帰国子女大学入試・合格体験記vol.16

薬師寺翔太さん。1988年東京都生まれ。3歳から9歳まで英国ケント州に滞在した後、東京の小・中学校を経て、米国テキサス州ヒューストンで高校3年間を送る。Memorial High School を卒業後、東京大学文科Ⅰ類に進学。現在、東京大学法学部2年に在学。

【東京大学教養学部合格】

とりあえず東大を目指せ!!

この分野で人生を全うすると言い切れる分野をまだ見つけられていない人に。

なぜ東大なのか?

マイクロソフトCTO補佐であり、アルファブロガーである楠正憲さんは、そのブログ『雑種路線でいこう』(http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080802/edu)において、昔ほどの学校歴社会はなくなったと前置きしつつも、「いい学校で得られる文化資本や人脈は頼りになる。(中略)優秀な連中に立派な学歴を持たないひとは結構いるけれども、立派な学歴を持たない人々で優秀な連中はほんの一握りだ」と記している。

このことが正しいのかは自分には正直わからない。あまりにも狭い世界しか知らないからだ。だが、自分が今までかかわってきた人々を基に考えてみると、確かにそうなのかなと思わなくはない。「どうすればより良い社会を創れるのだろう」とか、「リーダーシップってなんだろう」だとかを、真剣に考えてる奴らが少なからずいる。考えるだけでなく、難民問題を考える表参道JACKパレードを企画してみたり、”自分”を確立するために海外に飛び立ってみたりと、行動に移している奴ら周りにもがいる。

もちろんこういったことをしているのは、東大生ばかりとは限らないだろう。それでも、そういうひとがより多いのはやはり東大だろうから、いざ何か大きなことをしたいと思った時に力添えとなる人脈と出会える可能性がより高いのは東大だといえるだろう。

以上のことは、大学受験が終わって2年が経とうとしているいまだからこそ、書けていることではある。自分が受験生だったときは、「東京大学文科一類」が日本文系最高峰だからという志望理由しかなかった。最高峰に入っとけば将来は安泰だろうという根拠のない希望をもっていた。

しかし、現実には米国発の金融危機以降、日本的経営の限界が顕著に叫ばれ、終身雇用制度が終わりを迎えている現状を目の当たりにすると、認識を変えざるを得なくなった。

これからは、(楠正憲さんのブログから再び引用すると、)「勘違いしないで欲しいのは、いい学校、いい会社に入ることが、昔と違って決して将来の社会的地位を保障しなくなったことだ。君は学校を通じて何かに興味を持つ機会や、分からないことへのアプローチの仕方、仲間の作り方や人脈などを得ることができる。それを使って如何に社会と関わり、周囲から必要とされる人間になれるかは、自分で考えなくちゃ駄目だ。」という時代を迎える。

サブタイトルに括弧で「この分野で人生を全うすると言い切れる仕事をまだ見つけられていない人は」と付け足したのは、やりたいことがもう決まっている人は、将来を保証してはくれない大学なんかに拘らずに、自発的に動いてピンポイントで仲間を探すべきだと思うからである。決まっていないのであれば、とりあえず東大に行って幅広い人脈を形成しておくことが人生の選択肢・可能性を広げることに大いに役立つだろう。

どう勉強すればいいのか?(東大文一受験生限定)

自分は、自他共に認める、おそらく帰国生史上最短勉強時間で東大文一の合格キップを手にした。自分の勉強法を、今後東大を受験しようとするひとが真似るべきかと聞かれれば答えは否である。なぜなら、既に書いたように、自分は東大文一に入ることが将来の安泰につながると少なからず考えていたために、それを手段ではなく目的としてしまっていたからである。よって、”どう勉強すればいいのか?”は自分が実際にやったことだけでなく、こうしたらもっとよかったかなと、今振り返ってみて思うことを書いてみたいと思う。

最短勉強時間で済んだのはなぜか。それは、過去問を読んだときに、すべての問題にある共通点を見つけたからである。すべての問題の根底には、「公正・正義とは何か」という問いが隠されているのである。

文一といえば法学部であるから、当然と言えば当然ではある。その「公正・正義とは何か」を考える方法はいろいろあると思うが、自分はある一冊の本を参考にした。『憲法とは何か』(長谷部恭男著・岩波新書1002)である。この本のはしがきには、「本書は、憲法が立憲主義にもとづくものであることを常に意識し続けなければならないという立場をとっています」とある。ここにある”立憲主義”こそが、自分が「公正・正義とは何か」を考えるのに使ったキーワードである。

立憲主義は、世の中には比較不能でしかも互いに相容れない多様な価値観・世界観が存在していて、それらの対立による紛争が世界各地で発生していることを認識することを出発点とする。その上で本書にはこう書かれている。「しかし、人間らしい生活を送るためには、各自が大切だと思う価値観・世界観の相違にもかかわらず、それでもお互いの存在を認め合い、社会生活の便宜とコストを公平に分かち合う、そうした枠組みが必要である。(中略)そのために立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分することである。私的な生活領域では、各自がそれぞれの信奉する価値観・世界観に沿って生きる自由が保障される。他方、公的な領域では、そうした考え方の違いにかかわらず、社会のすべてのメンバーに共通する利益を発見し、それを実現する方途を冷静に話し合い、決定することが必要となる。」

すべての価値観・世界観を共存させるという点において、立憲主義は明らかに公正である。しかし、そのためには公的領域と私的領域を区別するわけだが、それは自分の価値観・世界観を社会に押し及ぼそうとする人間の自然な心理を妨害するものであるという点においては正義ではないかもしれない。

立憲主義を答案に応用すると、たとえば、自分の年(平成19年受験)の問題にはこう答えることができる。日本語問題「「専門家」はいかにあるべきか」については、公的領域と私的領域の境界が侵食されないように監視する存在であるべきと書けばいいし、英語問題「「公正な社会」とはどのようなものであるか」には、世の中にある比較不能で、かつ互いに相容れない多様な価値観・世界観を共存させるために公的領域と私的領域がしっかり区分された社会と書けばいい。実際自分はこう書いて受かった。

立憲主義は”公正・正義とは何か”を考えるための一つのヒントにすぎない。それに、たまたま立憲主義では対応できない問題が出るかもしれない。帰国生には半年しか勉強時間が与えられてないと思うかもしれないけど、実際には半年「も」だ。一般生は10科目くらい?!勉強するのに、3年間程度与えられるわけだが、帰国生は半年間「公正・正義とは何か」についてだけ考えていれば済むのである。

特効の勉強法は残念ながらない。できるのは、さまざまな分野の本を読みまくって、その内容を「公正・正義とは何か」と結びつけることを、ひたすらに繰り返すことだけである。そうすれば一見まったく関係のない分野同士も、実は関連していることに気付いたりする。そういった発見の喜びが新たな本を読む原動力になるのだと思う。

最後に改めて

大学合格は目的ではなく手段である。ベストセラーである『ウェブ進化論』の著者であり、アルファブロガーである梅田望夫さんはこう言っている。『主体的に時間を使わない限り、人生はすぐに終わってしまう。ぐずぐずしているあいだに、ザーッと終わってしまう。』大学は4年間しかない。さらに言えば、入学してから就活まで2年半しかない。

無駄にできる時間なんてないのだ。その後の人生の糧になる有意義な6ヶ月間を過ごしてほしい。受験生の今後の活躍を祈りながら、体験記らしからぬ体験記を締めさせていただこうと思う。

Memorial High School :
http://www.springbranchisd.com/schools/allcampus/high/mhs.htm