海外生活体験者・学生インタビューvol.39〜第5編〜

interviewee_s_84_profile.jpg 山田尚輝さん。1987年愛知県豊田市生まれ。中学2年生の時に渡米。アメリカのミシガン州・デトロイト郊外にて中学・高校時代を過ごし、卒業後単身で帰国。’07年4月に早稲田大学に入学、現在は法学部2年に在籍中。4月から3年に進学。2年次を通し、緑法会のゼミ内にて、刑法レクチャー・チーフを務めている。早稲田大学射撃部にも在籍。次期OB主任。

アメリカについてまだあんまり話してないな。そういえば。ミドルスクール時代は話したね。ハイスクール時代か……。興味のある授業はマジで聞いて、興味のない授業は寝てた(笑)

―興味のある授業はなんだったんですか?

先生が良かったのもあって、心理学とか大好きだった。英語の心理学用語って、めっちゃ難しいから、「分からないところは、授業終わったら、私のところへ来て聞いていいわよ」って言ってくれる先生で、すごくよくしてもらって。俺、文学部心理学科に入ろうかなって思ってたくらい、本気で心理学勉強してた。

逆に、必修が嫌いだったりしてさ。American Literatureとか文学は特に。もうねぇ、つまんなくてねえぇ……(笑) 俺、アメリカ時代に、先生からずっとスリーピー・ボーイって呼ばれてたからね。“Hey what’s up sleepy?”って。「いや寝てないっすよ」とか言いつつも、俺ずっと目あけてなかったし。ぶっちゃけ、今でもShakespeareとか興味ない(笑)

―Shakespeareだって偉人です! それにも理由がありますよね?(笑)

そうそう、ある。そのとおり。だけど興味が持てないんだ。やってはみたんだよ。嫌ってないから。いろんなものに興味持ってはやめるんだ。アメリカの授業受けたことで、それも身についたな。アメリカの高校の授業って、興味のあるものは取って、合わなかったら次の学期から変えていい、そういうところがあるじゃん。

柄にも合わず、ドラムもやったりしたしねぇ。アメリカ時代に、日本人の友達とかアメリカの友達とか、いろんな音楽を聴くわけよ。どの音楽にも流行る理由があるはずだって。ラップから演歌、軍歌まで聞いたからね。だから、俺年配のひととカラオケ行ったら、余裕で唄えるよ、軍歌。ラバウル小唄とか唄えるもん(笑)

流行ったりすること、歴史に残ること、それには理由があるから。絶対に! 興味の範囲を、実際に取り組む前から狭めちゃいけないなって、すごく思うから。やってみて、その後好きか嫌いかは、自分で決めてる。俺は、絶対手は出す。

必修の授業はつまんなかったけど、後半になってくると自分で好きな授業がとれて、アメリカって結構変な授業があるのね。国語の授業でサイエンス・フィクションていうクラスがあって、ひたすら昔のSF映画見て、それに対してレビュー書いて先生と討論するっていう授業があったんだけどさ。これが楽しくてしょうがなくて(笑)

それがまたいい先生でさ。おじいちゃんなんだけど、その先生が出してくるSF映画って、ガチで古いのよ。1950年代とか60年代なの。なんだっけ、『宇宙戦争』ってあったじゃん? スティーブン・スピルバーグがリメイクした。あれって、もともと原作があるのよ。相当前の、1920年くらいの、SFの元祖って言われてるくらいのやつで、60年代に一回映画化されてるのね。その映画見たんだけどさ、これが面白くて、面白くて。なんか、宇宙の怪獣がぱーって出て来て、ピコピコ、ピコピコって。チープなんだ、またこれが(笑)

そういう変な授業取っては、爆笑しながら3、4年生時代過ごしたな。一度は、3年で卒業するっていうことを視野に入れて、必修を取りまくってたんだ。1年の後期に7限中4限分入れてたり。いろいろ取って、必修は取り終わってスパって辞めた。1、2年次は、だから学校が辛かったっていうのがあったけど、それがあったからこそ、3、4年生で自分の好きな授業取れたし。うちの学校、日本語のクラスもあったから、取った訳じゃないんだけど、「なにやってんすかー?」って突然お邪魔したりね。トトロ観てたから、トトロいいっすよねぇって、先生としゃべったり。

数学は、あのね、わかんなかった。1年生、2年生のときにたくさん単位取って、「お前すげえな!」って言われてたんだけど、終わったら勉強しなくなったから。今思うと、もうちょっとやっとけばよかったな。今経済をちょいちょいかじってて、数学必要なんだよね。数学は……。でも、SATの勉強すらしてない(笑)

―先輩はSATを受けられたんですね。英語の対策は、どのようになさってたんですか?

SATってさ、みんなに驚かれるっちゃ、驚かれるんだけど、どっちかっていうと、英語力で、というよりは、日本語力で解いたのね。例えば、自分がやったSATのトピックでは、マーティン・ルーサー・キングとマルコムXの思想の違いとなんとかっていうもので、その日本語の文献読んでたから、英語として分かんなくても、そのトピックを日本語で知ってるから、あ、これだこれだ、みたいなふうに答案書けてた。

当時、SATⅠだったころで、リーディングとライティングと数学にわかれてたんだけど、日本人て、数学で750くらいとって、リーディング低くてライティングそこそこ高いってパターンが多いらしいんだけど、俺はリーディングの方が高かったんだよね。アメリカに5年間くらい滞在している人の中では高かったと思う。

デトロイトには、そこそこ日本人がいたから、SATで高得点取るための日本人の塾みたいなのがあって、教育熱心な先生がいたんだけど、曰く、SAT攻略法っていうのは、SATの文章をひたすら訳すこと。毎回宿題が出たら訳させて。

その作業したおかげで、英語っていうものが、自分のやってたことがEnglishであって、日本人がやるのは英語なんだって思った。で、俺たちはいくらEnglishができても、英語が出来なきゃ意味がないっていう。Englishと英語をコネクトしないといけなくて、それは訳すことなんだ。

今も訳は結構よくやってる。国際法のゼミに入ったからなんだけど、40ページくらいぽんと渡されて、さあ読んで訳すかって。

―デトロイトってどんなところなんですか?
 
高校時代思い出すと……、そうだな、デトロイトは格差がすごかった。8マイルを境に、富裕層と貧困地帯に別れるんだ。近辺を歩くと、だんだん落書きが増えて行って、芝生が茶色くなってくのが目で分かる。俺は13、14マイルあたりに住んでいたけど、10マイルぐらいからは全然違っていて……、マイルごとに格子があるんだ。

日本でも、今、格差社会、格差社会って言うけど、日本以上にデトロイトでは格差を感じるよ。スポーツは良く観に行ってたけど、金持ちが通る道は警察に守られてた。バイオテロ予告なんかがあったり、うちの高校にも、トイレに「爆破するぞ」って書き込みがあって、マスコミが来たりした。そういうのは、肌で実感しないと、なかなか分からないことだよね。

9.11があったとき、現地にいて、車に国旗を急につけだす様子も見て、異様に思った。うちの高校はアメリカ以外から来た子も多くて、アルバニア人とイラク人の子たちが、いろいろと言われるのも見て来たし。

面白いのは、アメリカにいる中国の子たちは日本が好きで、中国嫌いだったりするんだよね。中国人であっても、その人は一個人であって、その人なりの考え方があるんだって学んだな。あ、そのときからだな、ESLにいたときからだ。人に興味が出たのは。

―たくさんのお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました。最後に、今後のビジョンについてお聞かせ下さい。また、その他、何かありましたらお願いします。

最初は、法学部入って弁護士になるぞ!って、思ってたんだけどね。ある人から、裁判所が自衛隊の憲法判断を避けたから、法律に興味が持てなくなって経済にしたって話を聞いたんだ。結局、法律って絶対なものじゃなくて曖昧なんだ、政治権力に動かされて適当なんだ、みたいなことを思った覚えがあったり。法への不信感ていうか、なんていうのかな、日々を過ごしていくうちに思ったのは、弁護士が性に合わねえなあって。

弁護士業務って、司法に関わる人間って、結局、マイナスのものをゼロに戻す作業なんだ。民事でも刑事でも、ある程度損害があって、なんか傷付いている人がいて、そこをゼロに戻してあげる、どうやったら公平にゼロに戻せるか、みたいなね。

それはちょっと自分には荷が重いなって。そこまでマイナスになったものをゼロに戻す度量が俺にあるかっていったら、ないなって。勉強自体は楽しいんだけどね。興味が持てれば楽しいよな。

人の良いところを見つけて、プラスに見るとか、すごいこと成し遂げようとしている人のサポートをするっていう方が、自分の性に合ってると思う。落ち込むととことん落ち込むタイプだし、修復作業よりクリエイトしていった方がいいなって。なんかポジティブなもの発信していきたいんだ。

人の話聞いてまとめるっていうのも好きだから、マスコミとかも考えてみたりしてるよ。あと1年あるからゆっくり考えようと思って。なかなか言語化出来ないんだけど、悩み続けてるんだ。悩まなくなったら終わりだと思うし。本当に自分の興味の赴くままに、調べたいな、やりたいなと思って。あともう少しだけ進んだ先に、何かが……、いやこのままずっと進み続けようかなと思ってる。

来るもの拒まず、去る者追わずなスタンスで、色んな人と出逢って自分を磨いていきたい。というか、磨いてもらいたいっていう感じかもしれない(笑) いろんな人と関わっていきたいね。

―今日はありがとうございました。

インタビューアから一言

思わぬロングインタビューとなりました(笑) 尚輝先輩とは、早稲田大学の某法律サークルのゼミで偶然出逢いました。通称「部長」へのインタビュー、最初はとても緊張して臨みましたが……。先輩は興味の幅がとても広く面白く、誠実で、まっすぐ目を合わせてお話されるのに、物腰が柔らかくて、とても居心地よく感じられました。幅広く興味を持ち、新しいことを知るチャンスを自分で潰さないこと。自ら体験することを大切にし、なにより人に対する敬意と礼儀を忘れない。インタビューを通じていろいろなことを学ばせていただきました。今年の夏には富士山登山を計画中なのだとか。お土産話、期待しております!

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倉門亜実。1988年、東京生まれ。国内を幾度か移動した後、中学2年でスイス・ジュネーヴに移り住む。インターナショナル・スクールを卒業後、帰国し、現在は早稲田大学法学部1年に在籍。4月から2年に進学。