海外生活体験者・学生インタビューvol.45〜後編〜

interviewee_s_95_profile.jpg 矢野麻由佳さん。1984年に生まれ、小学校から高校1年まで日本で過ごす。その後、父親の仕事の都合で家族そろってベルギーのブリュッセルに滞在する。インターナショナル・スクール・オブ・ブリュッセルを卒業後、IBを取得して日本に帰国したのち、慶應義塾大学文学部に入学し、医療人類学を専攻。所属サークルではヴォーカルとして活躍し、今年4月からカネボウ化粧品に就職。

綺麗なものと日々の積み重ね

―ところで先ほどのChoirですが、歌声で観客を魅了するってなんか素敵ですね。Choirを通して得たことはたくさんあると思うんですけど、矢野さんの中で一番良かったと思ったことはなんですか?

これは、なんかちょっと就活トークになってしまうんですけど、綺麗なものを作るまでのプロセスには、地道な努力と泥臭い裏の仕事があって、相反するところがあるんですけど、それが形となって完成したときに、自分だけじゃなく、相手も幸せにできるところですね。歌って、形となって観客に聞かせるのは綺麗な部分なんですけど、それには、各パートの微妙な連携が必要不可欠で、その日のコンディションによって声の伸びとか高音の出具合とか違ってきて、少しでも悪いと、周りの人たちにも伝染し、増幅されて、その結果、感動できないものになってしまう。さらに、一人が音をはずすと、全体が良い分ハッキリとあらわれてしまうから、それでもう失敗。そういう、非常に繊細な部分があるんです。

だから、choirを通して、綺麗なものを提供する魅力に興味を持てたことと、体調管理の徹底が身に付いたことは自分にとって非常に良かったです。もちろん、以上に挙げた努力や試行錯誤、それにつながる成功や失敗などは、どの仕事にだってあることですけど、化粧品は相手を美しくし、自分が美しいと感じることで幸せになれる。歌のように、美しいものを提供し、相手に喜びや幸せを感じさせることができる化粧品は、最高の贈り物だと思っています。私が化粧品を扱う仕事をしたいと思ったのは、そういう理由からかな。

―なるほど。私も日々心身ともに自己管理をしようと思っているのですが、自分を律するというのはなかなか難しいです……。歌についてもっとお聞きしたいことがあるんですけど、歌うときに気をつけていた、または大切にしてきたこととかありますか?

歌や歌い方って、その人の人柄が出るんですよね。極端にいえば、日々のその人の積み重ねが、歌の表現に自然と出てくるっていうのかな。だから、無理に体裁を繕って歌っても、そんな表面だけの歌は、相手の心には響かない。だって、例えば、恋愛経験ゼロの人がラブソングを歌っても、実際に悩んだり、苦しんだり、楽しかったり、幸せだったりした経験がないから、相手の心を動かす歌にはなりえないのはわかるでしょ?

相手に聞かせる歌にするには、自分がその歌を通して何を表現し、何を伝えたいのか、頭だけで考えるんじゃなくて、日々の経験から学び、自分もその歌の表現に達しなければならないと思います。同じ曲を歌っても、歌い手によって全く違った印象を受けるのはそういうこともあるんじゃないかな。だから、私がchoirで歌うときは、常にそういったところを意識して歌うようにしていました。

―確かに、歌詞だけじゃ伝えきれないもっと深いイメージを観客に伝えるには、歌に気持ちを込めることが大切ですね。歌い方にその人の人柄が出るというのは驚きました。

ハイヒールは医者からやめるようにと

―次の質問ですが、大学ではどのようなことを勉強してたんですか?

私は、大学のゼミでは人間科学専攻で医療人類学のゼミに入っていました。

―え? 文学部ですよね?

あはは。確かになんか文学部っぽくないよね(笑) どうしてそこのゼミに入ったかというと、教授に惹かれたからかな。ゼミでは、うつや精神病、患者のケアや医学と回復についておもに学ぶんだけど、これがとってもハードだった。

教授に惹かれたのはそうだけど、直接のきっかけは、私は2年の時に椎間板ヘルニアを患ってしまったこと。足は痺れて動けないし、電車の揺れだけで腰に激痛が走る状態で、手術に至るまで結構大変だったの。でも、見た目では私は病人ぽくないし、ヘルニアでも我慢して普通にハイヒール履いてたくらいだから(苦笑)、まわりの人は苦痛に歪む私の顔を見ても、全然席とか譲ってくれないし、医者も、あれしちゃダメ、これしちゃダメで、かなり窮屈な思いで生活していました。

病人なんだからおとなしくしてなさいって言われそうだけど、医学的に見て正しいことをすることが、回復に向かう全てじゃないと思ったの。例えば、医者から医学的な観点から、メタボだから甘いの接取するのやめなさいって言われても、そのひとはそれを取ることで、どこか自分を保っていた部分があると思うから、そのしわ寄せは他にいって、結局悪化すると思うの。

私だって、ハイヒールは医者からやめるよう言われていたけど、それを履くことで自分が満足できたし、この状態でも悪化させないように色々と歩き方を工夫したり、早く治そうって動機にもなったから、医療の面から見たら悪影響でしかないことでも、私にとってはそれが一つの治療のようなものだったわけ。

そういう、患者さんが本当に求めているものって何なのだろうかとか、確かに病人なんだけど、医療の補助以外で、本当に患者さんの助けになるのは何なのだろうとか考えちゃって、それが大学で今のゼミに入ろうと思ったきっかけになりました。医療と自分が満足できること、その折衷案を模索して見つけることが回復の要だと思っています。

―なるほど。患者の欲求をある程度満たしつつ、かつ、治療を行う。医療とは、医者の治療の一方的な押し付けではなくて、医療と患者との歩み寄りなのかもしれませんね。

最後に一言

―最後に、これから社会人として働く先輩として、何か一言あればお願いします。

そうですね、社会に出れば色んな人がいて、なんだこいつ?みたいに思ってしまう人とたくさん接する機会があると思うんですけど、そんな人たちを嫌いのひとくくりにしてしまおうとせず、話していれば何かしらの刺激をもらってプラスに働くと思ってください。そして、今のうちに信頼できる友人を作って下さい。そうすれば、社会に出て打ちのめされたとしても、彼らが支えとなって、なんとかもう一度乗り切ろうと奮い立つことができるはずです。そういう友人は一生の宝になります。頑張ってください。

―ありがとうございました。

インタビュアーより一言

矢野さんは、今まで頑張ってきたことと、これから社会で頑張っていこうとしていることが一貫していて、信念のあるひとなんだなと思いました。将来的なビジョンも明確に持っていて、意欲と希望に満ち溢れていました。インタビューは終始和やかに行うことができて、とても話しやすかったです。今回は急なスケジュールにも関わらず、ありがとうございました。

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interviewer_s_47_profile.jpg 倉門和遠。1986年東京生まれ。高校1年まで日本で過ごすが、その後、父の転勤により、スイスのジュネーブでおよそ4年間過ごす。その後、大学受験のため日本へ帰国。慶應義塾大学に進学し、法学部法律学科3年に在学中。