活動報告 vol.14 佐古田継太~第1編~

早稲田大学政治経済学部の佐古田継太さんからの活動報告です。彼は、政治サークルに所属し、中東における人間の安全保障について研究中だそうです。今回、初の実地調査を行われたそうで、その調査報告の第1編として、「テルアビブ編」をお届けします。第2編以降もご期待下さい。

佐古田継太さん。1986年、埼玉県春日部市生まれ。小学3年生の夏まで名古屋で過ごす。その後、香港に5年、台北に5年、計10年間を海外で過ごす。台北アメリカン・スクールを卒業後、帰国。現在、早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科3年。バディ・ネットワークPUNKdに参加。また、政治サークルにも所属。中東における人間の安全保障について研究中。

活動報告

イスラエル・パレスチナ問題を、世界各地で拡大するイスラーム主義運動の促進要素として位置づけ、現地入りしてその実態を調査してみよう。そんな目的を持って、冬休みを利用し、イスラエルとパレスチナに出かけてきた。初の実地調査ということもあって、刺激的な思考材料をさまざま得ることができたと思う。

イスラエル・パレスチナ問題とイスラーム主義運動

イスラエル・パレスチナ問題とは、パレスチナの土地を巡って、定住者と入植者の関係悪化から生じた一連の紛争の総称である。ただ、パレスチナの土地といっても、明確な境界線があるわけではなく、むしろ、このことが問題を複雑化している。 report_14sakoda_1.jpg

 イスラーム主義運動とは、イスラームの理念を社会において実現することを目的とした政治的な運動である。それは、他の多くの政治的な運動と同じように、過激化に伴い、異なるアイデンティティ・グループの間に軋轢を生んでいる。日本の近くでは、インドネシアやマレーシア。地球儀を回すと、南アジアのパキスタンから西アフリカのセネガルまで。これらムスリムが多く暮らす国々の政府は、イスラーム主義運動の過激化に頭を抱えている。このなかでもとりわけ、イスラーム主義運動の過激化が人々の生活基盤を破壊しているのが、パキスタン、イラク、スーダンなどである。

イスラエル・パレスチナ問題は、ボスニア紛争に見られるムスリムへの迫害や、イラク戦争に見られる欧米勢力の中東地域における軍事的プレゼンスと並んで、イスラーム主義運動の過激化の促進要素として位置付けられる。ムスリムの多く暮らす国々での、連日のように行われる、イスラエルやイスラエルを支援するアメリカ政府を批判するデモを見れば、この問題が、ムスリムにとっての1つの重要な関心事であるだけではなく、反米や反イスラエルという形で暴力を伴う、過激なイスラーム主義運動を促進していることが分かる。

活動報告では、イスラエル・パレスチナにおける実地調査の具体的な内容を、①テルアビブ、②エルサレム、③ラマラの3部に分けて報告する。

第1部:テルアビブ編

テルアビブまでの長い道のり

イスラエルまでは長い道のりだった。航空券だけで往復約10万円。現地で会う人々との事前調整。日本・東京から、ウズベキスタン・タシュケントを経由し、イスラエル・テルアビブまで、乗り継ぎのための待ち時間を含めると、約20時間。

飛行機の中では物思いに耽っていた。自らの研究が、机上の「お勉強」のみではなく、実地調査も兼ねた実践的なものであることに自己満足を覚えつつ、僕の頭は期待と不安によって交互に支配されていた。

見渡すと周りは軍人ばかり

イスラエルの空の窓、ベン・グリオン国際空港があるテルアビブに入って、まず驚かされたのが、街を闊歩する軍人の多さである。イスラエルには徴兵制がある。ユダヤ系とドゥルーズ系の若者は、男女共に高校を卒業すると、イスラエル軍に服役する。男子は3年間、女子は2年間、将校クラスは4年間だ。 report_14sakoda_3.jpg

周辺諸国と敵対しているイスラエルは、自国に対する軍事的脅威を現実のものとして認識しており、GDPに占める軍事支出の割合が極めて高い。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の調査によると、イスラエルのGDPに占める軍事支出は、過去10年間、8%から9%を推移している。また、街にはセキュリティ・チェックが至るところにあり、デパートで買い物をするときも、銀行でお金を下ろすときも、空港の出国手続きのような煩雑な荷物検査がある。イスラエル軍による‘06年のレバノン侵攻や、今も続く散発的なガザへの介入は、われわれの記憶にも新しいが、レバノン国境やガザから遠く離れたここテルアビブの街でも、いびつな緊張感に覆われているというのが印象だった。

エラン・キムチさんとの出逢い

テルアビブでは、テルアビブ大学で学ぶエラン・キムチさんに案内を頼んでいた。ホスピタリティー・クラブというウェブ・サイトを通じて知り合った。ホスピタリティー・クラブとは、世界中のバック・パッカーたちをオンラインで結びつけ、彼らが宿泊や案内をリアルに提供し合えるようにという趣旨で作られた、旅好きのためのウェブ・サイトである。ちなみに、登録は無料(http://www.hospitalityclub.org/)。テルアビブに旅立つ僅か1週間前に連絡を取るという愚行を犯してしまった僕だが、暖かく迎えて頂いた。 report_14sakoda_2.jpg
  エランさんは、イスラエル国内のNGOで活動されていて、スーダンのダルフール紛争を逃れてきた避難民を支援しているとのこと。落ち着いた物腰で、目をじっと見て話す、だが決して相手を警戒させない、そんな不思議なオーラを纏った学生だった。

エランさんは友人を何人か連れてきていた。会って握手をし、お互い自己紹介をする。彼らはエランさんと同じテルアビブ大学で学ぶ学生で、アパートを借りて共同生活をしている。専攻や年齢はさまざまだが、兵役を共にしたことから、共同生活をするまでに仲良くなったそうだ。

彼らの流暢な英語に驚く

イスラエル国内の学校教育はヘブライ語中心なのだが、とてもそうとは思えない彼らの英語に驚かされる。なぜこうも彼らは英語が上手いのか? それはおそらく、「間違ってもいい、ただ伝えたいことがある」という、会話の節々から感じられる、彼らの前向きな姿勢ではないか。もちろん、何事においても完璧を目指すことは大事だし、間違わずにきちんと情報を相手につたえることは重要だ。言うまでもない。しかし、言語に完璧かそうでないかを決める基準なんて、おそらくないし、仮にそんな基準が存在したとしても、完璧さを意識するあまり、萎縮してしまい、結局相手に何も伝わらない。そんなことはあってはならないことだ。 

イエメン料理店で異文化交流を考える

古今東西、人々が打ち解けるのは、酒食を共にするか、煙を共にするか、ベッドを共にするか、相場は決まっている。エランさんと出会ったのがちょうど昼時だったので、早速昼飯を共にすることにした。連れて行かれたのはイエメン料理の店。イスラエルとイエメン、一体どういう関係があるのか。イスラエルは多くの「帰国」イスラエル人を受け入れてきた。アジアから、アメリカから、ヨーロッパから。これら「帰国」イスラエル人は、もともと自分たちが住んでいた地域の食をイスラエルに持ち込んだ。現在のイエメンに住んでいた人々は、イエメン料理を持ち込んだという訳だ。

イエメン料理といっても、イエメンに固有なものかと言えばそうでもない。イエメン料理の特徴は、中東らしさに加えて、対岸の北アフリカの影響を受けていることである。中東料理のフムスを口にしながら、お互いについて語り合う。「帰国」イスラエル人が経営するイエメン料理店で、アラブ色豊かな中東料理を口にする。これらすべて、文化的背景の異なる人々が交わることで生まれたもの、つまり、異文化交流の所産である。

イスラエルのビール、ゴールド・スターを片手に、異文化交流のダイナミズムについて、思いを巡らせてみる。差異を認め合い、克服することで、人間は多くの叡智を獲得してきた。何も食べ物に限らない。新たな思想や芸術もそうだ。異文化交流が人間生活を豊かにしたのか貧しくしたのか、問いを立てるまでもないだろう。

飛行機などの輸送技術、および、インターネットなどの情報技術は、地球を限りなく小さくした。この小さくなった地球では、価値観を異にする人間と、共に生きる可能性が増大している。人間を評価する基準が多様な社会、それを可能にする多様なライフ・コースの選択肢。これらは間違いなく、異文化交流によって、今後も促進されてゆくだろう。

翻って現代社会を見てみる。異なるアイデンティティ・グループの差異が強調されるあまり、人々が分断され、秩序が崩壊している状況が多く見られる。アフガン、イラク、スーダン、ソマリア、パレスチナ、パキスタン、etc。イスラーム主義運動の過激化に伴う暴力が連鎖する。他者を巻き込んで絶望へと向かわせる力を、他者を巻き込んで希望へと向かう力に転化することができれば。僕の問題意識の原点はここにあるのだ。