海外生活体験者・学生インタビューvol.39〜第4編〜

interviewee_s_84_profile.jpg 山田尚輝さん。1987年愛知県豊田市生まれ。中学2年生の時に渡米。アメリカのミシガン州・デトロイト郊外にて中学・高校時代を過ごし、卒業後単身で帰国。’07年4月に早稲田大学に入学、現在は法学部2年に在籍中。4月から3年に進学。2年次を通し、緑法会のゼミ内にて、刑法レクチャー・チーフを務めている。早稲田大学射撃部にも在籍。次期OB主任。

―ひとりでいるときは、何をされてるんでしょうか?

自分は、一人でいる時間も結構大事な方で……、ひとりになる時間って、何も考えてないっていうよりは、自分が今までやってきたことを整理している時間っていうのかな。俺にとって、自分が今までどんなことをやって来て、どんなふうに歩いて来たんだろうっていうことを整理する時間が、旅をするとかカメラを撮るとか、そういう時間なんだ。

ただ、カメラにはそこまで大きなものは求めてないんだ。こういうもので撮ってますとか、びしっとしたスタイルはなくて、日常的なものを切り取りたいな、それで思い出したいなと思って。最近はメモを持つようになったんだけど、今までは手帳とかメモとか持ってなくて、結構自分は忘れちゃうんだよね。だから、日常をカメラで切り取って、こういうこと思ってたなっていうのを、再確認するためによくやってるかな。「カメラはメモ」であり、日常を切り取るためのハサミなわけ。

特に、自分は人を撮るっていうよりは、風景を撮る人なのね。カメラに興味を持ち始めた、その根本である一人旅っていうのは、いやあ、これがまた、楽しくてさ。基本的に、ここからここまでに、どっか行きたいって決めておいて、キャンセル・チケット待ちで、取れたら即飛んで、海外着いて、その日は近くの宿に泊まって、そっからノープラン!  行けるとこまで行こうって(笑)

最初に行った東南アジアでは、まずタイに降りて、列車や現地の人が乗るようなバスに乗って、いろんなとこ行った。基本的に、一人旅するときは絶対に身軽で行くのね。必要最低限のものしか持って行かない。むしろ、着替えの服もむこうで買えばいいやみたいな感じで。ほとんど持って行かないで、現地人みたいになるの。

―なぜ一人旅をなさるようになったんですか?

一人旅をなんでするのって、改めて言われると、なんでだろうってなっちゃうんだけど……。自分の旅のことを他の友達に話すと、「お前よく出来るな」って言われるしね。ノープランで、本当に宿決めてないし、この前行ったヨーロッパは、バルト三国の付近に行ったのね。ドイツに降りて、ドイツからバスでポーランドまで行って、ラトビアとかそこら辺ぐらいまで行って、最終目的地点は、リトアニア。

リトアニアには、杉原千畝っていう、日本のシンドラーと呼ばれる外交官がいたのね。イスラエルで、唯一ユダヤ人を助けた日本人みたいな感じで表彰されたような、すごい人なんだ。その人の本とドキュメンタリーを観て、これは、俺は一回観てくるべきだろうって思い立って、ドイツ行きのチケットを探し、あったらすぐ飛び乗ろうみたいな感じで行ったわけですよ。

ヨーロッパあんまり行ったことなかったから、やっぱり街並みがイイ感じで。目標は一つ、杉原千畝記念館を観に行こうっていう以外は、本当になにも決めなくて、ドイツに降りたら、バスや電車に乗ってガタンゴトン揺られて、で、リトアニアに着いたはいいんだけど、宿も全く見つけてなくて。

観光案内所みたいなのないですかって、無理矢理ごり押しの英語で押し切りつつ、観光案内所に行って、夜の閉まる寸前のときにおばちゃんがいて、今来たんですけど泊まるとこないですかね?といきなり(笑) おばちゃんは戸惑いながらも、今からじゃ結構厳しいかもしれないから私の家に来なさいよ!って、招待してもらって。日本から持ってった招き猫のおみやげを渡して、洗い物とかしながら、日本の話をしながら、リトアニアの話を聞きながら……。

―そういう旅をして、得られるものって、何だと思います?

やっぱりその、なんていうんだろうな、アメリカ行っても思ったんだけど、本とかじゃ伝わらないものっていうのは、絶対あると思うんだ。自分で見て、匂いを嗅いで、耳で聴いて、現地の人と会話、コミュニケーションとって、初めて伝わる「何か」がある。

たとえば、簡単なところで言うと、リトアニアにさ、杉原千畝の記念館があるっていうのは知ってたんだけど、その杉原千畝を記念して作られた「杉原ロード」っていうのがあるっていうのも、全然知らなかったし。その人の名前のついた道もあるんだって、初めてそこで知るわけじゃない。で、リトアニアで一番有名な日本人は誰なんだっていうと、やっぱり杉原千畝だったりとか。

現地に行ってこそ初めてわかったし、やっぱり、自分が海外行ったからかわかんないけど、海外で活躍してる日本人ってすごいなって思ってて、その人たちはどういう生活してて、どういうふうに生きて、どういうふうにやってきたか、そういうことをひたすら突き詰めていきたいなって、思ってたことがあって。それを今、実際にやってる。今回の旅行は本当に楽しかった。

偉い人っていうのは、やっぱり、あることを成し遂げた人で、努力している人間って、やっぱりかっこいいと思うし、綺麗だし。俺は、自分がそういう人間になれないから、憧れがあるから、そういう人たちの一端に、ちょっとでも触れていたいなっていうのがあるのね。

一人旅は、自分がやってることを再確認する旅みたいな。偉いひとたちがモデルっていうか、手本となるような人たちを追うことによって、自分がどういうふうに進むべきか、改めて考えてるんだ、そういうときに。

リトアニアで泊めて貰ったおばちゃん、すごいいい人だったんだけど、スパゲッティの上に、ヨーグルトソースをかけたんだ。イチゴとヨーグルトに砂糖を加えて、ミキサーにかけたものを、スパゲッティの上にドバってかけて。なんじゃこりゃー!って思ったけど(笑) 完食したよ。全部食べきったけど、なかなかに思ってた通りの味、サプライズもなにもなくショックだった(笑) でも、そういう経験はやっぱり現地じゃないと出来ないんだ。

―偉人と聞くと、伝記を思い出しますが、先程本を読むだけでは、とおっしゃいましたが、本はよく読まれるんですか?

うん。親のおかげで、小さい頃から本当に本を読むのが好きで、特に小さい時は図鑑が好きで、図鑑を与えられたら、母親が家事をやってても、じーっと読んでいられる子供だったらしい。毎週日曜日に、母が公民館に自分たち兄弟を連れて行って、5冊本を借りて読むのが決まりだったんだ。1つは推理小説、1つは伝記、もうひとつは……何かで、残り2冊は自由に選んでいいことになっていて。

豊田市のちっちゃい公民館、そこの本はほぼ制覇したってくらい読んだなあ。興味の範囲が広がったとか、いろんなことについて、キャパシティが広がったっていうのはあると思う。どんなことでも知ってみたいって、本当に思うようになったな。

伝記は好きで、すごい読んでいた。偉人が成し遂げたことを知って、見習いたいという気持ちに関係してるのかも知れない。読書量のおかげか、小・中学校とかで、社会科を勉強した覚えはあまりないしね。教科書一回読めば頭に入ったし、覚えることに苦がなかった。

よく、歴史とか嫌いとかそういう人もいると思うんだけど、歴史っていうのは、今現在があるための、それまでの経緯。そこを学ばないということは、現在を知ろうとしていないってことなんじゃないかな。今家庭教師やってるんだけど、歴史ってつまんないすよねって言われたら、毎回その話をするのね。偉い人のことは知っておくべきだと思うし、みんなも知ればいいのにって、本当に思う。偉い人にはそう呼ばれる所以がやっぱりあるんだ。

報道を見ても、政治についてネガティブだけど、具体的にこの人はどういうことをしたいのか、偉人については、どういう良いことを、悪いことをしたのか、できるだけそのままを知りたい。過去のことっていうのは、学ぶ必要が絶対にあると自分は思ってる。

―自由に選んで良い2冊には、どんなジャンルのものを選んでたんですか?

科学や生物だった気がする。もののしくみに興味があるんだな。なんで自分っているんだろう、人ってどうして生まれるんだろう、宇宙ってどうやって出来たんだろうって。当時「なぜ」って思ったことを解決する本を借りてた。

本は、アメリカ行っても継続して読んでいたし、それについては、補習校っていう存在が大きかったかな。親がね、本当に本が大好きなんだよね。アメリカ行くから、日本の本は買いにくいって言って、行く前にたくさん本を買い込んでた。補習校でも本を借りては読んでたし、基本的に新書は1時間あれば読めちゃうよ。立ち読みで1時間で読み切って帰ったりね(笑) 創作ものもおもしろいけど、事実に即したものが本当に面白いなって思う。今読んでるのは、田中角栄の汚職に関する本とか、ノーベル賞受賞者の本かな。第5編はこちら>>

第1編はこちらから>>第2編はこちらから>>第3編はこちらから>>
倉門亜実。1988年、東京生まれ。国内を幾度か移動した後、中学2年でスイス・ジュネーヴに移り住む。インターナショナル・スクールを卒業後、帰国し、現在は早稲田大学法学部1年に在籍。4月から2年に進学。