海外生活体験者・学生インタビューvol.51

一色敦史さん。1987年生まれ。生まれてからすぐにイタリアに越し、7歳まで過ごす。一旦帰国してから12歳の頃に渡英。ACS Hillingdon International Schoolを卒業後、帰国し、慶應義塾大学に入学。現在、法律学部法律学科3年に在学。

中学の思い出は足の骨折だけ?!

―イタリアでの生活を教えてください。

イタリアには、生まれて間もなくに引っ越して、7歳までいましたね。幼少期だったのであまり覚えていません。たぶん、コロッセオとかピサの斜塔とかにも、親に連れて行ってもらった気がしますが、あんまり覚えてないんです(泣)

―そのまま、渡英したんですか?

いえ。帰国して、中学受験をしました。でも、中学1年の1学期だけしか在学してなくて、それから、イギリスに渡りました。しかも、合格発表があった直後に親から渡英することが伝えられたので、入学時から1学期だけで転校することが分かっていました。部活にも入ろうとは思ったんですけど、足を骨折してしまったんです。だから、その中学校の思い出といえば骨折したことぐらいですね(笑)

イギリスには掃除の時間がない

―イギリスでの学校生活を教えてください。

まず、イギリスの学校に入って驚いたのは、掃除がなかったことです。日本の学校やイタリアの日本人学校では、一日の終わりに清掃の時間がありましたからね。イギリスの最初の3年間はInternational School of Londonに通っていました。最初はIntensive Englishというクラスで英語を学びました。それから、ESL(English as Second Language)も経て、一般の授業に参加して行きました。高校からはアメリカンスクールに転校しました。とは言っても、内容はインターナショナルスクールと変わらず、IB過程でしたね。

―学校で大変なことはありましたか?

IB過程の中で、CAS(キャス)というのが大変でしたね。Creative, Action, Serviceの3種類の課外活動が50時間ずつ指定されていて、その消化に苦労しました。そもそも、活動するものを探すのが大変でしたし、無償でバイトするのも面倒でした。でも、一番大変だったのはIB過程の最後の2年間。とにかく勉強する量が多かったです。

授業自体はそんなに大変ではなかったですけど、言語の問題が大きかったですね。Theory Of Knowledgeという哲学系の授業は、英語の面で、とても苦しかったです。それから、うちの学校にはHome Languageという授業があって、母国語の授業がありました。僕の場合は日本語です。楽しい授業ではあったんですけど、毎週課される小論文とオーラルの課題に追われていましたね。

お金が飛ぶように消えて行く

―放課後はなにしていました?

放課後は、シーズンごとにサッカーと陸上の練習に明け暮れていました。なにもない日はバスで家に帰っていました。日本人の友達の家も近かったので、よく遊びに行っていましたね。

―イギリスでの生活で印象的だったことを教えてください。

まず、物価がすごく高かったです。特に、ゲームセンターに行くと、身に沁みて感じました。お金が飛ぶように消えて行くんです(笑) また、遊ぶ場所がすごく少なかったことを覚えています。行くところといえば、カラオケ、ボウリング、映画にゲームセンターが一か所ずつくらいでした。あと、買い物するときは、イギリスで売られていた服が僕には大きすぎて、全然買えなくて面白くなかったです(笑)

今考えると、すごく日本人に囲まれて暮らしていました。家の目の前が日本人学校とだったので、日本人に囲まれて過ごしていました。気づけば、付き合いのほとんどが日本人でしたね。

モチベーションが下がっちゃって

―帰国してなにか感じたことはありますか?

日本に帰国して、日本って明るい!と感じました。渋谷に行くと若い人がたくさんいて、みんなオシャレをしていて、気分が明るい感じがしました。イギリスはなんだかどんよりとしていたというか。。。あと、服のサイズが僕に合ったモノが日本には多いから、服を買うのが楽しかったです。でも、一番感じたのは日本のご飯がおいしいってことでした!(笑)

―受験の話を聞かせてください。

最初は国立も受けよう!と奮起していたんですけど、慶應に合格して私立受験が終了してしまった途端、モチベーションが下がってしまって(苦笑) 国立受験まで時間があったので、モチベーションが上がらず、結局、慶應の法学部に入学することを決めました。本当は、経済学部を第一志望にしていたのですが、落ちちゃって(泣) 商学部と法学部で迷ったんですけど、法学部にしました。

―受験中に苦労したことはありますか?

大学によって準備と勉強を別々にしなければいけないことに苦労しましたね。まぁ、当たり前な話しと言えばそうなんですけど。でも、特に具体的に苦労したことって思いつかないです。強いて言うなら、受験中の人間関係に苦労しました。少人数の塾に通っていて、20人くらしかいない塾で皆が仲良くなったんですけど、いざ合否が発表になったときに、不合格になってしまって友達にどう接していいのか分からなくて、すごく困惑しました。

親父がすごいことを知る

―大学生活について教えてください。

大学ではアルティメットという、フリスビーのチーム競技のサークルに所属しています。受験中に慶應にいる塾のOBからアルティメットフリスビーの話しを聞いて、熱いなと思って、このサークルに決めました。高校はサッカーやっていましたけど、大学ではそんなありきたりなスポーツじゃなくて、マイナーなスポーツにチャレンジしようと思ったのも決め手でしたね。

アルバイトは入学してからすぐにコンビニのバイトを始めたんですけど、すぐに辞めました(笑) 一応、レジの打ち方とか商品の入れ替えの仕組みとか、興味があって始めたんですけど、店長が嫌で辞めてしまいました。今は、先輩から引き継いで、塾の講師をやっています。

―将来の夢はなんですか?

ゼミは手形法や小切手法を学ぶゼミに所属してますが、父も祖父も金融系の会社に勤めていることもあって、僕も金融系に進んで行きたいと思っています。実際、就活を意識するようになってから、親父はすごいんだと感じ始めました。それで、大学2年生のときに、このままじゃいけないなと思って、簿記の資格をとることを決めました。この間、2級に受かって、これからもっと上の級も受験しようと思っています。

ぼくも英語が苦手ですから

―最後に、「帰国」って枠組みについてどう思いますか?

特に、慶應の場合は試験には英語もないし、書類審査と面接で決まっちゃうっていう点では、他の入学方法に比べて、ちょっと優遇されている気がしますね。「帰国」っていうだけで英語ができるっていうステレオタイプが発生してしまっていて、それは入学してからも一緒です。帰国生でも色々いるっていうことを、帰国生じゃない人に知ってもらいたいですね! 僕も英語が苦手ですから(笑)

International School of London :
http://www.islondon.com/
ACS Hillingdon International School :
http://www.acs-england.co.uk/

インタビュアーから一言

大学でも日頃から仲良くさせてもらっている友人に、改めてインタビューするのは少し照れくさかったですが、快く話してくれて助かりました。普段の会話では絶対に語らないような話を聞けて、大変面白かったです。どんなに親しい友人でも、まだまだ、自分の知らないことばかりだと感じました。

interviewee_s_100_profile.jpg 鷹見裕太。1987年兵庫県生まれ。9歳から13歳までをオランダのInternational School of Hilversumに通い、16歳まで日本の中学・高校に通う。アメリカ・テキサス州のStratford High Schoolを卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に入学。現在、3年に在学。