海外生活体験者・学生インタビューvol.50

佐藤潤さん。1987年千葉県生まれ。1歳から3歳まで、カナダに滞在。帰国後、中3の夏まで神奈川県で過ごし、その後イギリスへ。International School of Londonを卒業後に帰国し、07年4月、中央大学商学部に入学。現在は、経営学科3年に在籍し、し、サークル活動や英語力維持、経営関係の勉強に力を注いでいる。

ベッカムじゃなくてアシュリーコール

―中3で突然海外に行くことになって、現地で何かカルチャーショックのようなものはあったの?

うん、あったあった。行く前は、イギリスって、きっとベッカムみたいな金髪の白人だらけなんだろうと思ってたんだけど、実際向こうの空港で目にしたのは、ヘスキーとかアシュリーコールみたいな人たちばっかでさ。学校に行ってみても、インド系とかいろんな人種がいて、あれっ、なんかおかしいぞ?って。日本には日本人しかいないように、イギリスにもイギリス人しかいないと思ってたから、ちょっとショックだった。自分の中の常識が崩れた最初の出来事だったかな。「あぁ、おれ海外に来たんだな」って、心から実感した。

―なるほど。そんな感じで、インターでの生活が始まったようだけど、英語は大丈夫だった?

いや、もう全然ダメ(笑) そもそも、中3の春に、親に海外行きを言い渡された時点で、今まで学んだ英語は全部忘れてゼロからスタートした方がいいかなと思って、何も勉強せずに行ったんだ。だから、最初は全然喋れなくて、英語は大嫌いだった。ようやく喋れるようになったのが、2年目終えてくらいからだったかな。香港出身の友達とめっちゃ仲良くなって、そいつと英語で会話してるうちに、だんだん喋れるようになってきて。学校が休みの期間なんかは、いつもそいつの家に入り浸ってたからね。

殴りこみかけて「入れてくれ!」

―へぇ、初耳です。潤と言えば、やっぱりサッカーだと思うんだけど、向こうではどういった活動を?

向こうでは、最初は草サッカーみたいなチームに入ったんだ。それで、日本にいた頃にユースでバリバリやってたせいもあってか、いきなり3試合連続ゴール決めちゃって。英語もろくに喋れない日本人が、もう一躍ヒーローだよ(笑)

そのチームに1年半くらい在籍した後、もっと強いチームに移ることになってさ。そこで半年くらいプレーした後、年齢制限とかの関係で、また、別の社会人のチームに入ることになって。2軍だったんだけど、元フルハムの選手が監督やってるようなチームで、すごい刺激になった。IBが本格的に始まるまでの三年間は、とにかくサッカーに打ち込んでたかな。

―その頃は、プロになりたいと思ってたの?

うん、思ってた。日本で言う、J2みたいな地元のユースのチームがあったんだけど、その練習に殴り込みかけて、「チームに入れてくれ!」って監督に直談判しに行ったぐらいだしね。結局、ビザとかの関係で断られたけど。でも、まぁ何にしろ、プロ目指してサッカーやってて、救われた部分はかなりあったかな。英語喋れなくても、全然関係ないからね。サッカーやってて、ホントに助かった。

サッカー止めてポーカーに賭ける

―帰国後は、どんなことしてきた?

サッカー推薦で筑波大学に行きたかったんだけど、落ちちゃったんだ。それで、中大に行くことになって。それでも、大学でもサッカー続けたくて、サークルに入ったんだけど、いかんせん周りの意識が低すぎてさ。やっぱり、所詮はサークル活動だから。その辺りで、サッカーには見切りをつけちゃったかな。それとはまた別の話で、実は大学入るのと同時に、サッカー以外で何か新しいことを始めようと考えてたんだよ。それで出会ったのが、ポーカーなんだ。

―ポーカーとの出会いは、どんなもんだったの?

きっかけは、大学1年の時に行った新歓パーティーだね。その新歓自体はポーカーとは無関係だったんだけど、そこでたまたま、ポーカーやってる人と知り合いになって。それまでは、ギャンブルって大嫌いだったんだ。麻雀とかパチンコとかさ。だから、まさか自分がポーカーにハマるとは思ってなかったよね。実際、最初は半ば強引にやらされた感じだったし。でも、何度かやるうちにいろいろ知識がついてきて、どんどん楽しくなっちゃって。それでポーカーのサークルに入ることを決めて、徐々に大会とかに参加するようになったんだよね。

―ポーカーの魅力って、ずばり何?

単なるギャンブルじゃないっていうとこかな。ポーカーって、すごく頭を使うゲームだから。日本じゃ、ポーカー関連の本なんてほとんど出版されてないから、友達から借りた英語の本読んで勉強したよ。確率とか戦術とかを基礎から学んでって、相手の心理を読み解いていくんだ。そうすると、だんだん勝てるようになってくるんだよね。実際、本読んで勉強してる人は強いし。あと、ポーカーを通していろんな人に出会えるっていうのも、魅力の一つかな。ポーカー繋がりの友達って、なんでか知らないけど、面白いヤツが多いように感じる。

―面白そうだね、今度ぜひ誘ってよ(笑) ところで、大学入ってからは、ポーカーに熱中してたみたいだけど、具体的にはどんな活動をしてきたの?

最初始めた頃は、5、6人のサークルでこじんまりとやってたんだけど、2年間頑張って勧誘して回って、中大だけで20~30人くらいの団体になったんだ。他大も合わせると、ポーカー仲間って100人は軽く超えてるんじゃないかな? そんな感じで繋がりを増やしていくのと同時に、個人で大会に出たりもしてて。

最近だと、JPULっていう団体が主催してる、学生向けの大会があるんだけど、その大会で上位2位に入ると、韓国のカジノで開催される社会人の大会に招待してもらえるんだ。みんなで韓国行きを目指して毎週プレーしながら、そこでも友達がまた増えていって。実際いい出会いもたくさんあったし、すごい楽しい。

人から信頼される人間になりたい

―それじゃ最後に、今後どんな活動をしていきたいのか、将来に向けての目標なり抱負なりを!

やっぱり、まずはポーカーのことだけど、始めた頃に立てた「世界大会で日本の学生が優勝する」っていう目標が、だんだん薄れて来てる気がするんだよね。だから、それが薄れないように、今後も自分たちの団体の発展のためにがんばりたいかな。達成できる可能性は、十分あると思うし。現に、去年の世界大会で、22歳のデンマーク人が歴代最年少チャンピオンになったんだ。日本の学生にだって、優勝のチャンスはきっとあると思う。あと、個人的なことで言えば、「人間を磨く」っていうのが最大の目標かな。

―と言いますと?

人と人との繋がりを大切にできる人間になりたいっていうか、人を助けて、人から助けられる人間になりたい。人から信頼されてないと、誰も助けてくれないと思うから。自分が誰かを助けるときもそうだしね。だから、人から信頼される人間になりたい。そういう意味で、将来こういう仕事がしたいってよりも、まずは人間を磨きたいなぁって。何をしたいっていうのは特にないけど、しっかりした人間になりたいっていうか。

―なるほど、潤らしい答えだね。では、以上でインタビューを終わろうと思うけど、何か言い残したことはある?

……あっ、ある。ポーカー始めてからもそうだけど、最近すごく思うのが、英語喋れて良かったなぁってこと。ポーカーの大会で韓国のカジノに行ったときも通じたし、香港でも通じた。もちろん、日本にいる外国人のポーカー仲間とも言葉が通じる。やっぱり、どこ行っても言葉が通じるなぁって。英語できるってのは一つの武器なんだってことを、イギリスから帰国してはじめて実感したかな。向こういた頃はおれ英語大嫌いだったから(笑) イギリスから早く出て日本帰りたいとか思ってたのにさ。

―やはりなんだかんだ言っても、英語力ってのは、帰国生の強みなんだね。インタビュー、どうもありがとうございました!

こちらこそ、ありがとう! 刺激にもなったし、自分を振り返るいい機会だったよ(笑)

International School of London :
http://www.islondon.com/

インタビューアから一言

佐藤くんとはもう4年近い付き合いで、今回のインタビューも終始和やかなムードで行われました。彼のことは大概知っているつもりでいましたが、実際にインタビューという形でいろいろと話を聞くと、初めて聞くエピソードばかりで、とても新鮮でした。今回一番印象に残ったのは、「人と人との繋がりを大切にできる人間になりたい」という言葉。いつもたくさんの友人に囲まれ、皆に元気をくれる、そんな彼のキャラクターが滲み出た言葉のように、私には感じられました。サッカーからポーカーへとフィールドは変わりましたが、これからも変わらず突っ走っていって欲しいです!
interviewee_s_105_profile.jpg 荒木智博。1988年静岡県生まれ。東京の小・中学校を卒業後、高校1年の夏から3年間韓国に滞在。Seoul Foreign Schoolを卒業後に帰国し、07年4月に慶應義塾大学法学部法律学科に入学。大学2年までは、バンド活動と遊びに明け暮れる。現在3年に在学し、心機一転、就活に向けて着々と準備中である。