活動報告 「世界の学校から」vol.9 吉房亮介

今回の報告者は、早稲田大学国際教養学部2年の吉房亮介さんです。おなじイリノイ州の学校でも、日本人の多いAdlai E. Stevenson High School(通称SHS)やWilliam Fremd High Schoolとはちょっと趣きが異なる、Glenbard South High Schoolを紹介していただきます。

吉房亮介さん。1988年アメリカ・イリノイ州生まれ。5歳までイリノイ州に滞在後、帰国。小学校6年まで日本で過ごし、後にアメリカ・イリノイ州の Glenbard South High Schoolを卒業後、早稲田大学に帰国生として入学。現在国際教養学部2年に在籍。

活動報告

Glenbard South High School の歴史

Glenbard South High Schoolはイリノイ州、グレンエレン市の4年生の高校で、1972年に設立されました。周辺には、他にGlenbard North、East、West High Schoolがあり、それぞれ学校の所在している方角から、名前がつけられています。Glenbardは造語で、4つの高校が所在しているGlen Ellyn(グレンエレン)市とLombard(ロンバード)市を融合することで、Glenbardという名前ができました。

財政難

Glenbard South High Schoolの学校区は、イリノイ州の中でも3番目に大きいと言われています。そのため、学校を運営するために膨大な費用が必要でした。中でも、教師に支払われる給与は、州の平均を大きく上回る額でしたから、04年から05年の学年の間に赤字決算に陥りました。

そこで、市の税金を上げることが提案されましたが、却下されてしまい、僕が所属していた05年から06年の学年では、通常では7科目の授業を受講できたのですが、それが6科目しか受講できないことになってしまいました。幸いにも、翌年、再度住民投票が行われ、また7科目授業を受講できるようになりました。

学業

Glenbard South High Schoolは他の3つの高校と比べると、全校生徒の人数が少なく、1500人程度しか在籍していませんでした。1クラスの平均人数は約20人で、全米平均と比較すると少人数でした。

教育水準は高く、ACT(米国大学入学学力テスト)では、全米の平均点をはるかに上回る成績を残しています。そして、そのスコアは年々上がっています。近年では、イリノイ州のトップ30の高校にも選ばれています。

授業も充実していて、さまざまな分野のことが学べるようになっていました。近くのコミュニティーカレッジで、自動車整備やプログラミングを学ぶこともできるようになっていました。これは、高校を卒業後すぐに働けるようにと、職業訓練も兼ねていました。さらにはAdvanced Placementといって、大学レベルの授業を受講することも可能でした。

課外活動

スポーツではあまり活躍する場面がありませんでしたが、数学とチェスの大会では数々の優秀な成績を残しています。06年には、数学の州大会で優勝しています。

学校の設備

Glenbard South High Schoolの特徴として、どの教室にも窓がありませんでした。噂では、学校を設計した人が、刑務所の設計をしていたからだと言われています(笑) しか し、設備は充実していました。特に、吹奏楽や演劇の発表に使われていた多目的ホールは、2つもありました。クリスマス休暇の前などは、学校のオーケストラ によって演奏会が行われていました。

学校のあるGlen Ellyn市

学校があるGlen Ellyn市は、シカゴから西に約20マイル行ったところにあり、都会の暮らしと田舎の暮らしを同時に味わえるような場所です。主要な高速道路へのアクセスもあり、市内に出るのにも不便はありません。さらに、近くには森林公園もあり、植物や動物と触れ合うこともできます。

僕の学校生活

僕は高校在学中にさまざまスポーツに参加していました。秋から冬にかけてはサッカークラブに在籍し、冬から春までは陸上部に在籍していました。遠征に行くときのバスの中では、音楽を爆音でかけて騒いでいました。試合に負けた帰りのバスでもなぜか騒いでいました。バスの中で騒ぎすぎて、試合をする前からバテてしまっていることもありました(苦笑)

在学していたときには、日本人は僕を含めて同じ学年に2人しかいませんでした。そのため、学校では日本語を使うことはなく、英語のみで生活していました。 日本人が多く在籍している学校では、日本人同士が固まり、休み時間など日本語で話すことがあると聞きます。その点で言えば、僕の高校は英語を学ぶのに最適 に場所ではないでしょうか。

しかし、日本人が少ないことのデメリットもありました。僕は日本での大学受験を考えていたので、そのために学校から貰う資料を集めるのに苦労しました。とくに、先生に推薦書を書いてもらったときには、大学名を間違えるなど冷や汗をかくようなこともありました。

授業では、毎回膨大な量の課題を出され、苦労していました。ひどいときには、明け方近くまで、課題をやっていることもありました。中でも多かったのがレポートの提出です。レポートを書くのに与えられる時間も短く、苦労しました。そして、テストの数も多かったので、テスト勉強に明け暮れることもありました。日本の高校のように、中間・期末テストだけではなく、一つの章が終わるごとにテストがありました。

入学した当初は、日本人の多く在籍する高校に憧れていました。友達の話を聞くたびに、転校したいなと思っていました。しかし、その気持ちも2年生になる頃にはなくなり、卒業するころには、Glenbard South High Schoolに通ってよかったと思えるようになりました。卒業した今でも、沢山やり残したことがあるような気がして、高校時代に戻りたいと思うことすらあります。

Glenbard South High School :
http://www.glenbardsouthhs.org/