるか、それが重要だと思いました。結局は、広告代理店の方が色々な肩書きの人と出会って、幅広い分野の仕事ができそうなので、こちらを選びました。

―英語を生かせる外資系の企業ではなく、日本の企業を選んだ理由はありますか?

まず、自分には日本の企業の方が合うと思いましたね。というよりも外資系、特に金融みたいなところでバリバリ身を削って働くイメージが湧かなかった。いつやめるか分からないというよりも、10年、20年後の自分の働いている姿が、なんとなくイメージできていたほうがいいと思いました。

―それをイメージできるのが日本の企業だったのですか?

自分は日本にある海外の企業ではなく、日本の企業から海外に行く方が合っていると思いました。結局は日本人ですし。英語はあくまでツールでしかなくて、日本語で仕事がしたいという思いがありました。

あと、忙しく働くよりも、若いうちに多くの趣味を持って、幅広い人脈をつくったり、仕事以外の面で多くのことに興味を持ちたいという思いもあります。

―帰国子女であることが、お仕事で生かされることはありますか?

アメリカにいた頃に身につけたんでしょうが、自分の意見をはっきり言うという面は、仕事でも歓迎されます。特に新入社員の時なんかは、打ち合わせでも黙ってしまう人が多いけど、それでは何のために打ち合わせに参加したか分からない。どんどん話した方が、多少的外れでも、きちんと自分の意見を述べるといった意味で評価されると思います。

―では、逆に帰国子女であるために苦労することはありますか?

話す相手が先輩やクライアントであったりすると、帰国子女っていうイメージが先行して損をする場合があります。日本のことがわかってないとか、意見を言い過ぎじゃないかとか。注意される時もあります。難しいんですよ。クライアントの反応に気を使いながら、自分たちの仕事もきちんと進めていく。はっきり言った方が良い時と悪い時もある。要はバランス感覚をいかに養えるかってことなんですが、これは信頼関係にも関わってくるところなので、今でも自分の発言には気をつけるよう心がけています。

―最後に、一番大切にされていることを教えていただけますか?

自分の意志をしっかり持つことが重要だと思います。社会人でも、やはり周りに流されがちの人は多いから。常に人がしていることについていくのではなく、断ることも大切だし、自分なりの楽しみを見つけることも大切だと思います。

インタビューアから一言

『広告=コミュニケーション力』と言われている程なのに、ご自分は人見知りでコミュニケーションが苦手と、ずっと仰っているのが印象的でした。しかし、お話しているうちにだんだんお互いリラックスして、普通に楽しくお話しさせて頂きました。質問にはとても丁寧に答えて下さり、ご自分の経験談なども交えて、とても興味深いお話を伺うことができました。

今泉優。1985年東京生まれ。小学校1年から4年まで、ドイツのミュンヘンに滞在し、Munich International Schoolに通う。高校最後の2年間は、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコに留学。International High School of FAISに通う。帰国後、上智大学比較文化学部(現国際教養学部)に入学し、現在4年に在学中。‘08年9月に卒業予定。趣味はテニスと美術館巡り。