帰国子女大学入試・合格体験記vol.28

下東尚皓(しもとうなおひろ)さん。1989年東京都江戸川区生まれ。1歳から4歳の間、父親の転勤でミシガン州に住み、帰国後、港区のNishimachi International Schoolに3年生まで通う。4年生のときに、今度はニュージャージー州に住み、現地校に通う。高校3年間は、The Lawrenceville Schoolというboarding schoolに通う。卒業後、慶應義塾大学に進学。現在、法学部政治学科1年に在籍。

【慶應義塾大学法学部合格】

帰国の中でも少数派

高校2年間海外に滞在していれば、日本の大学の帰国枠受験をする権利を手にすることができますが、私は小さいときからずっとアメリカで育ち、10代もすべてアメリカでした。そのおかげで英語はもちろんペラペラでしたが、より重要な日本語力に欠けていました。高校3年の4月ぐらいまでは、アメリカの大学に進学するつもりでしたし、実際受かってもいました。ですから、帰国して大学を受験すると決めたときから、不安で胸がいっぱいでした。

こんなに日本語下手なの、私だけ?

帰国して通い始めた予備校が駿台国際センター。クラスの振り分けテストで漢字の点数が非常に酷く、正直落ち込みました。さらに小論文の評価も酷く、ひょっとして日本語がこんなに苦手なのは私だけなのだろうか、私はちゃんと日本の大学に進学できるのだろうかという心配ばかりしていました。実際、漢字の点数は後ろから数えたほうが早いという順位でしたが、英語の点数はいつも上位でした。自分の得意な英語に自信を持ち、小論文と漢字さえ勉強すれば、自分もやってけるはずだというふうに考えられるようになったのです。

ですが、新しい環境、友達づくり、そして、不安のせいで、あまり勉強は捗りませんでした。塾から帰ってきたら、すぐにメッセでアメリカの友達と話していました。計画もあまり立てず、ただ塾に通っていたという日々が続きました。今一番後悔していることは、自分が受験生であることを受け入れなかったことでしょう。それと本を読まなかったこと。新書を読んで損は絶対にありません。評価の高い小論文を書くには、それなりの知識が必要なので、新書は沢山読んでください。

受験に向けて

帰国してきた理由も分からなかったため、志望理由も難しかったです。大学のホームページを巡り、学部説明のページに書いてあることを、そのまま志望理由にしようと思っていた時期もありました。しかし、慶應三田キャンパスでの学部説明会で、行きたい学部が見つかったのです。以前からメディア関係の仕事には興味があったこともあり、法学部政治学科の説明会が一番心に残りました。ここなら自分のやりたいことができる。ここなら多少大変でも諦めることはないだろうと確信したのです。もちろん東大にも行きたかったのですが、自分が一番関心を持っていたのは慶應の法学部政治学科でした。

実際行きたい学部が決まると、すべてがスムーズに進みました。志望理由もすらりと書けて、模擬面接でも言いたいことが全て言えました。慶應の帰国受験は、一次が書類審査で、二次が小論文と面接です。アメリカの大学を目指していたときに、統一テストのスコアを頑張って上げていたおかげで、無事一次も通り、二次の面接では志望動機とアメリカでの体験談と高校での活動をメインに話しました。

帰国生は家族

これから受験する皆さんに一番覚えてほしいのは、帰国生はみんな仲間であり、家族であるということです。当然受験のライバルでもありますが、帰国生が感じている苦しみと悩みを一番分かってくれます。一緒に受験しているのですから当たり前ですよね。簡単なことに見えますが、実はこれが非常に忘れやすいことなのです。受験中辛いときはいっぱいあります。しかし、自分が一人であるとは決して思わないでください。帰国の仲間に心を開いた瞬間、毎日が楽しくなり、勉強も進むようになりました。お互い励まして、そして、競争することにより、成長していくのです。挫けずに、皆さん頑張ってください。

Nishimachi International School :
http://www.nishimachi.ac.jp/
The Lawrenceville School :
http://www.lawrenceville.org