海外生活体験者・学生インタビューvol.28 ~前編~

interviewee_s_62_profile.jpg 樋口舞さん。1989年兵庫県神戸市生まれ。0歳で渡米、アメリカのボストンへ。その後、1歳で豪州のキャンベラに渡り、6歳から小学校を卒業するまでの6年間を日本で過ごす。小学校卒業と同時に、スイス・ジュネーヴへ。15歳で再度渡米し、‘07年6月にヴァージニア州にて高校を卒業。帰国後、‘07年9月に早稲田大学国際教養学部へ入学、現在1年に在籍中。

―11年間海外生活を経験されていますが、0歳で海外へ行って6歳で日本に戻ってきたとき、どうでしたか?

オーストラリアで幼稚園と保育所に通っていたとき、図工の時間に友達の絵を描くことがあったのですが、帰国して、日本の小学校で友だちの顔を描いたときに、絵の下に大きく友だちの名前を同じように書いたんです。そうしたら、クラスの子から「舞ちゃん、お友だちの名前を書いてる!」と言われてしまって。先生に呼ばれ、「お友だちのお名前は書かないのよ」と、小声で言われました。

後になって考えたら、「友だち」の絵を描く課題で名前も明記することは、「友だち」は絵に描いた人だけと主張しているように見えるから、やっぱりだめだったのかなと思います。そういう考えがあるのは、日本人は協調性を大切にしているからであって、また、オーストラリアでの「友だちの似顔絵」のやり方は、ある意味オープンで、もっとストレートに、好きな人は好き!って、表に出す傾向を表しているのかもしれませんね。

―なるほど……。ほとんど生まれたときから海外の、豪州の文化の中に身を置いていたからこその体験なのでしょうね。帰国当時、日本語については苦労しましたか?

しました(笑) 日本語で知っている語彙が少なくて、会話中、単語が聞き取れなくて、理解出来ないことが毎日あって、家に帰ってくると、お母さんに向かって、その日分からなかった会話の一部を復唱して。

分からなかった言葉だから、ちゃんと発音出来なくて……。例えば、「ブランコ」が分からなくて、母に「ぶあんこ」って報告するんです。なんだったんだろうと、二人で一緒に考えて、その言葉を探そうとします。母が、似た音のする単語を紙に書き付けていって、あれかなこれかなと当てはめていくうちに、「あ、それだ! 『ブランコ』!」って分かるんですね。

途中で切り離して聞こえてしまった文節か、それとも本当にひとつの単語なのかが分からないから、いくつもいくつも言葉を書き付けて、当たるまで吟味していかなきゃいけなかったんですけど、そうやって一緒に考えて、正解を探して、ようやくその日分からなかった会話の内容が理解出来たり。最初はそういう毎日でした。

そうして、小学校を卒業してジュネーヴに行ったとき、今度は、英語の方が話せなくなったと感じました。英語力が落ちただけじゃなく、どうにも幼稚園レベルの英語しか知らなくて。インターナショナル・スクールに入った当初は、ESLクラスに入って英語を学ぶことに専念しました。それでも3か月経ったら、オーストラリアにいたときに学んだ英語が生き返ってきました。言語は、一度学ぶと、必ずどこかに残るものですね。

―その後、3年間ほどスイスのジュネーヴにいて、再度渡米され、アメリカで高校を卒業されたんですよね。スイスとアメリカとそれぞれ住んでみて、特に違いを感じたことはありますか?

スイスとアメリカというより、インターと現地の学校という違いに観点を置いたほうがいいのかもしれませんが、引っ越してからは、全く違う世界を感じました。

まず、定住者と移住者、一時滞在者の持つ視点に違いを感じました。スイスのインターでは、全校生徒の国籍を数えると100を越え、一国に留まらず、世界各国、あちらこちらに移り住んだ経験を持つ人が多くて、多文化が共存する場所を肌で知っているという雰囲気がありました。

アメリカに行ったら、田舎でしたから、学校内もほとんどみんながアメリカ人で、宗教や生活スタイルが一緒であれば、考え方もほとんど一緒で、多文化というよりも一つの文化を感じました。

私の友だちとして、自然と集まってきて、一番仲良くなれたのは、アメリカ以外で暮らした経験があるひとたちでした。スイスに住んだことがあるひと、ドイツ人、イラン人、etc。お互いの考え方が合っていたのでしょう。

その考え方がなにか、多文化に触れることがなにを意味するのかというと、他人のことをもっと受け入れられるようになる、縛られない考え方ができるようになることだと思います。アメリカの学校で使っていた歴史の教科書に、厳しいイラン批判が書かれていることがあり、クラス内でも、冗談ではあっても、イラン人に対して中傷がなされたことも幾度かありました。こんなとき、イラン人の友だちは笑って冗談を返してはいても、やはり心は傷ついていました。

人の心を傷つけないように、その人の立場になって考えられること、それができなくとも、一定の視点を持つのではなくて、違う視点で物事を見てみることは、とても大切なことだと思います。後編はこちらから>>

interviewer_s_48_profile.jpg 倉門亜実。1988年、東京生まれ。国内を幾度か移動した後、中学2年でスイス・ジュネーヴに移り住む。インターナショナル・スクールを卒業後、帰国し、現在は早稲田大学法学部1年に在籍。