海外生活体験者・学生インタビューvol.32 ~後編~

内山紗也子。1986年鹿児島県生まれ。その後、東京、沖縄に暮らし、小学5年から2年間マレーシアに滞在。東京に帰国後、中学2年の夏から米国シカゴへ。高校卒業まで5年間在住。帰国後、東京大学理科Ⅱ類に入学。現在、農学部獣医学科3年に在学。

当たり前の怖さ

F:僕は大学3年になると、履修の事情もあって、単独行動に一層拍車がかかったのですが、内山さんはどうですか? 友達たくさんいますか?(笑)

U:実は、古谷さんとは全く逆で、うちの学科は必修と実習があるので、高校のクラスみたいに、30人がいっつも一緒に行動しているんですよ。だから、それ以外の世界の人と話すことが少なくて、最近は1・2年生のときの友だちとか、帰国の友だちをつなげる努力をしています。仲のいい友達とはよく連絡を取っていたけど、同期で集まったりすることって、これまであまりなかったんですけどね。今の状況が当たり前になるのが怖いんです。

この前、実験用にネズミを殺すのを見て、泣いちゃった同級生がいたんです。私は、ネズミがかわいそうで泣いたんだろうなって思ったんですが、心配して駆けつけた上級生が言った言葉が、「どうしたの?怪我でもしたの?」だったんです。たぶん、ネズミを殺してしまってかわいそうっていう感覚がないんです。私は、今の環境にどっぷり漬かっちゃうと、動物を殺すのがあたりまえになるんじゃないかって思って、それが怖いんです。だから、うちの学科以外の人とも話したいと思うんです。

ねずみに人工呼吸

F:なるほど。。。なんかね、思うんですが、さっきの生命倫理の先生の授業って、先生のメッセージは、はっきりとわかりやすい形で内山さんに伝わったわけではないのかも知れないですが、死ぬこととか、生きることを考えることが、内山さんの心の深いところにしっかり沈み込んでいるのでしょうね。先生の授業を受けてよかったですね。

U:そうですね。ネズミの話はもうひとつあって、うちでは麻酔の効果を調べる実験があるんです。麻酔をネズミに注射して、ネズミが目を覚ますまでにどれくらい時間がかかるかを測るんですけど、この間、麻酔の量が多くて、ネズミが死んでしまいそうになったんです。ストローで人工呼吸をして、指で心臓マッサージをして、みんな必死になって生き返らせようと頑張ったら、意識が戻ってくれたんです。みんな嬉しくて、嬉しくて。でも、喜んで手を離したときに、ネズミは死んじゃったんです。助けようと思って助けられないのは、本当にショックでした。でも、今日○○匹犠牲になったもののために、将来○○匹助けようと思って、勉強していこうと思ってます。

いつかアメリカへ

F:今日は、理系の人ってどんな生活をしているんだろう、という好奇心が大きかったのですが、やっぱりゆっくり話してみると、「ぐっ」とくるエピソードがありますね。文系とか理系とかいう仕切りを越えて、共感できる経験というのがあるんだなあと思いました。ところで内山さんは、これからもずっと東大ですか?

U:いや、別のところに行きたいです(笑) 私は小さい頃から引越しが多かったので、同じ場所にいると飽きちゃうんです。いつかアメリカに行きたいなって思います。懐かしいし、身近だし。でも、できればそれまでに結婚できたらいいなって思いますよ。ひとりはやっぱり淋しいですよ(笑)

インタビューアから一言

インタビューの数日後、僕は同じ職場のとある管理職の女性とお話をする機会を持ちました。 「悪いこと言わないから、早いうちに結婚しといたほうがいいわよ。まだ大丈夫、まだ大丈夫って思っているうちに、私みたいに相手がいなくなっちゃうんだから。」 僕は言いました。「いやぁ、でも、ひとりのほうが気楽でいい時もあるんじゃないですかねえ?」 「わかってないわねえ、あんたはまだ若いからそんなこと言うのよ。私くらいの年になってひとりでいてみなさい、も~う淋しいんだから。」

これも、きっと真実であろうなと、僕は思いました。しかし、これとは反対に、両親について何度も引越しをした人間の強みというのも、もしかしたらあるのかもしれません。こうした経験は、ちょうど、ある授業が、自分のその後の人生に、思いもかけぬ影響を与えるのと同じように、じわじわと体に染み込んで行くのでしょう。自分の意志とはあまり関係のない環境の変化を何度も体験すれば、たいていのことは「どんとこい!」と言って、やりすごせるものかもしれません。そういう精神を、内山さんも、僕も、持っているのかもしれないな、と思いました。だから、まぁ、口では言っているけど結婚しようとしまいと、行きたいとこに行っちゃうんだろうな(笑) そんな風に思いながら原稿を書いたのでした。
interviewer_s_52_profile.jpg 古谷博行。1983年広島生まれ。小学校4年からカリフォルニアに暮らし、中学校2年の春に帰国。中学校卒業と同時にドイツに渡り、フランクフルト郊外の高校に通う。その後、大学受験にあわせて帰国。東京大学文科Ⅰ類に入学後、文化人類学を専攻。卒業後は大学職員として働いている。