海外生活体験者・学生インタビューvol.46

interviewee_s_99_profile.jpg 夏目寛子さん。1985年新潟県生まれ。5歳でニューヨークへ渡り、6年間滞在。その後帰国し、学習院女子中・高等学校へ通う。5年間東京で暮らし、16歳のとき渡英し、2年間Marymount International School Londonに通い、卒業後帰国。京都大学法学部へ進学し、国際政治学を専攻、グッドサマリタンクラブ(京都を外国人にガイドするサークル)、法律相談部に所属。今年の4月から損害保険会社に勤務する。

活発なアメリカ人からブリティッシュの淑女へ

―夏目さんは、5歳から11歳のときまではニューヨークにいたということですが、何か印象に残っていることはありますか?


ニューヨークには、小さいときに行ったので、特に苦労はしていないですね。スッとアメリカになじめたと思います。英語に関しても苦労した記憶はなく、気づいたらアメリカ人の友達と遊んでいました。

郊外に住んでいて、比較的治安もよかったので、頻繁に外で遊んでいましたね。他の面でも活発で、塾通い、フルート、テニスなど、多くの活動をしていました。アメリカに誇りを持っていたり、活発的だったりと、非常にアメリカ人的だったと思います(笑)

―その後は日本に帰国して、16歳で再び海外。今度はロンドンですが、何か印象に残っていることなどはありますか?

ロンドンでは、あの4大テニス大会が開かれるウィンブルドンに住んでいて、私立のインターナショナル・スクールに通っていました。16歳から19歳までいましたが、高校には2年間しか通えなかったので、IBの勉強ばかり。

今考えると、イギリスの日常生活をあまり経験していなくて、非常にもったいないと思うのですが、当時は勉強ばかりして卒業しました。ただ、卒業式は、ウェディングドレスを着て父親とダンスするという変わった卒業式でした(笑)

―インターナショナル・スクールということは、様々な人が集まりますね。

確かに様々な国から人が来ていました。ただ、様々な人がいて多様性が身に付いたかと言われたら、そうとも言えません。私の通っていた高校は、お金持ちの人々が集まり、一種の上級社会でした。アフリカから来る生徒もいましたが、お金持ちですよね。

そういう、いわゆる働かなくても良い階級の人たちが集まっていましたから、多様性というよりは、働かなくてもよいなどという、どこか統一された価値観がありました。

Queen’sとAmerican

―英語は、どうですか? 上流階級の話すQueen’sって聞いたら、カーント“can’t”とかポタト“potato”っていう発音を真っ先にイメージしてしまうのですが(笑)

インターナショナル・スクールだったので、Queen’s Englishじゃないです。でも、アメリカ英語でもなくて、混ざった感じですね。いわゆるインター英語?(笑)

ただ、以前、友人たちとヨーロッパ旅行に行ったんですが、シカゴに住んでいた友達が、お店で店員に“HEY!”とか“I wanna~”なんて言ってるのはビックリしましたね(笑)“Could you please~”とか“I’d like~”ってフツー言いますけど。

―あ~なるほど、確かに(笑) 僕なんかアメリカ英語だから、丁寧に言っても“Can I~”くらいです(笑) 店員にも平気でHEY!とか言ってしまいそうですよ……。

そこらへんは、イギリス英語なんで、“Could you please~”とか“Would you mind~”って言いますね。3人で旅行いったんですが、もう一人はマント付けているような大学に行っていたので(笑)、シカゴからの友達とは全く対照的でした。

―オックスブリッジですか?! アメリカ英語を、かつてハイスクール英語と言われたことを思い出しました(苦笑)

日本の方が驚き? ~大学の同期に驚く&驚かれる~

―日本に帰国され、日本の大学に進学されています。やはり刺激がありましたか?

海外には小さいころからいたので、むしろ帰国してからの方が、驚きが多かったですね。大学ではいろいろな場所から来ている人たちがたくさんいて、印象に残っているのは、福井県から来たひとと、新歓の夜、三条に行ったのですが、「うわー! すごーい! 街が明るいー」と言っていて、びっくりしました。後から聞いたのですが、そのひとは街の商店街くらいしか当時見たことがなかったらしくて(笑)、商店街は夜になると電気が落ちますから、夜街に明りがあるというのは大変驚いたみたいです。

―僕の香川出身の友達が、夏に東京旅行するということを聞いたときも、驚きましたね。都内=帰省先くらいにしか思っていませんでしたから。住んでいた環境が違うと、当然驚くものにも違うんですね。

やはり、経験の積み方が日本にずっと住んでいた人たちとは違うなと思います。海外がわりと長いので、カエルの声がわからなかったりして、みんなに馬鹿にされました(笑) 日本にいたときも、東京だったのでカエルなんていませんよ!(苦笑)

―勉強面ではどうでしょうか?

大学の同期も刺激になりましたね。教科書を数回読んで、法学部の専門科目の単位を取ってしまうんですよ。しかも、結構良い成績で! トピック・センテンスをしっかり読んで残りの文章を読むから、スッと頭に入ってくるらしいです。あれには感心しましたね。そのひと以外にも、みんな独自の勉強方法を確立しているんだと感心しました。まあ、そういうひとも、結局コツコツやってたりするので、やっぱり何事も継続は力なりですよね。

―確かにそうですよね……。僕の友達もマルクスの資本論を一回読んで詳細に頭に入れていて、そういうのは本当に驚きます! あの和訳、本当読みづらいんですよ(苦笑)

後、第二外国語は苦労しました。小さいころに、無自覚に英語を覚えていたので、言語を勉強する方法というのがさっぱりわかりませんでした。ドイツ語を取っていたのですが、和訳の宿題が出るたびに、ドイツ語と英語をわかる人を探し出してきて、英訳してもらってから、それを日本語に訳すという作業を延々と繰り返していましたね(笑)

大学での活動と社会人への第一歩

―大学ではどのような活動をしていましたか?

基本的に授業にはしっかり出ていましたね。それから、試験勉強やサークル、バイト。3年生からはゼミも頑張っていました。

ゼミでは国際政治を勉強していました。京都大学法学部のゼミは半期ごとなので、同じゼミを取るということはあまりないのですが、私は国際政治とその教授に惹かれたので、2年間同じゼミをずっと取り続けました。

サークルでは、グッドサマリタンクラブというガイドサークルです。ガイドといっても、相手の行きたいところに、はいって連れて行っておしまいではなくて、相手の意図を読むことが大切だと思っています。食後にガムを渡すという些細なことだけで、相手にすごく喜ばれたことが印象的でしたね。

そんなことまで、ガイドなのに、していたんですか?! ガイドって奥が深いですね……。ガイドもコミュニケーションですね!

―4月1日から、社会人の夏目さんですが、就職活動をする際にはどのような基準で企業を選んだのでしょうか?

サークルではガイドをやっていたので、営業とか、自分の力で頑張れるものが良かったんですよ。メーカーも考えたのですが、ただ、メーカーだと「モノありき」に、どうしてもなってしまうので……。

―パナソニックのカメラ!みたいな感じですね。確かにメーカーだとブランド感が出てしまい、個人の力うんぬんはあまり関係ない気がしますね。

はい。だから、商社・金融も複数受けました。最終的にどこを選ぼうか迷っている際に、ある企業のOB訪問をして、その方が「会社に行きたくないなんて思ったことは一度もない」って言ったのが印象的で、現在の会社を選びました。これから頑張って働こうと思っています!

―そんな会社だったら、絶対に惹かれてしまいますよね。今日はありがとうございました!

Marymount International School London :
http://www.marymountlondon.com/home.php

インタビューアから一言

夏目さんは、とても気品溢れる方でした。お話も非常に面白く、全てをインタビュー記事に載せられなかったのが残念です。京都辺りの美味しいお店も色々と教えていただきました。今度、絶対行きます! 4月1日から研修が始まるのに、インタビューに応じていただきありがとうございました。これからは、社会人として頑張ってください!
interviewer_s_57_profile.jpg 山下博之。1988年神奈川県生まれ。小学校6年生の時に渡米し、カルフォルニアに在住。以後、日本人学校に10年生まで通い、その後、現地の高校に転入し卒業まで在籍。帰国し、京都大学へ入学。現在、経済学部2回生。