海外生活体験者・社会人インタビューvol.17 ~前編~


J.K さん。1985年兵庫県に生まれる。高校1年生のとき、語学留学で、半年間カナダのビクトリアに滞在。その後帰国し、高校を卒業後、上智大学経済学部経済学科に入学。大学1年でNGOのサークルを設立し、インドを中心に活動を行う。‘07年4月に丸紅株式会社へ入社。現在、業務と並行して、バンドとゴスペルの活動を行っている。

―カナダではどのような生活を送っていたのですか?

ホームステイ先の子供と同じクラスだったので、ほとんど一緒に行動していました。お互いサッカーが好きで、一緒にクラブに入っていたんですが、そのときのマネージャーが可愛かった。バービー人形みたいでびっくり! カルチャーショックでしたね(笑)

休日は、音楽好きのホームステイ先のお父さんに連れられて、よくコンサートに行きました。勉強も、数学は楽チン、逆に歴史は一苦労でしたが、まあまあこなすことができ、コミュニケーションも、とりあえずは取ることができたので、とても有意義に過ごせました。

―半年間カナダでホームステイして、何か自分の中で変わったことはありましたか?

根本的な自分の考え方が形成されたのは、カナダに行ってからだと思います。それまでの自分と言えば、内気で、メガネかけて青白くて、太っていて、性格悪くて、完全的にいじめの対象になってて。。。(苦笑) カナダでの生活は、それらを一変させた大きなきかっけの一つです。

具体的なエピソードとしては、学校の授業で、別の学校の学生が妊娠した話を、クラス全員で話し合った時のこと。おそらく日本では、保護者会で親と教師だけで話が終わり、生徒側としては、面白半分に噂話が流れる程度で終わっていたでしょう。カナダでは、みんなでそれを真剣に話し合い、日本ではタブー視されていることを、口に出して考えていいんだって気づいたんですね。よく価値観が変わったっていう言い方をみんなはするけど、その時は価値観が変わったのではなく、それは考え方が変わったときで、自分が大きく変わったと思いました。

日本で過ごして感じていることが全てじゃない。世の中にはいろんな考え方があって、そのすべてに正しさがある、ということを認識したというのが、一番大きな変化だったと思います。その認識を得てからは、自然といじめられることもなくなり、自分に自信を持てるようになりました。

―大学時代はどのように過ごしました?

ほとんどの時間をサークルに費やしました。一つは、ゴスペルを歌うサークル。そしてもう一つは、NGOの支部として大学に作ったサークルです。就活ではNGOのサークルについてアピールしたので、そちらにフォーカスしてお話します。

大学に入学してすぐ、たまたまNGOで活動している先輩に出会い、「NGOサークルを作らないか」と言われ、「児童労働」に関するサークルを大学1年の5月に立ち上げました。上智にはもう1つ「児童労働」をテーマに取り扱うNGOサークルがあったんですが、そこは現状を把握するために途上国などに赴くスタディ・ツアーに行くと、三ツ星のホテルに宿泊し、現状視察と観光が1:1くらいの割合でした。そんな上っ面だけの活動なんてまっぴらだと思い、自分たちのサークルで行うスタディー・ツアーは極貧ツアーにして、必要最低限のお金で過ごしました。現地での生活で着たシャツは、再起不能になるくらいに汚れてしまう、そんな環境で暮らしてました(笑)

―実際インドでどのように過ごしていたのですか?

まず、前もって現地のNGOの人に連絡をとって、その方に宿泊先を紹介してもらいました。一日100円くらいの独身寮みたいな施設だったり、カトリックの神父様候補生の寄宿舎だったり、いろいろでしたね。そこから、NGOの技術習得訓練センターや、働く子ども達に会いに駅や街角へ出かけて行きました。その時のことを少しお話します。

初めてインドを訪れ、働いている子どもに初めて会いました。「働く」と言っても、もちろんアルバイトなんかじゃありません。小学生低学年くらいから高校生くらいまでの子どもが、自分が生きるために働いているんです。空港を出た瞬間に物乞いの子どもがいて、町に出ても物売りの子ども、ゴミ箱から売れるものを拾い集める子ども、シンナー中毒の子どもがいて、人生で一番くらいのショックを受けました。

中でも最も衝撃的だったのが、完全隔離された薬抜きの強制施設での光景。ほとんど人が住んでいない山奥にあるんですが、シンナーを吸いすぎて知能に障害を負った子ども達が、表情がまったくなかったり、笑い続けたり。そんな中でも更生して社会に帰ろうと努力する彼らの姿を見たときは、何とも言えない衝動か葛藤か、よく分からない気分でいっぱいになりました。

―インドから帰国後は、なにをされましたか?

自分がインドで感じた感情を少しでもシェア出来ればいい、世界で起こっている現状を一人でもいいから知ってもらいたい。そんな思いから、スタディ・ツアーの報告会を開くようになったり、カナダ大使館でチャリティ・コンサートをやらせていただいたりと、広報活動を行いました。何事もそうですが、「知る」というプロセスが意外に大きな役割を持っており、その分伝えるという立場は責任が重いなという実感を持ちましたね。

また、チャリティ・コンサートについては、もともとNGOに入ってから、何か音楽を通じた貢献がしたいと思っていたので、その思いが達成できたことも非常に嬉しく、自分の経験にもなったと思いました。後編はこちらから>>

立山由佳理。1985年熊本県生まれ。中学生のときに渡米し、アメリカ・オハイオ州の現地校へ通う。そこで、‘04年のプロムクイーンに選ばれる。卒業後帰国し、現在中央大学文学部3年に在籍。英米学を専攻し、ゼミでは’60年代アメリカを研究。野球サークルのマネージャーを務めている。