海外生活体験者・学生インタビューvol.37

interviewee_s_75_profile.jpg 下田隼成さん。1984年東京都生まれ。慶応義塾幼稚舎、中等部、慶応義塾大学藤沢高校を卒業。現在は、慶応義塾大学経済学部に在籍・休学中。13歳でレーシングカートデビューを果たし、以来、日本と海外を行き来した生活を送っている。現在23歳。

―レーサーだなんてかっこいいですよね! 13歳でのデビューと聞きましたが、レーサーになろうと思ったきっかけは何ですか?

レース自体を始めたのは11歳のときなんですけど、フォーミュラっていうライセンスをとるために、16歳のときにイタリアへいきました。日本では18からしかとれないライセンスだったもので。きっかけは、父親がもともとレース好きで、小さい頃から観に連れて行ってくれたことですね。小さい頃観たものって、影響を受けやすいんです。その世界に憧れて、自分もなりたいって思ったのがきっかけです。

―じゃあレース好きのお父さまも喜んだんでしょうね?

そうですねぇ。父も昔、自分でレースをやっていたという話も聞いたことありますし。やっぱりレース好きの血筋なんじゃないかな? そういう面では、とても父の理解もありました。

―レーサーとしての活動は主に海外と聞きましたが、初めて海外へ行ったのはいつですか?

初めていったのは旅行ですけど、ちゃんといったのは16歳の頃からです。メインにヨーロッパへ行くようになって、本格的にレースを始めてからは、イタリアでレースがあったので、日本とイタリアを行き来していました。高校を卒業して大学に入ってからは、休学をして、二年間イギリスにいましたよ。

―海外へいって一番困ったことはなんでしたか? 例えば言葉とかは?

はじめは、学校でしか英語を勉強していなかったので、聞き取れるようになるまで苦労しましたね。三ヶ月くらいは、なにを言っているのか、さっぱりわかりませんでした(苦笑) イタリアにいたときなんか、チームの中で英語をしゃべれない人がほとんどで、会話が大変でした。イタリア人はよくしゃべりますしね(笑) でも、かなりフレンドリーなんで、ボディ・ランゲッジで、意外となんとかわかるものなんですよね(笑)
    
あと、困ったことは、その国の要領がわからないということ。その国の生活とか、習慣ですね。たとえば、国によっては、家にバスタブがついてなくてシャワーだけだったり、コンビニも、日本ではずっと開いていますけど、お昼にはしまったり。イタリアなんか、お昼はシエスタの時間があったり(笑) あとは、イタリアは夕食がとても遅くて、次の日疲れたりもしましたよ(苦笑) 9時くらいから食べ始めて話しながらゆっくり食べて、食べた後は食後酒をのんだりとか。でも、やはり色々な国の文化を知ることができて、楽しかったってこともあります。

―現在はどのような日常を送っているんですか?

この2、3年は、日本をベースにしながら、活動をしています。レースがあれば、海外へ飛んで、終わったら帰ってくるという感じですね。

―忙しそうですね、いったい年に何回くらい海外へいくんですか??

多いときは、年間20レースくらいありますよ。そういうときは、日本に戻ることができないということもあります。シーズンが大体3月に始まって11月に終わるんで、その間に20レースあると、毎週レースが入っているんで、帰ってくることが難しいんです。

―練習は日本ではしないんですか?

いや、日本ではあまりやりませんね。日本にいる間は、レース以外の作業をしたりします。ジムにいってトレーニングとか。それでヨーロッパへ行って、練習や車の開発をしたりします。原則、レースはヨーロッパですね。

―正直日本と海外とどちらが好きですか?

やっぱり、日本が一番いいですね。食べるものに困らないし。イタリアはご飯美味しいんですけど、イギリスとかは本当にまずいんですよ! フィッシュ・アンド・チップスっていう食べ物があるんですけど、イギリス人はそれにビニガーをかけて食べるんです。その酸っぱい臭いが、もぉ、腐った靴下みたな臭いがするんです!!!(苦笑)

でも、基本的に、イギリスは日本人にとっては住みやすいと思いますよ。英語を少しでもしゃべれれば暮らせる国ですし。やっぱり、日本人は英語をある程度ならっているんで、話せば通じるし、イタリアとかは、なにも知らない状態で行ったので、大変でした。

―やはり大学を休学したのはレースのためですか?

レースをやっていたからですね。やれるとこまでやってからでないと、次に進めない性格なんです。だから、レースをやり切りたいなと思って、学校を休学させて頂きました。

―学校を恋しいと思ったことはありますか?

あまりないですね。高校は半分くらい行ったし、大学に入ってからは、自分がやりたいことをできるようになったし、友達とも普通に会えるし。大学にちゃんと行っていたら、人生違っていたかなぁとは思いますけど、好きなことをしているんで、満足しています。

―今何か苦労していることってありますか?

毎日が苦労ですよ!(苦笑) レースをしている時は最高に楽しいんですけど、それ以外の時間は、レースのためにしなくてはならないことをしているんで、色々苦労は多いですね。

―将来の夢はなんですか?

やはりレースですね。ル・マン24時間ていう、世界三大レースの一つがフランスで行われていているんですけど、それに優勝するのが、自分の一番の夢です。

―レースをやっていく際に、支えになっているものはなんですか?

支えになっているものですか……。やはり、自分のことを応援してくれてる人がいるっていうのが、一番の支えですね。スポンサーや家族が、自分のやっていることを応援してくれるから、ずっと続けていられるって感じがします。あとは、レースを通して、いろんな国の人と触れることができて、すごく楽しいことです。

―では、最後になりましたが、これから夢に向かって羽ばたいていく人たちに、なにかアドバイスをお願いします。

自分がやりたいことがあったらそれを恥じずにやってほしいです。自分の感性、自分が感じたことを大切にしていってほしいと思います。

僕自身、昔からレーサーになろうと決めていた訳ではありません。レースを本当にやりたいと思ったのは19、20の頃でしたよ。それまでは、やってみようって感じで、ちょっと趣味に近かったですね。でも、ル・マンのレースに出てから、そのレースにのめり込んでしまって、「俺がやりたかったのはこれなんだ!」って感じました。触れてみて、初めて見つかったものでした。だから、自分が好きだと思うことに一所懸命になってほしいです。

下田隼成 Official Web Site :
http://www.hayanari.jp/

インタビューアから一言

「自分の感性を大切に」という下田さんの言葉は、とても重みがありました。日本と海外を行き来する生活は、簡単なものではありません。しかし、それを続けていられるのは、本当にレースが好きだから、そして、レースをする自分を支えてくれる人たちがいるからなんだと、とても冷静に語ってくださいました。夢を実現させるのは、勿論自分自身ですが、それを支えてくれる人たちがいるんだと、改めて知ることができました。私は、現在、はっきりとした夢があるわけではありませんが、今までの経験、そして、これからの生活をする上で、自分が感じたことを素直に受け止め、自分の好きなことを見つけて行きたいと思います。
谷岡杏。1989年カナダ生まれ。生後すぐにアメリカに移り、以後17歳までシカゴで過ごす。現地の高校を卒業後、日本へ。4月から慶應大学法学部法律学科1年に在学中。