活動報告 vol.9 木村荘一郎~後編~


今回は、北海道大学に進学された木村荘一郎さんから、一年間の学生生活を振り返って頂きました。彼の成長の様子をどうぞご覧あれ。

木村荘一郎さん。1987年神奈川県生まれ。小学校3年時に栃木県へ転居。高校1年のときに、オハイオ州ダブリンへ渡米し、3年間滞在。高校卒業後、帰国し、北海道大学入学。現在、経済学部1年に在籍。

活動報告

2つ目の共同体 ―アルバイト―

アルバイトは、今は、札幌駅の目前にあるコンビニエンス・ストアで、深夜勤務をしています。部活と勉学を両立させようと思ってはじめたアルバイトです。比較的高収入で、かつ、シフトが自由な勤務先で、平日勤務のものを探している内に、ここへたどり着きました(といっても、北海道ですから、バイト代は東京の3/4ですが(泣)

最初は、コンビニ勤務ということに少し抵抗を感じていたのですが、今では、非常に楽しんでいます。「コンビニ勤務をする」と両親に伝えたときに、両親にはあまりいい顔をされませんでした。実際、コンビニ勤務と聞くと、大抵の人はあまりいい印象を受けません。
そんな、社会の底辺と考えられているような職業に実際に従事しているひとは、どんなことを考えて働いているのか。レジ・カウンターの向こう側で、常に客から見下されている感覚。大規模な経済システムの末端に存在し、上からコキ使われるこの感覚。「平日の昼間働いて、休日はゆっくりと自分の時間を」という、いわゆる「普通」の生活を送れない感覚。「コンビニエンス=便利さ=人がメンドウくさがることをすべてやる=客の下僕となり、客の否を是に変え、尻拭いまでする」という究極の接客業を行う感覚。海外に行けるような職業についた両親を持っていた、恵まれた環境に育ってきた僕にとっては、全てが新鮮で、大切な経験です。

また、駅前の深夜のコンビニでは、「普通」の生活では接点のない人と出会え、そういった人たちの本性が垣間見られたりします。酔っ払ったサラリーマンの方々。風俗街で働く方々。ホームレスの方々。駅前の高層ビルで働くエリートサラリーマン・OLの方々。駅前の高層ビルの整備をする清掃員・工事の方々。旅行者の方々。etc。

「自分は、ここではワガママが言える。」「こいつら(コンビニ店員)は、自分より格が下。」「どうせ頭が悪いんだろ、コンビニ店員なんて。」その人たちがそんな風に思っていたら、いったいどのような言動をとるのか。特に、若いアルバイト店員に対しては、彼らの深層心理が如実に言動に現れます。

ストレスは多いです。作業も、仕出しなど単純なものが多いです。そういった意味では、英語翻訳のアルバイトなど、帰国子女の経験を生かしたバイトに比べると、選択肢としてどうなのか、とは思います。

しかし、非常に面白いです。経済学部の学生として、これほど興味深いフィールドワークは、なかなかないです。ですから、このアルバイトはまだ続けています。

さらに、このアルバイト先は、拘束が少ないです。シフトは自由です。自らが希望したシフト日に勤務すればよいのですから。勤務時間外に、アルバイトでの勤労に向けて準備することは、睡眠くらいです。研修や、個人的な作業効率向上努力を要請しません。かなり割り切ったドライなシステムです。

もちろん、自分が希望した日に勤務するからには、責任もって仕事を行うことが要求されます。手抜きはなしです。しかし、部活のような「果てのない追求」はありません。やることさえ、やればそれでいいのです。

もちろん、失敗をすればそれなりの罰も下ります。お釣りを返し間違えて、その分弁償したこともありますし……。「トイレは休憩時間に極力済ませる」「他の時間帯の人が困らないように準備しておく」など、最低限のマナールールは決められていますが、ある程度の個人的事情は加味してくれます。

職場での人間関係は良好です。みな、勤務中は和気藹々とやっています。一方で、勤務時間外に勤務先の人と接触することは、滅多にありません。割と、ドライな人間関係かもしれません。そういった意味では、ヨット部とは対象的な共同体です。ヨット部は、暑苦しいほど人間関係を大切にしようとしますし、そのための制約も多いです。暗黙のルールが多いですし、人間関係に影響するような身勝手な行動は厳しく制限されます。「みんなも我慢してるんだから…」といったところでしょう。

人間関係維持のために、厳しい処罰を下すことを極力避ける傾向にあります。以前、救助艇のクルーザーの燃料管理について、関係部品の粗雑な取り扱いを行った部員に対し、金銭弁償による処罰体系を提案したところ、上級生部員に却下されました。理由は次の通りでした。「処罰を受けた部員の士気が落ちては困る。処罰を受けた部員と他の部員との関係に齟齬ができても困る。」

3つ目の共同体 ―家族―

昨年の春。滞米先で非常にお世話になった恩師に対し、僕の稚拙で傲慢な思考から、大変失礼な態度を取ってしまいました。おかげで、恩師からの評価も下がり、そこへ通っていた弟は大変苦労したそうです。

また、その一件が滞在先の日本人コミュニティにも広がり、僕の家族は大変苦い思いをしたそうです。「犯罪者の家族って、こんな風に感じるんだね。」そんなことを弟から言われた覚えがあります。

そんな家族は、それでも僕のことを突き放さず、問題解決のために真正面から取り組んでくれました。パソコンの画面に映る母からのメールを読みながら、夕飯を塩辛くしたことは今でも鮮明に覚えています。「家族とは、最後の砦」。小論文の授業で教わったことを、思い出しました。

また、去年の11月、恋人ができました。のろけた話になってしまいますが、彼女は、非常に包容力のある人です。まだまだ未成熟な自分を、やりたいことのために夢中になってしまう自分を、それでもいい、と言ってくれました。

月並みですが、自由を拘束される部活、ストレスのたまるアルバイト、夜に睡眠の取れない生活、そんな状況に置かれても、なんとか元気にやれているのは、彼女のおかげ。それも事実です。

今年1年を振り返って ―3つの共同体―

大学に入学する前は、学校の授業でいろいろ学び、サークルなどで精力的に活動し、たまにははしゃいでみたり、そんな、普通の学生生活を想像していたのですが、今年1年は、全く予想と異なるものでした。
この3つの共同体で経験したことは、本で学ぶこともできたかもしれません。シーザーを知るのにシーザーになる必要はないのですから。しかし、目という感覚器官1つで仕入れた情報よりも、5つの感覚器官で仕入れた情報は、より濃厚なものであり、より鮮明に僕の中へ蓄積されていきました。

少しは成長できた1年だと思います。