海外生活体験者・社会人インタビューvol.39

interviewee_s_90_profile.jpg 片平真実さん。1972年生まれの静岡県静岡市出身。高校までは静岡で過ごし、大学から横浜国立大学に通う。94年に大手広告代理店に入社し、03年よりフランスへ派遣され、06年に帰国。マーケティング部所属。

―最初に、学生の頃の生活について、お話いただけますか?

大学生活は、そんなに面白いこともなく、勉強のこともあまり覚えてないんだ(苦笑) 高校のころから付き合っていた彼女がいて、その彼女は静岡にいたから、基本的に横浜と静岡を行ったり来たりしてたかな。というか、大学生活は、ほとんどそこに費やしてたな(笑) あとはまあ、普通にバイトしたりで……。

でも、就職活動を始める前くらいから、多少まともになったよ。もともと、高校のころから広告が好きで、広告会社に入りたいなと思ってた。受験勉強のために図書館に行ってたんだけど、勉強に飽きてくると広告年鑑とか見てたり。だから、大学入って就職活動をしようと思ったときにそれを思い出して、広告代理店にしようと思った。

経済学部だったから、周りにマスコミ志望の人がいなくて、どういう勉強をしたらいいのか、自分で手探りで調べだしたのが、就職活動の始まりだったんだ。でも、広告代理店だからって、広告の勉強をしなきゃならないわけじゃなくて、主に面接の勉強で、自分のアピールの仕方とか、志望動機の作り方とか、そんなテクニックが必要だった。広告自体は、何が好き、何が好きじゃないとか、その程度の話で、そんな知識は、今でも求められていないと思う。

―就職とはどのようなものとお考えですか?

学生のころは、あんまり考えていなかったね。大学卒業したらみんな何をするかと言うと、やっぱり「働く」だったから、なんか当たり前と言うか。人によっては、「オレはこんなことがしたいから」と言って、勉強したり、海外行ったりする人もいたけど、僕はそんなに深く考えずに就活したから、「働く」ということに対して、ものすごく突き詰めて考えるということはなかったな。

今は、働く内容にも絡んでくるけど、生活のためにお金を得るという、ものすごくベーシックなことがありながらも、やってる仕事が嫌なことでもなく、お金のためだけにやってることでもないんだ。こういうことをやってみたいなと思ったら、割りとそれを形にするチャンスがあるから、うまく会社という組織とか、資産とかを使って、自分のやりたいことを形にできるという場、あるいは、道具として会社を見られるようになったよ。でも、そういう風に会社を見られるって、すごく幸せなことだと思う。

―フランスへの転勤のきっかけは?

もともと、僕のやっている仕事はマーケティングなんだけど、お得意先のいろんな課題を解決するための戦略作りを手伝っている。ちょうどその頃、ヨーロッパで、お得意先の仕事が取れたんだ。車メーカーだったんだけど、良く知っている人間が一人行った方がいいということになって、僕に声がかかったんだ。

そのメーカーは世界にいろんな拠点を作ったり、ちょうど活動を世界的に広げ始めた時期で、同じタイミングで中国に行った人もいれば、タイとか、ドイツとかに行った人もいたけど、僕はたまたまフランスだったんだ。最初の海外旅行でフランスに行って、すごくいい印象があったし、できればもう一度、働かなくてもいいけど住んでみたいとは思ってたから、「フランスは?」と聞かれたときには、もうその日に「行きます」って答えたよ(笑) でも中国とかだったら断ってたかも……。自分はあんまりアジアには興味がなかったから(苦笑)

―フランスでの生活はどのようなものでした?

向こうに行って、すごくいろんなことを感じたし、フランスから日本に帰ってきたら、やっぱり、今までと違う日本の見方をするようになったね。自分がマイノリティになって生活するという経験は、それまでになかったから、ポジティブな意味で刺激的だった。

マイノリティだったということ以外にも、文化とか、人の価値観というものが、日本人と全然違うから、そういう人と接していくうちに、いいよなと思うことが多かった。逆に、それで日本に帰ってくると、日本人の嫌なところも見えちゃうから、帰ってきたばかりのときは結構イヤだった。もう帰ってきて二年くらい経っちゃうから、それは少し薄れてきたけどね。

日本に帰ってきて思ったのは、みんな小っちゃいというか、要はセコセコしてるというか、そんな感じがすごくした。向こうはみんなゆったりと構えてるじゃない? 忙しなくもないし、人とのあたり方がさ、曖昧な表現だけど、なんか大きい感じがする。フランス人のことを個人主義だとか、よく言うけど、よほど日本人の方が人と線を引く感じがする。

僕が向こうで好きだったのは、知らない人と挨拶するときに、必ず握手をするじゃない? 女の人ならビズ(左右の頬にキスをし合う挨拶)をする。相手と関わろうという気持ちが、向こうのほうが強い。直接触らずにお辞儀をするという日本の文化とは、そこは大きなちがいだね。相手に触りに行こうとする意識が根っこにあるんだなと思った。

―仕事上での関係に違いはありましたか?

ウチの会社は、日本では一応2番目に大きな広告会社で、世界で言えば8番目くらいだと思うんだけど、そういう意味では、ここにはそれなりに有能な人が働きに来るから、例えば、一つの広告を作ろうと会議をしていると、出てくるアイディアとか考え方が、プロフェッショナルなんだよね。コピーライターとか、デザイナーとか、レベルが高いんだ。

それが今度海外という拠点に移ったときに、会社自体がそんなに有名じゃないから、もう少し小さい規模の会社と仕事をすることが多いんだ。そうなると、やはり仕事のクォリティも変わる。コピーライトを日本でやっている人と、フランスのブランチでやっている人とでは、質が少し違うんだ。仕事のクォリティの上では、日本のほうが高いかなと思ったりした。それでも、やっていることは楽しかったし、もう少し小さい会社と仕事をするとしても、じゃあその中で何ができるかという問題になってくるんだ。

でも、あるものを見るときの人の考え方って、みんなそれぞれだし、質の話は置いておいて、そのときはフランス人に向けた広告を作っていたわけだから、彼らが何を思うかというのは、すごく大事だったりする。「パリに住んでる日本人向けの広告」なら、僕が正しいことがあるかもしれないけど、「フランス人に住んでるフランス人のための広告」を作るのなら、それは彼らの感覚を一回通さないと、正しいものにはならないと思う。戦略は僕が作るけど、アウトプットに関してはフランス人に頼って、見た感じ「質が下がったかな」と思っても、それはやらなきゃいけないこととして、認めなきゃならないよね。

―フランスでは得たものがありましたら、教えて下さい。

うちの奥さんに、「あなたは向こうに行ってよかったね」って、よく言われるんだけど、あまり細かいことに気を取られ過ぎなくなったね。もともとA型だし、几帳面な方だから、しっかりとルールがあると、僕はそれを守ろうとするんだけど、向こうに行って、「そういう風にしなくてもいいんじゃないか」と思えるようになった。本当に大事なことは、もちろん言われたとおりにやるけど、そうでないなら、別にそうしなくていいじゃないかと思えるようになった。

向こうは、物事の捉え方、本質の捉え方が違うんだ。日本の場合、道路に必ず車線が引いてあるでしょ? 「あなたはここを走りなさい」という線が。でも、向こうってほとんど車線って引いてなくて、それはつまり、「どこ走ってもいいよ」ということだよね。

「事故を起こさなきゃいい」というゴールは一緒でも、日本ではその手前に、「事故を起こさないためにはちゃんと走ろうよ」っていう考え方が強くあって、そこばっかりにみんな意識が行っちゃってるところがある。向こうは「事故さえ起こさなければどこ走ってもいい」という考え方があって、今はそのほうが合理的なのかもしれないって気もする。

もちろん割り込まれるとイヤだなと思うことがあるけど、自分も最終的に割り込むようになるし(笑) そこは考え方、価値観が全然違う。だから、人間として少しゆるくなったところがあるね。ちょっと幅、ゆとりができたことが、収穫だったのかな。

インタビューアから一言

就活をするかしないか、をそろそろ真剣に考えなければならない自分にとって、片平さんにインタビューをし、仕事をすることの意味について聞けたのは、本当にありがたかったです。フランス転勤中に直面したいろいろな文化差や、そこから生じてくる問題なども、是非参考にさせていただきたいと思いました。

伊藤ニコラ。1986年大阪府生まれ。生後直ぐ東京へ移り、3歳まで日本に滞在。その後、イギリスで小学校2年生まで過ごし、日本へ帰国。小学校5年生の終わりに、今度はフランスへ。中・高をフランスの現地校で過ごし、卒業後1年間、美術大学のプレパ(予備校)へ。その後、日本へ戻り、現在早稲田大学人間科学部2年に在学中。