海外生活体験者・社会人インタビューvol.43〜第1編〜

interviewee_s_109_profile.jpg 杉山文野さん。1981年新宿生まれ。歌舞伎町育ち。日本女子大学付属の幼・小・中・高を経て、早稲田大学教育学部に進学。卒業後、同学大学院教育学研究科に進み、「セクシュアルマイノリティと教育」を中心に研究した後、07年3月卒業。その研究内容と性同一性障害である自身のエピソードを織り交ぜた『ダブルハッピネス』を講談社より出版。重たいテーマをストレートかつポップに語ったことが話題を呼び、発売1週間で1万部の重版がかかるヒットとなった。大学院で勉強する傍ら、毎週行われる子供たちのフェンシング教室や歌舞伎町の街プロジェクトにも参加。2004年度フェンシング日本代表。「歌舞伎町よくしよう委員会」スタッフ。

セクシュアル・マイノリティであるということ

―セクシュアル・マイノリティの社会での生き心地って、変わって来ていると思いますか?

社会におけるセクシュアル・マイノリティのあり方は、確実に変わって来てますね。実際、自分も変わって来てるし、社会的な認知度も変わったと思います。「自分は本当は男なんだ」なんて、ちっちゃいときだったら、絶対言えなかったんですよ。

―言えなかったのは、どうしてだったのでしょう? 「自分はみなと違うのかな?」と思っていたからでしょうか?

そうですね。第一にそんなものは一部のヘンタイだけだと思ってましたから(笑) 何よりも、自分で自分のことを受け入れられなかったんですよね。みなが「変だ、変だ! ヘンタイだ!」(笑)って、自分がそう言われる対象であるわけがない。まさか自分に限って……。そう思ってました。

同性愛と性同一性障害のちがい

―性の悩みという意味ではどちらも同じですが、違いはどこにあるのでしょうか?

やっぱり、何に関して悩んでいるのかってことですよね。

同性愛っていうのは、「対相手」じゃないですか。それと、「自分対社会」ですよね。でも、性同一性障害っていうのは、その二つにもうひとつ、「対自分」に関する悩みが加わるんですよね。「自分の体対自分の心」、自分との戦いが一番大きいんですよ。対社会はもちろんですけど、それが一番大きいと思います。

―「おネエMANS」だとか「はるな愛」さんだとか、最近性に関することが結構オープンになっている印象を受けるのですが、どう感じられますか?

やっぱり、昔に比べて自由になりましたよね、色んなことが。何より、「性同一性障害」という言葉が、人々の中で認知されるようになりました。昔は、「性同一性障害って知ってる?」って聞いても、「え? 何それ?」って反応が多かったんですよ。下手すると、「体が女で心は男? それって……頭おかしいんじゃない?」っていう反応も普通で(苦笑)

―そんな?! あまりにも悲しい反応です……(涙)

うん(笑)でも最近は、認知度が上がって、社会的にも存在が認められつつあるっていうのが嬉しいです。今まではただのヘンタイだったのが、一変しましたから。例え「障害」と名がついても社会的に位置づけられたというのは大きなことだと思います。

―それが一変したきっかけは何だったのでしょう? やっぱりドラマの「金八先生」でしょうか?

「金八先生」の効果大きいと思います。性同一性障害の女の子の役が出てきたお陰で、社会の認知度が上がった。自分としては、みなが興味を持ってくれることっていうのは、嬉しいですね。

「社会」と「当事者」の間の距離

―今、当事者と社会との間の壁は、どんどん薄くなっていると感じますか?

以前に比べればはるかにそうだと思います。でも、まだまだな部分も沢山あるのが事実。ちょっと難しいですね。個人的な意見を言うと、実は、当事者に「甘え過ぎた感」が少し出来てしまったかなぁ、と思っていたりするんです。もちろん、そうならざるを得ない背景があったのは事実です。でも、「受け入れてくれないのは、社会が悪いんだ!」っていうことだけを主張するのは違うと思うんです。

―社会が、性同一性障害者を甘えさせてしまった?

何だろう……。「取り扱い注意」というか、社会が性同一性障害者に対して、良くも悪くも、過保護になってしまったのではないかなと。そのせいで、当事者の姿勢が、「自分たちで頑張って自分たちを認めさせよう!」というよりは、「何でお前らはもっと認めてくれないんだ!」という、否定的な形になってしまったような気がします。そのことが、社会と当事者間の間に距離ができた原因のひとつとして考えられるんじゃないのかと。

―その距離は、今後縮まるとお考えですか?

そうであってほしいですね、まだ難しいかもしれないけど。日本ではマイノリティが生きづらいというのももちろんあるけど、何だかんだ言って、どんな社会でも、結局マイノリティが頑張らないと始まらないですもん。当事者は、全部性同一性障害のせいだとか、全部社会のせいだとか言う前に、自分たちでがんばらないといけないんですよ。自分の境遇に言い訳しないで、「じゃぁこの境遇でどうすれば一歩進めるのか?」を考えて行動すれば、自然と双方の溝は縮められると思います。

お互いのことを受け入れる

―当事者に「出来ればこうあって欲しい」という理想像はありますか?

偏見、偏見って言うだけじゃなくて、怖がらずに当事者側から歩み寄って欲しいというのが本心です。

当事者に、「人権獲得のためにがんばろうぜ!」と言うのは、もちろん大切なことだとは思いますが……、やっぱり人権活動って、人権獲得のために、誰かの権利を否定していることが多いんですよ。例えば、女性の権利でも、結局は男性の権利を否定することで、女性の権利を勝ち取ろうとする。「殴られたら、殴り返す」じゃ、何も変わらないじゃないですか。

だから、お互いのことを受け入れることが必要だと思います。分かろうとすること。「おまえらのことなんてわからん!」って言ってる相手に対して、「なんでわかってくれないんだ!」と言うのは、相手がこちらを理解しないように、こっちも相手を理解していないんですよ。それよりも「わからん」という人の気持ちこそ、こっちがしっかり受け止める。ある意味では、「わからない」って反応のほうが自然かもしれないし、最初から「わかるわかる」なんて言われたら、それこそウソだと思うし。僕だって、もし当事者に生まれてこなければ、酒のネタにしてたかも知れませんからね。

―そういう風に思えるようになったのは、いつの頃からですか?

最近ですね。たどり着くのに本当に時間がかかりましたけど。大学院に行って、学問的に学んでから、そう思えるようになりました。というのも、それまで文章にできなかった漠然とした思いが、活字にすることで整理されたり、あらためて自分の状況を客観視できたり。それは本に関しても言えることですけど、それまで言葉にできなかったような思いを活字にすることで、自分の考えが整理されたというのは大きいです。第2編はこちら>>
    
    
藤原彩加。1988年生まれ。5歳から9歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校6年からインドネシア・ジャカルタ。中学1年の時に日本に一時帰国、中学2年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校へ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在3年に在籍。RTNプロジェクト広報代表&慶應義塾大学支部代表として活躍。