海外生活体験者・学生インタビューvol.41〜後編〜

interviewee_s_89_profile.jpg 岸茉利さん。1990年3月23日生まれ。小学校6年生の夏に渡米、フロリダ州オーランドで10年生まで過ごす。06年にリベラル・アーツ・カレッジであるBard Collegeサイモンズロック校1に入学、07年に中退。日本に帰国し、予備校を経て、08年京都大学法学部2に入学。現在に至る。マーチングバンドの管楽器ユーフォニウムを得意とし、フロリダ代表としてチームでヨーロッパ演奏旅行をしたこともある。主としてジェンダー論に興味を抱いており、大学1回生の今、自分の目指す道を精力的に模索中である。

そして、ジェンダー論と向き合って

日本も、男女雇用均等などに大分取り組んできたといえるが、彼女に言わせれば「アメリカに比べて日本はまだまだ」だそうだ。

「ジェンダーに関する問題では、アメリカはやはり一歩進んでいると感じました。たとえば、私がいた学校では校長が女性でしたし、しかもその方は女性と16年間付き合って同棲しています。また、私は近所の子供のベビーシッターをしていたのですが、働く母の姿をたくさん見てきました。アメリカでは、専業主婦というのはお金持ちの奥さん、というイメージで、仕事を持つ妻はたくさんいます。私の知り合いの女性は、7人の子供の母親でありながら、保険会社に勤め、フィラデルフィアに出張に行ったりするなど、ばりばり働いていました。」

母という役割に縛られない女性像が、アメリカではあたりまえのものとして広く受け入れられているということだろう。

それに比べて、日本に目を向けてみるとどうだろう。

「女性の賃金は男性の64%、パートタイム雇用の人数も、女性は全体の6割以上を占めています。シングルマザーとシングルファーザーの平均所得水準にも、200万円もの差があると言われています。5

「日本と違って、アメリカでは「結婚したから仕事をやめよう」と思う女性は本当に少数派ですよ。子供を産んでもすぐ復帰する人が多いんです。」

確かに、日本における女性の労働問題は根が深そうだ。だが、これは雇用主たる会社だけの問題ではない。子供を産み育てながら働く女性を、あたりまえの存在として受け入れる社会・政治であることも問われるだろう。

「アメリカでは高校にすら託児所がありました。私が14歳のときに近所の子供のベビーシッタ―をしていたように、働く母親をバックアップする地域の在り方も求められると思います。それに、アメリカでは父親が、みんな定時に家に帰るんですよ。兄がバスケットボールをやっていたのですが、その試合が平日の夕方6時ごろだったにも関わらず、父親がみんな観戦に来ているんです。これって、その時間にはもう帰宅しているということですよね。父親が早く帰ることによって、家事の手伝いをすることもでき、ますます、共働きであっても子を育てやすい環境が生まれるわけです。」

日本・アメリカ以外の他国では、女性の労働問題とどう向き合っているのか。彼女はスゥエーデンと韓国の二つの国を例に挙げてくれた。

「スゥエーデンには子ども・家族省というのがあるんです。男女平等に関してはトップの国です。しかも、この省のトップの男性官僚が辞任をしたとき、その理由をなんと言ったと思いますか? 「子供ともっとたくさんの時間を過ごしたいから」だそうですよ!」

「日本は韓国にも労働問題に関しては遅れをとっていると思います。官僚や政治家にも女性は多いですしね。」

インタビューの一週間前のNHKスペシャル6で、男女の遺伝子構造における差異を特集していた。内容としては、男性と女性の脳では、得意なものと不得意なものに差がある、たとえば、男性は地図を方角で示されたほうが、女性はなにかを目印にして示された方が目的地に早くたどりつけるとの統計がある、といったものである。彼女はこの番組にやや異論を示す。

「なんだか、性差を探すことにやっきになっていると思います。男性と女性はこんなに遺伝子に差がある、脳に差がある、だから、女性はサービス業や子育てでもしとけ、というように、性別役割分業を正当化する危険性があると思いました。」

彼女は、女性・男性と分けることそのものに問題があると指摘する。性別が、まるで血液型のように、あるいは人種のように、「生物学的には分けることが可能だけれども、そこで分ける必要性がない」区分になればいいと志向しているようだ。

「インドには、ヒジュラー7という集団がいます。彼らは男でも女でもないんです。彼らこそ、性別そのものについて突き詰めて考えていったかたちだと思います。男女でくくることを放棄するということです。」

そして今、彼女は日本で、ジェンダーについて、さまざまな活動を試みている。

「去年の12月にシンポジウムに行ってきました。大学生が集まってジェンダーについてディスカッションするものだったんですけど、とにかく「アツい」というか、とてもいい刺激を受けました。結婚制度や専業主婦の在り方について、深く議論することができました。」

「それに、4月からサークルを立ち上げようかなと思っているんです。大学にジェンダー・バイアスがかかっていたら、それを指摘・改善していったり、ジェンダーについてディベートしたりするものを考えています。」


彼女はジェンダーについて話すとき、声がワントーン高くなる。本当にジェンダー論が好きで、この学問に真摯に取り組んでいるのだと、ひしひしと感じながらのインタビュ―だった。

「このあいだなんて、ちょっと古いですけど、「産む機械」って胸に書いてあるTシャツを着て大学に行ったんですよ(笑)」

政治へのささやかなアイロニーも利かせている。

今後の目標は?と問うと、彼女は一言ではっきりと答えた。

「私の人生の目標は、「ジェンダーの主流化」です。その手段を今模索しているところです。院に行って研究するのか、あるいは、また海外へ行くのか、弁護士を目指すのか。」

「これから帰国する人にアドバイスするとしたら、「エリートコース」ではない別の生き方もあるのだということを知ってほしいです。そして、せっかく海外生活を経験し、「別の視点」を持っているのだから、それをでっかく活用してほしいと思います。」

「大学生としてのせっかくの自由な時間を、無為にすごしている人が多いように感じるからです。」

インタビューアから一言

ジェンダー論について今まであまり触れる機会がなかったため、岸さんとのインタビューのひとときは、大変好奇心を刺激される有意義なものであった。

彼女のように、性を人格や人間性の中核に位置付けることを厭う考え方は、フェミニズム論のひとつの潮流である。フーコーも、近代において、性別や性愛の種類がアイデンティティを決定する要素として重要視されるようになったことに触れ、それをコントロールする形で権力が働くことを危惧している8。性を人格と切り離し、血液型や利き手のように、それ自体意味をもたない区分として位置づけることは、確かに、たとえば不当に給与が低い女性労働者の救済、あるいは働く母親を「逸脱現象」と見なす風潮を打破する契機になるかもしれない。

しかし他方で、性暴力は単なる暴力と異なり、なぜ特別に外傷的なのかを問うとき、やはり性の問題は人格と密接に関わっているからと答えざるを得ないのではないか9。また、売春を「そのいちばん大切な人格をむちゃくちゃにふみにじられている10」「売春は自分の人格そのものを売る」として批判する際にも、その根底に据えられているのは「性がその者の人間性や人格の中心を構成する」という認識であろう。性と人格を切り離す議論・男女の徹底的な平等を謳う議論は、労働面ではプラスに作用するとしても、売買春や性暴力の場面ではかえって問題を深化させてしまう危険性もあるのである。

法とジェンダー論の狭間に位置するこれらの困難な問題を、絶対の正解は存在しないにしても、少しでもより合わせていく、その渦の中に、彼女は今、飛び込もうとしている。

  1,http://www.bard.edu/
  2,http://www.kyoto-u.ac.jp/ja
  5,以上の数字はすべて岸さんの話から引用。2008年度の正確な数値は
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/seisaku09/pdf/01.pdf#search='男女 賃金格差'を参照。
  6,http://www.nhk.or.jp/special/onair/090112.html
  7,http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BC
  8,ミシェル・フーコー『性の歴史』新潮社、1986年度。批判として浅野千恵『現代思想26巻12号』。
  9,小西聖子『犯罪被害者家族―トラウマとサポート』東京書籍、1998年度。なお日本において、強姦罪の主体は男性に限られている(共犯は別)。男性への性暴力をどのようにとらえるかも課題であろう。
  10,赤川学「売買春をめぐる言説のレトリック分析」江原由美子編『性の商品化―フェミニズムの主張2』勁草書房、1995年度。


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吉田瑞穂。1986年生まれ。中学2年の秋に渡英し、4年半をイギリスのロンドンで過ごす。ISL(インターナショナル・スクール・オブ・ロンドン)卒業、IB取得後、京都大学法学部に入学。現在4回生。「薬害肝炎起訴訟を支える学生の会大阪」および「司法研究会」に所属。‘05年国際法学研究会模擬裁判大会において新人賞を獲得。‘06年インターカレッジ・ネゴシエーション・コンペティションに、京都大学代表として出場し、準優勝。