海外生活体験者・社会人インタビューvol.36

interviewee_s_85_profile.jpg 田口元さん。東京在住。シリコンバレーの近くに留学していたこともあり、海外のインターネット事情に興味を持ち、ウェブサイト「百式」を開設。紹介している記事がメディアに取り上げられることも多い。著書に『はじめてのGTD―ストレスフリーの整理術』『ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則』などがある。

―それでは田口さん、今日はよろしくお願いします。

いえ、こちらこそ。

常に希少価値を考える

―さっそくですが、海外生活は16歳のときと大学4年生のときとで、アメリカ合計2年ですよね。そのときの経験と現在のご自分とは、どのように結びついていると思いますか?

「人と違ったことをする」というのが僕のポリシーなので、留学もその一環でした。海外での生活経験は、今の仕事においても、人と違ったポジションを取るのに役立っています。

―きっかけはなんだったのでしょうか?

高校のときは外国に興味があったから。大学になってから行ったのは、ゼミの影響が大きかったと思います。うちのゼミは外国人の留学生が多く、「インターナショナルな環境においてもリーダーシップを取るにはどうしたらいいか?」というのがテーマでした。その影響を受け、自分を試すつもりでも留学を決めました。

―留学当時の思い出はありますか?

16歳のときの話ですが、とにかく英語漬けだったことですね。今と違って、インターネットがなかった時代です。日本とのつながりは電話しかなかったわけですが、当時の国際電話は非常に高かった。ですから、日本にかけてもすぐに切られてしまいました(笑) テレビもラジオも、日本語が恋しくなっても、英語しかなかったわけです。

「百式」 世界のアイディアを今日も、明日も、明後日も

―ところで、田口さんの運営されている「百式」のウェブサイト、とても有名で、メディアにもかなり取り上げられていますよね。初めからあのように賑わっていたのでしょうか?

いえ、そんなことはありませんよ(笑) 初めにちょっと変わったかなと思ったのは、半年くらい経ってからですね。2000年に、たまたま仕事も順調で時間もできたので、ウェブサイトを立ち上げ、そのあと半年くらい経ったときに、「SPA!」で取り上げられました。多分、それがきっかけだと思うのですが、メルマガへの登録も増えました。セミナーや講演の依頼が増えて、そちらで仕事が受けられるようになってきたのです。「あ、これはひょっとして、行けるかも」と思って、当時所属していたコンサル会社を辞めて、自分の会社を立ち上げて……という感じですね。

―ウェブサイトを始められたことにきっかけはありますか?

今は全員副業の時代だと思っています。本業をおろそかにしてはダメですが、今はビジネスをするためのツールが安く手に入る時代なので、新しいビジネスの可能性は常に模索していたいですよね。その流れでウェブサイトを立ち上げた、という狙いもありました。

―会社を始められたとき、成功するビジョンはありましたか?

そうですね……。個人的には「リスクを取りながら組織を作って大成功する」というよりも、「個人でアーティストチックに一人もしくは少人数で何か作っていく」方が好きですから、特にはなかったですね。僕の会社にはインベスターもいないし、殆ど一人でやりますから、そこまでプレッシャーはない。だから、どう転んでも、「失敗する」ってことはなかったのです。

―ちなみに、当時所属されていたコンサル会社は、どんな会社だったのでしょうか?

ITで工場の現場を効率化する仕事を3年間やっていましたが、良い会社でしたよ。ただ、ちょっと、良い会社過ぎたのかな(笑) 自分が何歳でどうなるかが見えてしまって、「何かチャレンジしなきゃ」と、そこで思ったのです。なんと言うか、順調にいくよりも、「背筋がヒヤッとする思い」がしてみたかったのです(笑)

文系? それとも理系?

―コンピューターということは、理系だったのですか?

いえ、文系でした(笑) 変な話ですが、コンサル会社に入ったのも、多分それが理由です。文系の大学でコンピューターができても、「理系の大学にはお前よりできる人がたくさんいる」と言われました。だったら、理系の人が集まるIT系のコンサル会社に行ってみよう、と。

―なるほど。結果はどうでしたか?

自分のポジションを客観的に見られて良かったです(笑) できる人はたくさんいましたね。

―文系の方でコンピューターを仕事にするのは、きっとすごく珍しいと思うのですが、スキルはどのようにして獲得したのでしょう?

すべて独学です。父がパソコン会社に勤めていたので、結構小さいころから、パソコンは近くにありました。

―具体的に始めたきっかけはありますか?

ゲーム作りですね。当時は中学生だったので、パソコンでゲームをやったりするわけです。でも、ゲームって結構高いでしょう? 当時のゲームはフロッピーでもなくて、テープで売っていました。それが、ひとつ6800円とかする。中学生なので、高くて買えない。だから、自分でカーレーシングのゲームとかを作って、それで遊んだりしました。とは言っても、壁にあたっても死なないようなゲームで、今思い出すと、恥ずかしい限りのひどいものですが(笑)

―あのう、お話を聞いていると、バリバリの理系の方に見えて仕方がないのですが、どうして文系しかない一橋に行かれたのですか?

あ、それはですね(笑) 高校では、実は理系のクラスにいました。ただ、いざ受験の季節になって、行きたい大学に行くには、教科が足りないことがわかりました。今考えると相当間抜けですが、それでその大学にはいけないことがわかり、じゃあ受けられるところでいいところはどこだと考えたら、文系の大学だったのです。受験直前に文系に転換した、珍しいケースだと思います。

―それは、かなり勇気の要る決断だったと思いますが、実際はどうでしたか?

当時から結構、勢いで決断するタイプだったと思います。選ぶなら面白い方を選ぼう、十年後に笑える方を取ろう、と常に考えてきました。当時は受験生なりに悩んだと思うのですが、結果的に良かったと思っています。

学生との付き合い

―田口さん、ズバリお聞きしますが、私たち、何をどうしたら田口さんみたいになれるのでしょうか? 日頃心がけていることなどあったら、ぜひ教えてください。

えー(笑) そうですねぇ……。「人と違うことをすることに価値がある」ということを、常に考えて行動しています。たとえば16歳のときの留学も、自分の高校では、留学したのは僕だけでした。そのように、選べるときはより珍しい方に、より違う方に、と意識してきました。

―田口さんは、普段、どんな方とお付き合いしているのでしょうか? 学生に会ったり、話をしたりすることは、どのくらいありますか?

去年までは、学生さんとも遊んでいたのですが、うーん、そのあと学生離れしたのです。学生は可愛いから甘やかしちゃって……(笑) いや、学生の前で兄貴面しているのもいいのですが、自分より立場が上の人と付き合わないと、成長できないかなぁと思うようになりました。

―ちなみに、田口さんがよく付き合っていた学生の方は、どんな方ですか?

起業して会社を自分でやっていたり、ひきこもり生活を経て世界一周の旅に出たりと、すごく面白い学生ばかりでした。

―面白い学生とそうじゃない学生は、どこが違うのでしょう?

「他の人が、自分を紹介しやすいストーリーがあるかどうか」ですね。さっきのひきこもりしたあと世界一周した学生のように、「あいつはこんなことやっているんだ」と、人が紹介しやすいような「何か」がある人は面白いですね。たとえば、「アジアをバックパックして死にそうになりました」とか、そういう学生は僕も好きです。

ちなみに、海外に行った人は、そういうストーリーができやすいと思います。海外に行くと、「お前は何者だ」「お前はどんなヤツなんだ」って、常に突き付けられますよね。自分と異なる意見を他人が持っていることが大前提なので、色んなことに関して、常に自分の意見や立ち位置を聞かれるから、それを「はっきりさせよう」とするじゃないですか。だから、自然と、自分のストーリーができやすいのではないかと思っています。

―最後に、学生に対するコメントがあれば、お願いしますっ!

「10年後に語れる自分だけのストーリーがあるか」ですね。それに尽きるかな。自分の今やっていることが、10年後の自分にどう関わってくるか。それを考えてほしいですね。

―田口さん、ありがとうございました!

百式 Web site-世界のアイディアを、今日も、明日も、明後日も :
http://www.100shiki.com/

インタビューアより一言

田口さんのメディアの記事は、前から仕事でも何度も拝見していて、「こんなにすごい方は、一体どんな方なんだろう?」と、期待に胸を目一杯膨らませて会いに行ったのですが、想像以上の方でした。インタビューは一時間ということだったので、普段よりもやや駆け足気味のだったのですが、”It was worth every second”。RTNプロジェクト・スタッフやってて良かったです。神様ありがとう。すどうさんありがとう。亜実ありがとう。そして田口さん、この度は多忙なスケジュールの中、お時間いただき、本当にありがとうございましたっ! これからも百式を応援してます。

藤原彩加。1988年生まれ。5歳から9歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校6年からインドネシア・ジャカルタ。中学1年の時に日本に一時帰国、中学2年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校へ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在2年在学中。