海外生活体験者・学生インタビューvol.19~後編~


吉田瑞穂さん。1986年生まれ。中学二年の秋に渡英し、4年半をイギリスのロンドンで過ごす。ISL(インターナショナル・スクール・オブ・ロンドン)卒業、IB取得後、京都大学法学部に入学。現在四回生。「薬害肝炎起訴訟を支える学生の会大阪」および「司法研究会」に所属。‘05年国際法学研究会模擬裁判大会において新人賞を獲得。‘06年インターカレッジ・ネゴシエーション・コンペティションに、京都大学代表として出場し、準優勝。

―大学進学以前から法律に興味を持っていたのですか? 法律のどこが「面白い」と感じるのですか?

インターで目をかけていただいた英語の教授が、友人ほか2人をつれて、個人的に裁判所の傍聴に連れて行ってくださったんです。奥さんの友人を負傷させてしまった男性の刑事裁判だったのですが、ピンと張りつめた空気を、今でもよく覚えています。陪審員の方も、とても真剣な眼差しで弁護士の話を聞いていて。前々から弁論や討論は好きだったんですが、それが法律に興味をもった最初の機会です。

大学入学後、1回生の時から、薬害肝炎の裁判をサークルで定期的に傍聴したり、原告さんや弁護士さんと交流したりするようになって、その思いはますます強くなりました。 原告本人尋問などで、原告が声を詰まらせて話される様子などを見ていると、新聞などは活字でしかない、それぞれの事件の当事者の想いが浮かび上がってくるようで、自分の現在の社会の状況に対する無知に愕然とします。例えば、「不動産が二重に売買されたとき、登記を先に備えた者だけがそれを取得できる」などの「食うか食われるか」の法律構成とか、ハンセン病の時効問題とか(←裁判所は除斥期間の適用を排除してくれましたけど)、あるいは、薬害肝炎訴訟とか。

法はやっぱり道具でしかないし、法によって救済できないものは沢山あります。私は大学に入って、法はなんて無力なんだろうと感じることも多々ありました。でも、法はやっぱり、社会紛争を解決するための一つの大切な道具だし、法を学ぶことによって、法を通すことで、見えてきたものも沢山あります。今まで感情でしか見ていなかったものを、一歩引いて論理的に構成することを覚えたり、どちらか一面的な見方ではなく、原告側・被告側それぞれの立場から検討することで問題の根本が見えてきたり。

大学受験時代の恩師が「法律や経済というのは、社会を見るための一つのレンズであって、そのレンズを通すことで見えてくるものがある。」と仰っていたのが、今でも心に残っているのですが、その意味をひとつひとつ知っていく毎日です。

―やはり、将来弁護士を目指しているのですか?

そうですね、なにがしかの形で法律にかかわりたいと思っていますが、まだわかりません。今は何をおいても「論理」の部分を学ぶ段階なので、まずはそこをしっかり固めなければなりませんが、どんな職業に就くにせよ、法律にかかわる以上は、論理と感情のバランスを大切に守れる人になりたいです。透徹した論理は絶対に必要ですが、他方で相手の気持ちになれる人でありたい。

交通事故で子を失った母親に向かって、「逸失利益は○○円ですね。損害賠償はこれだけ取れます。」と、ある弁護士が言い放ったそうです。その母親が「息子の命は○○円ですね、と言われた気がした。」と泣いてらっしゃったそうです。論理に拘泥すると、こうなってしまうのかと悲しくなりました。法社会学の授業で出会った言葉に、「感傷性なき合理性は無力であり、合理性なき感傷性は盲目である」というのがあるのですが、これを肝に銘じていたいです。

―では、普通の就職活動をすることはあまり考えていないんですね?

そうですね。就職も面白そうだとは思っているのですが。

―もし就職活動することがあれば、是非そのお話も聞かせてくださいね。最後に、後輩に一言メッセージをお願いします。

一学生の話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。久し振りに初心に還れた気がして、いい経験になりました。大学入学当時は、帰国枠で入ってきたということが、すごくコンプレックスでした。周りはみんなセンターを受けて、難しい試験を通ってきているのに……という気持ちがあった気がします。でも、だからこそ、法学では誰にも負けたくなかったし、そういう気持ちで頑張ってきました。これからも頑張りたいと思います。

就活をしない私がいうのも何なんですが、「就活のポイントは自分のフィールドで戦うことだ」と聞いたことがあります。集団面接などで、隣の人が、たとえば、学問で首席だとか、インドネシアでボランティアをしただとか、自転車で日本一周をしただとかの話をする。そのとき、他者と比べず、「私はこれなら負けない」と思えることを持ち出すのが肝要だ、と聞きました。帰国には帰国のフィールドがあると思います。私にとって、それは、自分達で企画実行したさまざまなプロジェクトであり、イギリスで出会った大切な人々であり、京大での日々の学生生活なのです。

インタビューアから一言

お互い帰国子女ということもあり、話を聞いて共感する部分が多かった。しかし、それと同時に「夢」という絶対的な差も感じた。夢があるからこそ噴き出してくるパワー。インタビューの間、そんなオーラを吉田さんから感じ取ることができた。また、高校生の間から既に自分の夢を持ち、その夢を実現させるために、日々努力している姿はとても輝かしくも見えた。吉田さんの今後の活動に期待したい。
 
  中村正太郎。1987年兵庫県生まれ。4歳から6歳まで香港に滞在。帰国し、沖縄で2年間過ごすが、8歳の時再度香港に渡りインターナショナルスクールに通う。小学校6年の秋に帰国し、東京で中学校3年の春まで過ごす。その後、ニュージーランド(オークランド)、そしてオーストラリア(シドニー)と2年間づつ滞在する。卒業後帰国し、現在京都大学経済学部2年生。大学では、日置ゼミ(経営戦略)、サッカーサークルに所属。