海外生活体験者・学生インタビューvol.49〜前編〜

薬師寺翔太さん。1988年東京都生まれ。3歳から9歳まで英国ケント州に滞在した後、東京の小・中学校 を経て、米国テキサス州ヒューストンで高校3年間を送る。Memorial High School を卒業後、東京大学文科Ⅰ類に進学。現在、東京大学法学部3年に在学。

2年前に出会った薬師寺君は、今では、梅田望夫氏の著書『シリコンバレーから将棋を観る』を文系オープンソース型プロジェクトとして英訳する、「『みんなで丸ごと英訳』プロジェクト」のリーダーとして有名人に。彼の海外生活から英訳プロジェクトの話までお話してもらいました。5月15日、初めて下車した駒場東大前。駅を出るとすぐに門を広げる東大教養学部で、不思議な気持ちを胸に、ドキドキしながらインタビューを始めました。

イギリスとアメリカと日本と。

 ―海外生活についてお聞かせください。

海外は、イギリスとアメリカの2ヵ所に住んでたよ。生まれは日本だけど、3歳から9歳までロンドンに住んでた。それから日本帰ってきて、小3から中3まで東京にいたよ。高校もずっと日本のつもりが、今度はアメリカに行くことになった(笑) 日本の中学を転出して、アメリカの現地高校に入学しました。
 
―イギリスに住んでいたということで、英語は問題ありませんでしたか!?
 
いや、全然! 英語は全く分かんなかったから、アメリカに行ってすぐは、アメリカにいた1年目の人に英語を手伝ってもらってた。でも、だんだん慣れて、思い出してきて、聞き取ることはすぐにできるようになった。それと同時に、徐々に喋れるようになってきたかな。イギリスにいたときは、まだ小さかったから、アメリカに行ったときは、まっさらな状態から英語を学ぶ感じだった。不思議なことに、今はイギリス英語の発音が顔をのぞかせたりする(笑) やっぱり昔いたからかなぁ。
 
―アメリカ行きが決まったときは、どう思いました?
 
イギリスに住んでたことがあったからか分かんないけど、日本にいるときは、海外に対する憧れがものすごくあった。日本で通っていた学校は中高一貫校で、友達との関係が深くなる前にアメリカに行ったから、そういう意味では海外に行くことには抵抗があったかな。
 
―アメリカの高校では何をしていましたか?
 
高校では、ずっとサッカーしてた(笑) 日本の中学校でもサッカーをしてたから、アメリカ行く際も、サッカーが出来るっていう条件で行ったよ! それ以外は、普通に友達と遊ぶか、ぼぉーとテレビを見てるか。日本の帰国子女枠での大学受験で、アメリカの卒業生の場合はSATが必要だから、それの勉強はちょこちょこしてたよ。SATもまずまずの点がとれたし、それなりに満足して高校を卒業できました。
 
―海外に住んでて良かったと思うことはありますか?
 
おれ自身は、海外にずっと住んでいた帰国生に比べると、どっちかっていうと純日本人寄りだから、日本人的な礼儀を持ちつつ、相手とうまくコミュニケーションできるようになったと思う。日本だと、「敬語が礼儀」っていう風潮あるけど、おれは、敬語がコミュニケーションの壁になってると思っているから、敬語はあまり使わないかな。
 
そういう意味では、海外に住んだことがあって、変なキャラクターになったのは良かったかも。ガチガチな礼儀ではなく、ゆるさをもった礼儀が大事だと思う。あとは、語学力かね。自信がないなりに、それなりに英語出来るようになったから、海外に住んでて良かったとは思うよ。
 
帰国前から東大志望
 
―日本に帰国してからはどうでしたか?
 
日本に帰ってきてからは、日本人ネットワークに溶け込むのは早かったかな。逆に、アメリカ行ったときは、もう高校生だったので、溶け込みは遅かった。帰国後は、河合塾に通い、受験勉強に励んでました。親からは、アメリカの大学にいけって言われてたんだけど、東大に行くという前提で、日本に帰国した(笑) だから、帰国する前から東大を狙ってたよ。
 
―東大に、帰国生はどのくらいいるんですか?
 
帰国入試組は、1学年で20人くらいだね。帰国生は少ないよ。
 
“Yoshiharu Habu and Modern Shogi”
 
―「みんなで丸ごと英訳」プロジェクトについてお聞かせください。
 
これは、梅田望夫氏の新刊『シリコンバレーから将棋を観る』を、オープンソースの考えを利用して、ソースである英訳をネット上で公開し、みんなで修正して訳の質を高めようというプロジェクトだよ。
 
―初めようと思ったキッカケはなんですか?
 
梅田さんが、4月20日に自身のブログで 「本書の全部または一部を、英語はもちろん中国語でも韓国語でもスペイン語でもフランス語でも、どなたが何語に翻訳してウェブにアップすることも自由、とします(許諾の連絡も不要です)」 という記事を書いたことを、4月26日に友達からメールで教えてもらったんだよ。
 
前から梅田さんの著書には感銘を受けていて、是非梅田さんに会いたいと思ってたんだ。そこで、これはチャンスだと思って、真っ先に英訳しようと思った。ただ、そのときは、翻訳プロジェクトを、ネット上でやろうとは思わなくて、普通に東大の友達とか、帰国生の友達など、英語ができる人中心で翻訳をやろうと思ってた。だけど、やるって言った人は何人かはいたんだけど、結局フェードアウトしちゃってねぇ(苦笑)
 
―それで、どうしたんですか?
 
とりあえず、まず始めに自分でやってみようと思った。ひとりでやりはじめて、最初の「はじめに」をやり終えるまでに、3日くらいかかった。だから、これは1人じゃ無理だと思って、ネット上で協力者を募ることにしたんだ。もともと自分で訳したのを、最終的にはオープンソースで公開しようとは思ってはいたんだけど、急遽計画を変更して、最初の訳の段階からオープンでやることにした。
 
―ネッと上で狙い通りの反応がありましたか?
 
いままでブログなんて書いたこともなかったし、無名の一個人が記事を書いたくらいでは無理かなぁと思ってたんだけど、梅田さんのブログにトラックバックしたことが功を奏して、梅田さん自身がこの試みに興味を持ってくれて、twitterや自身のブログに取り上げてくれたことで、考えていた以上に多くの閲覧者が現れた。無名な一個人ではあっても、ブログを通じて存在感ある発信ができるんだと実感できた。
 
―メンバーは集まりましたか?
 
半日足らずで10人が集まったよ。ただ、おれはこのプロジェクトの核として動くメンバーに、たくさんの人は要らないと思ってたから、10人集まった段階で、募集を打ち切った。ただ、10人で全てを翻訳するのは、思っていた以上にすごい大変で、後で考えると翻訳という行為をなめてた(笑)

メンバーが集まった段階で、5日間あれば翻訳を終えられるかなと思ってたんだ。なんら根拠のない日数ではあったけど、だらだらやりたくなかったから、メンバーにで5日で翻訳し終えるぞと伝えた。ちょうどゴールデンウィークとも重なって、みんな、本気で取り組んでくれたから、見事5日で終えることができたよ。一通り翻訳がおわって、5月7日にオープンすることが出来た。やる気のある人が集まったら、すぐ終わるね(笑) いま思うと、すごいスピードだった。
 
言語のオープンソース化
 
―翻訳された記事を見てどう思いますか?
 
まだまだだなぁと思う。翻訳のレベルはもちろんまだ低い。ただ、今回の試みの意義は、とりあえずやってみること。形だけでも、翻訳を公開すれば、他人が参加することによって、翻訳の質はどんどん向上するだろうし、そこは、ある意味期待する点だった。まぁ、今の翻訳メンバーが生み出せる質としては、この程度かな。あと問題は、現段階で修正に関わっている人も元からのメンバーがメインだから、第三者をいかに修正作業に引き込めるか。このプロジェクトが、まだそこまでは広がってないんだよね。
 
―「英語」という敷居が高いのでは?
 
うん。正直、今回は、翻訳だからオープンソースにしても難しいかもなとは思ってた。ただ、文系のオープンソースについて考えた結果、やはり翻訳が有力かなとおもったから、自発的に行動する他ないと思ったよ。それと、梅田さんとしては、翻訳には最低1ヶ月くらいはかかるという感覚を持っていたらしい。でも、俺の感覚としては5日で翻訳完了だった。英語利用者の母数は多いし、自分が帰国子女ということで、おれは、1週間もあれば絶対にできると思ってた。
 
―オープンソースまで漕ぎ着けた感想は?
 
今の段階では特にないかな。オープンソースに漕ぎ着けたことで、ようやくこのプロジェクトがスタート地点に立ったと思ってる。今思うと、最初の段階でソースとして本を英訳するは誰でもできる。ただ、問題はそのスピードで、5日でやり遂げるのは、このプロジェクトに当初から関わってくれた核のメンバーにしかできなかったことだと思うよ。後編はこちら>>

“Yoshiharu Habu and Modern Shogi” 「みんなで丸ごと英訳」プロジェクト:
http://modernshogi.pbworks.com/

ブログ「日本にもシリコンバレーを!!!」:
http://d.hatena.ne.jp/shotayakushiji/

帰国子女大学入試・合格体験記vol.16 薬師寺翔太:
http://www.rtnproject.com/2009/02/vol16_2.html

interviewer_s_33_3profile.jpg 古屋悠。1987年東京都生まれ。生後間もなくドイツへ移住。ドイツのデュッセルドルフに5年間滞在し、帰国後鎌倉へ。中学3年からドイツのフランクフルトへ渡り、Frankfurt International School卒業後まで滞在。現在は早稲田大学人間科学部3年に在学中。RTNプロジェクトでは早稲田大学支部、WEB担当代表。SNSへはこちらから。