海外生活体験者・学生インタビューvol.34

木村荘一郎さん。1987年生まれ。神奈川県相模原市、栃木県足利市、米国オハイオ州ダブリン市、東京都三鷹市と転々とする。現在は、札幌市に在住し、北海道大学経済学部2年に在籍。

―まず、木村さんの海外生活についてお聞かせ下さい。

アメリカ・オハイオ州で、高校3年間を過ごしました。コーン畑とジャガイモ畑の州です(笑) 高校は生徒数が非常に多い、アメリカの田舎の現地校ですね。”Gated community”っていう、比較的裕福で、閉鎖的なコミュニティーが沢山ある学区だったのですが、隣の街はもっと荒れていて、アメリカの格差社会を実感しました。

―私も木村さんと同時期にイギリスに渡ったのですが、やっぱり高校から海外って、結構辛いことが多いですよね? 語学面とか。。。

僕の場合もともと語学が好きで、日本にいた頃から英語の勉強はしていたんです。英語だけでなく、韓国語やロシア語にも手を出してたくらいで。アメリカでは、最初にESLのクラスに入れられたんですけど、僕はいきなり現地の授業にぶち込まれて、必死になる覚悟をしていたので、拍子抜けしました(苦笑) 「ESLなんてすぐに出てやる!」って燃えて、一年で出ました(笑)

―なるほど、うらやましい(笑) では、高校生活を通して一番感じたことは?

人間がコミュニケーションを取るときに、一番苦労するのって、「言葉の壁」じゃなくて、「話のネタの壁」なんだろうなって、強く感じました。言葉は、例えカタコトでも、何とか通じるんです。当然、流暢に話せるに越したことはないんですけど、一番重要なのは話の内容。海外で実際生活するまでは、「英語さえペラペラに話せたら、スグ外人と仲良くなれる!」って信じて、語学力の向上に精を出してたんですけど、いざ英語が話せるようになっても、冗談とか話の内容のツボとか、分からなくて。逆に、僕より英語が拙くて、野球に詳しい奴とかの方が、アメリカ人と盛り上がったりしてたんですよ。言葉は後から付いてくるものであって、それが目的になってはいけないんだなぁと痛感しました。

―それ、すごく分かります。その壁にぶち当たってからは、何か変化はありました?

1年目と2年目は悩むことも多かったんですが、最後の3年めは、「話のネタを増やしてやる!」ってふっ切れて、現地でできる課外活動をやれるだけやりました。SATの準備の傍ら、バレーボール部やボランティア、インターンなど、色々経験しました。多分この一年がなかったら、僕、アメリカを嫌いなまま帰国してたと思います(笑)

―(笑) 最後の年があって良かったですね。私もブーブー言いながらも、イギリス大好きですし、やっぱり滞在国は好きでいたいですよね。では、次に、帰国後の生活についてお聞かせ下さい。

もともと田舎者だったせいか、「帰国子女」という響きのいい肩書きを手に入れたことに妙に浮かれてしまって、有名私立校ばかり受けたんですけど、なんと、私立に一つも受からなくて、結構焦りました。勉強はだいぶ頑張ってたんですけどね(苦笑) それで最終的に受かった大学の中で、一番ブランド力のある北海道大学を選びました。

―では入学後の話を。

入学当初は、北海道に来たことを、少し後悔したんですよ。やっぱり、東京にいれば何事にもチャンスが転がっているし、知り合いも多くいる。東京に何か興味のあることがあっても、北海道からだと遠すぎる。でも、覚悟決めて北海道に来たわけだし、一人でも頑張ってやろうって気持ちはありました。その頃も、やっぱりブランドというものに拘っていましたね。「北大生」っていうブランドは十分凄いじゃないか!って。僕、背も高いし。

―え、ここで身長の話?! それ関係ないですよ(笑)

いやぁ、その頃はとにかく天狗になってたんですよ!(笑) でも、大学1年で、その天狗の鼻をポキって折られることになって。きっかけはふたつあって、ひとつは体育会のヨット部、そしてもうひとつはコンビニバイトなんです。

ヨット部に入部したのは、なんだかんだ言っても、知り合いのいない地に一人っていうのが寂しかったのと、「海の男」っていうのは、更なるブランドアップになると思って(笑) でも、船酔いや拘束時間のきつさは、想像以上のものでした。ブランドのためだけにやれるようなものでは決してないし、海の上ではブランドなんて関係ない。

時間的に拘束されるけど、部活にお金はかかったので、夜勤のできるコンビニバイトを始めました。でも、コンビニのバイトってイメージ悪いですよね。僕も、最初は嫌々やってました。ある日店長に、「辛いのは分かるが、辛いのはお前だけじゃない。それに、いくら高学歴だろうと他に才能があろうと、ここはコンビニ。コンビニの仕事ができない奴は仕事のできない奴にすぎないんだ」って言われ、すごくグサってきました。今まで僕が固執してきたブランドって、世の中じゃ役に立たないなぁって感じましたし、このバイトから現実社会について学ぶことは多かったです。

―天狗の鼻を折られた後は、どんな変化がありました?

それからは、自分のブランドを上げようという意識は捨てて、せっかく自由な時間のある大学生なのだから、勉強も課外活動もやりたいことをやろうって切り替えました。授業は取れるだけ取ってますし、課外活動も興味があれば首を突っ込んでます。

2年生になってから面白かったのが、北海道色の強い教養の授業です。北大って、北海道中のエリートが集まってくるだけあって、「北海道を良くするために!」っていう主旨の授業が多いんですけど、これが面白い。地域社会学とか水産学とか。僕自身、田舎出身なんで結構入りやすい内容で(笑) だから、これからも「北海道を知ろう!」っていうのは、僕の大学生活のテーマの一つになると思います。

―北海道カラーに染まっていますねぇ(笑) では、木村さんの将来の夢について聞かせて下さい。

抽象的になってしまうのですが、「お金の流れをいじることで、自分の住みたいような地域・社会作りに貢献する」ですかね。これを実現するために、具体的にどのような職に就くべきか、今模索中です。今は、経済学部経済学科で学んでいるのですが、学問的には、都市工学や財政なんかに興味を持っています。夏休みに北海道の議員さんのもとでインターンシップをして、北海道をよくするために何をしているのか見て、考えてきます。

―着実に将来に向けて動いていますね! それでは、海外経験者であることを踏まえて、一番大切にしていることをお聞かせ下さい。

これはふたつあります。ひとつは、「人は大切にする」。様々な経験を通して感じるのは、世の中”give and take”だということ。誰かが頼ってきたらウェルカムし、自分が頼りたいときは素直に頼る。今までの僕は、強がって、なかなか頼ることができなかったんです。

ふたつ目は、ズバリ「空気は読まない!」。読めないんじゃなくて、あえて読まない(笑) せっかく海外で変わった生活してきたんだから、周りの人が気まずいといって躊躇してしまうときも、「どうせキコクだし」の精神で、ちょっと無茶でも僕が行動する(笑) そもそも、日本人って「気まずい」って表現よく使うじゃないですか。あれって、当事者のどちらかが、全然気まずくないって態度取れば、何とでもなる状況だと思うんですよ。勿論、社会に出たら、わきまえなくてはならないことって沢山あると思うんですけど、学生のうちは、僕は空気を読みません!! 宣言します(笑)

―共感するところがすごく多くてびっくりしてます(笑) 是非これからもその行動力で、色々な場面で活躍して下さい。では、最後に何か一言お願いします。

札幌は住みやすくてきれいです!!是非みなさん北海道へ!!

―じゃあ早速、私が予備校の友達引き連れて、遊びに行こうかな(笑) 今日はありがとうございました。

活動報告 vol.9 木村荘一郎~前編~
http://www.rtnproject.com/2008/02/vol9_4.html
活動報告 vol.9 木村荘一郎~後編~
http://www.rtnproject.com/2008/02/vol9_5.html

インタビューアから一言

木村くんとは予備校時代からの知り合いですが、北の大地で様々な体験をして、前より一段とたくましく成長しているなぁという印象を受けました。二人の今の状況は、かなり異なりますが、一人遊びが苦にならないところとか、色んなことに興味をもって欲張りになってしまうところが似ていて、新たな発見も多かったです。お互い、この貴重な大学時代を無駄にしないよう、沢山失敗しながらも、これからも頑張ろうねと励ましあいました。
interviewee_s_48_profile.jpg 植田久美子。1987年大阪府生まれ。3歳から7歳まで米国シカゴに滞在した後、大阪の小・中学校を経て、イギリス・ロンドン郊外のACS Hillingdon International Schoolで高校3年間を送る。現在、一橋大学社会学部2年生。