海外生活体験者・社会人インタビューvol.28~後編~

interviewee_s_70_profile.jpg 川中一樹さん。1984年大阪生まれ。小・中学校は大阪、高校は京都の立命館宇治高校へ通う。卒業後、立命館アジア太平洋大学へ進学。2年次の終わりに、カナダのワンダリング・リバーに1年留学し、現地の子供たちに日本文化を教える。今年4月からは、株式会社インテリジェンスの人事として、業務に奮闘する毎日を送っている。

―では、帰国後の3、4年生はどのように過ごされましたか?

留学から帰ってきて最初にやったのは、英語の授業をいっぱい取ったことです。それから、国際学生とたくさん絡むようになった。APU(立命館アジア太平洋大学)は、学生と教師の約半数が外国人という、国際色豊かな大学だったので、ケニアなど、なかなか友達になれないような国の友達もたくさん出来ました。

また、就職活動イベントも運営しました。その名も「夢応援プロジェクト」。人の人生の分岐点で最高の選択をしてほしいと思って、留学経験者、就活経験者、大学を辞めようと考えている人、いろんな立場の人を集めて、お互いに話し合ってもらうというイベントです。人には色んな生き方があるのだということを、この機会を通して知ってもらうことができました。

また、『別府ナビ』というフリーペーパーも作りました。これは、別府の町を活気付けようと、別府の中でも面白い場所を見つけて、そのフリーペーパーで紹介していったのですが、最終的には、JALとJRの協賛が取れて、九州全域に広めることが出来ました。このフリーペーパーを作る過程で、さまざまな人に関わることが楽しかったですね。

他には、留学へ行く前に先輩と作った一軒家を、さらに盛り上げようと活動していました。色んな会社の人事の方を呼んできたり、政治家の方を呼んできたり、人と人との壁がない大学だったし、地域に密着してたから、そういったことが、容易に出来たんです。

―それは、やはりAPU(立命館アジア太平洋大学)という国際色豊かな環境だったからこそだと思いますか?

もちろん、普通の大学では友達になれないような人たちと知り合うことができたし、周りの友達も絶対に受身ではなかったし、誰かを追いかけようともしなかったし、それぞれが自分のやりたいことをやっていた気がします。だから、そういった意味ではとても良い環境にいたとは思います。でも、どこにいても、結局、一番肝心なのは自分なんじゃないかな。この4年間を振り返ると、「おい、かずき」と人から頼られる存在でありたいと常に考えていたし、その時その時を、必死になって頑張れていたと思います。

―ここまで、大学時代について色々と聞かせていただきましたが、ここからは、この大学生活が、どう今に繋がっているのかを聞いていきたいと思います。まず、就職活動を目の前にして、何を考えていましたか?

「ど~しよう……」という感じですかね(苦笑) とりあえず、色々な業界をみてみようと思いました。それに、就職がゴールだとは全く思っていなかったし、自分が出せなきゃ意味がないと思っていました。

―では、今の仕事に就くまでの経緯を聞かせて下さい。

初めは、商社、メーカー、飲食店、不動産屋、娯楽エンターテイメントなど、あらゆる業界を受けてみました。そして、色んな業界を見ていくなかで、今までの自分を振り返ってみて、自分は何をしてきたのだろうかということを考えました。そうしたら、自分は、「人」にクローズアップした人生を送ってきたなって分かったんです。きっと、中には研究にクローズアップしている人、ものづくりにクローズアップしている人、色んな人がいると思うけど、やっぱり自分は人とたくさん接してきたし、これからもそうありたいと思った。

それで、川中一樹という自分にしかできないことをやりながら、人の人生の節目に関わりたい、その節目を最高のものにしたいと考えるようになりました。それに、無形のものを商品とするサービス業界が、自分を一番発揮できる場所ではないかとも思った。その後、「人生の節目」をキーワードに人材業界・ブライダル業界に絞り、最終的には、人材業界の方が色んな業界が見られるという点で良いと思い、就職活動を行いました。

―現在は、株式会社インテリジェンスという人材業界の会社で働いているということですが、なぜ、今の会社に決められたのですか?

私たちの会社は、総合人材サービスをやっている会社です。主に、「DODA」に代表される転職をサポートする人材紹介、「an」に代表されるアルバイト採用領域、それから人材派遣の3つの業務を行っています。つまり、「人が働く」ということに関してサービスを提供し、世の中の人々の人材サービスにおいて、インフラになることを目指している会社なんですね。

過去の自分を振り返ってみたとき、一軒家で人と人を繋げる活動をしたり、NHKのバイト中にはバイトの派遣をしたり、フリーペーパーを作って色々な人たちと関係を作ったりという、今までやってきたこと全てが、この会社と繋がった気がしたんです。

それと、面接が進むにつれて、他の会社では感じることのなかった、人を大事にしている会社だというのが伝わってきたから。この会社なら、自分のキャラを生かして、「人生の節目で、最高の喜びを提供したい」という、自分が一番やりたいことが出来ると確信しました。

―現在はどのような仕事をされているのですか?

人事をやっています。新卒採用グループというところで、学生を対象としたイベントや相談など、さまざまなことを行っています。大変なこともありますが、自分を十分発揮できる会社なので、毎日本当に楽しんで仕事をしています。

―これから、仕事をしていく上での目標はありますか?

たくさんありますが、大きな目標は3つです。

1つ目は、早く高い視点から組織を見られるようになるということ。たとえば、部長や課長、マネージャーなど、きっと、そういった責任ある地位に就いたとき、すごく成長できると思うから。

2つ目は、人を魅了させられる人間になりたいです。今は、相手が学生さんだから、「おお!この会社すごい!」「この会社に入りたい!」と思ってもらえるようになりたいですね。もっと出来ると思うし、もっと魅力的に会社を語れるようになりたいです。

3つ目は、多くの人と関わりをもって、「川中!川中!」と、社内や学生さんから必要とされる人間になりたいです。

―では、日ごろ大切にしていることは何ですか?

何事も後悔はしないようにやること。実は、すごくビビリなのですが(笑)、でも何事もチャレンジしています。もう1つは、誰もやらないことをやろうと常に考えています。みんなが、右を向いているときに左を向いていたい。これは、昔から変わらず、今でも、心がけています。

―最後に就職活動を前にした学生に向けてアドバイスをお願いします。

まず、僕に会って下さい!!(笑)

それと、「○○馬鹿」になってほしい。勉強、遊び、何でもいいから、やりたいことを見つけて、とにかく一所懸命考えて、それをやりまくってほしい。自分らしさを早く発見できたら、きっと就職活動も自然と上手くいくんじゃないかな。きっと、自分らしさは、過去を振り返れば、自ずと見えてくると思う。

最後にもう1つ、「なんで?」という気持ちをもっと持ってほしい。それを探求していったら、もっと楽しくなると思うし、色んなことが見えてくると思いますよ。

みなさんに、期待しています!

インタビューアから一言

川中さんにお会いしたのは2回目だったのですが、初めてお会いしたときに受けた印象と変わらず、自分というものをしっかりと持った方だなと強く感じました。川中さんの周りに人が集まる理由が、今回のインタビューを通して分かったような気がします。また、自分の長所を「人が右向いているときに左を向いていられるところ」と胸を張って言える。そんな素敵な方でした。今回とても良い刺激を受け、これからの自分を考える良いきっかけになりました。私も自分らしくいこうと思います! みなさんも、これを読んで何か感じとっていただけたら嬉しいです。それから最後に、ぜひ一度川中さんにお会いしてみて下さい! きっと何か新しい力が湧きますよ!!
interviewer_s_46_profile.jpg 宮城夏子。1989年愛知県生まれ。中学まで日本の学校へ通うが、中学卒業後、中国・上海へ単身留学。高校3年間を上海で過ごし、現在は、立教大学経営学部国際経営学科1年に在学。RTNプロジェクトの立教大学支部を自ら立ち上げ、1年生ながら、代表も務める。