海外生活体験者・社会人インタビューvol.21 ~後編~

interviewee_s_49_profile.jpg 水野雄太さん。1978年生まれ。小中と愛知県で過ごし、中一の冬から単身で6年間ニュージーランドへ。帰国後は、上智大学比較文化学部(現国際教養学部)で学ぶ。在学中に起業するが、大和証券でサラリーマン生活。退職し、株式会社バイリンガル・パートナーズを起業、2年間代表取締役を勤める。現在はロイター通信に勤務。

―なぜ、証券会社に就職なされたのですか? またバイリンガル家庭教師サービスはどうされたのですか?

金融コンサルティング会社で、新聞の金融関係の記事を読むアルバイトを3年間行い、金融に関心を持つようになりました。「お金がお金を産む仕組み」を知ることができる金融業界に興味があったからです。なおかつ、色々な会社を見ることができ、そして、何より営業力を高めたかった。その三点を考えたうえで証券会社に入り、実際に学ぶことが多くて楽しかったです。上場している企業が「買い」か「売り」かをどうやって判断するのか、会社の財務状況や将来性はどうなのか、どういうところで儲かっているのかなどを知ることができ、起業するにあたって大変勉強になりました。

バイリンガル家庭教師サービスは、大和証券に入社する直前に大学の後輩に経営をお願いしました。本当は畳むつもりだったのですが、既に何人もの生徒さんにサービスを利用していただいていて、こちらの勝手な都合で解散することは当然できませんでした。快諾してくれた大学の後輩には感謝です。

―大和証券退職後、バイリンガル・パートナーズを立ち上げられた時のお話をしていただけますか?

株式会社バイリンガル・パートナーズは2004年10月に設立しました。バイリンガル家庭教師サービスの経営を任せていた大学の後輩が、ロンドン大学に留学することになり、急遽私が再度経営を引き継ぐことになったのです。そして、社会人経験を踏まえ、ガラッとシステムを変え、まず株式会社化し、社名も変え、よりプロ組織化したのが、株式会社バイリンガル・パートナーズでした。

―その後、バイリンガル・パートナーズはいかがでしたか?

はい。二年目で年商1億円を目指していました。ただし、実際は8000万円が現実的な着地点でした。

―2万円で始めた会社が、2年で8000万円売り上げるようになったのですね?

大学在学中に始めていたので、正確に言えば2年半ですかね。でも勢いはありました。100%の力で必死にやって。それで、生徒が120人、教師が200人以上になって、生徒がだいたい月15~20人ペースで増えていきました。「けいことまなぶ」等、いろいろな広告も実施したのですが、結局ウェブサイトから直接申し込んでくる生徒が一番多かったです。また、一度入会すると生徒が辞めないんです。皆さん、とても熱心なんですね。

―なぜ生徒は熱心に続けられるのですかね?

まず、バイリンガルから学ぶメリットを理解してくれていたからだと思います。バイリンガルとは、その名の通り、言語を2言語以上扱う人間のことです。英語を習得した過程がある人間は、英語を習得するコツを知っています。生徒の皆さんは、そのコツを学ぶことに、メリットに感じてくれていたんだと思うんです。

私自身、ニュージーランドの経験で、さっきキーワードで挙げましたけど、「最短」で英語を習得したという自負があります。それを一人でも多くの人に伝授したいという思いがありました。特に、文法などの形式に囚われがちな日本の英語教育は、どうしても「言語は使うもの」という発想が乏しくなってしまいます。ですから、私はそこに革命を起こしたいと思っています。最短で、使える英語を身につけていただきたい。

―その後なぜバイリンガル・パートナーズを退職されたのですが?

実は希望して退職したわけではなく、悔しいですが、仕方なく退職しました。

―仕方なく、ですか?

はい。当時の新役員メンバーと折が合わず、結局株主総会で負け、社長を退任させられました。自分で創設した会社なのに、社長になれないのは相当ショックでした。結果、けじめをつけて、きっぱり全ての持ち株を譲渡し、退職しました。現在は、別の社長がバイリンガル・パートナーズを経営しています。

―そこで今の会社に就職されるわけですね。

ロイターは、金融の情報を発信し、金融の最先端がどこにあるか分かるので入りました。後から上司に聞いたら、起業した経験と苦労があるから採ってくれたそうです。

―どのようなお仕事をされているのですか?

主に営業ですね。出張で地方の銀行回ったりとか、外資系の大きな所と仕事したりだとか。凄いシビアですよ。常に成績や数字が求められる。その一方で、うちのチームはアットホームであったりもする。ロイターはトムソンという会社に買収され、今年合併するんですよ。だから、買収される企業がどういう気持ちか、そういうのも学んでます。

―時間も残り少なくなってきました。帰国子女や海外生活者の後輩に向けてメッセージをお願い致します。

帰国子女に多いのは、就活する時に自分のポリシーが強くあったりすること。自分もそうでした。でも、企業側はそれを好まない。どういう人材が期待されてるのかというと、育てやすいか育てやすくないか。簡単に言えば従順か従順じゃないか。文句を言う子と言わない子だったら、言わない方を採ると思うんですよ。

海外の経験からは、アピールすることが大事な場合が多いですが、就活をする時はそれを抑えて、人間としてどれだけピュアか、どれだけ貪欲に学んで、いち早くそれを結果に出せるかをアピールすることが大切だと思います。入社した後に、じわじわと海外での経験・価値観を発揮すればいいと思います。

帰国子女は視点も広いし、語学力もあり、チャンスは色々あると思うから、ぜひ頑張ってください。

―ありがとうございます。最後に、水野さん自身の抱負をお聞かせください。

100年後の世界でも、自分の名前が呼ばれるような人になっていたい(笑)

―本日はお忙しい中ありがとうございました。


interviewer_s_39_profile.jpg 元重慎太郎。1986年東京都生まれ。小学校1年生から5年間をアメリカ・アトランタで過ごす。中高6年間を東京で過ごした後、早稲田大学国際教養学部へ入学。2年次に交換留学で、アメリカ・カリフォルニア州にて、一年間映画を専攻。帰国し、現在は3年に在学し、就職活動中。