海外生活体験者・社会人インタビューvol.43〜第3編〜

interviewee_s_109_profile.jpg 杉山文野さん。1981年新宿生まれ。歌舞伎町育ち。日本女子大学付属の幼・小・中・高を経て、早稲田大学教育学部に進学。卒業後、同学大学院教育学研究科に進み、「セクシュアルマイノリティと教育」を中心に研究した後、07年3月卒業。その研究内容と性同一性障害である自身のエピソードを織り交ぜた『ダブルハッピネス』を講談社より出版。重たいテーマをストレートかつポップに語ったことが話題を呼び、発売1週間で1万部の重版がかかるヒットとなった。大学院で勉強する傍ら、毎週行われる子供たちのフェンシング教室や歌舞伎町の街プロジェクトにも参加。2004年度フェンシング日本代表。「歌舞伎町よくしよう委員会」スタッフ。

そこだけ英語が流暢になりました。

―留学中のことについて聞かせてください。日本と海外で、性同一性障害に対する反応は、同じですか? それとも違いますか?

同じところっていうのは、いっぱいありますよ。やっぱり、「聞いたことあるけど、会うのは初めて」って人が多いですね。カミングアウトしても、「そんなの全然関係ない。お前はお前だよ。」って言ってくれる人が多いことも日本と同じです。

大抵仲良くなって聞かれる質問は3つで、「いつから?」「彼女とのセックスはどうするの?」「親にはカミングアウトしたの?」これはもう、世界共通ですね。そこだけ英語が流暢になりました(笑)

―文野さんは色んなところを旅されてますが、国によって違う反応があったところはありましたか?

やっぱり、ありますね。欧米はさっきのような感じですけど、この間パキスタンの人と性同一性障害のことで話してたら、「興味深い!パキスタンではそんなのありえねぇぜ!」みたいな反応でした。「カミングアウトは、中東らへんはさらに難しい」と感じました。

アラブ首長国連邦の人に話したときは、全然大丈夫でしたけど、ただ、彼は7年くらいアメリカに住んでたから、そういうところも関係しているのかも知れないです。やっぱり、外の世界を知ってる人には理解のある人も多いけど、内の世界しか知らない人は難しいと思います。

例えば、同じアメリカ人でも色々あって、テレビではみな、「オバマ、イェーイ!」という風になっているように見えるけど、本当に田舎のところではすごく保守的だし、マイノリティってぜんぜん理解ないよって話を聞きますしね。

―マイノリティに理解がない……。

しょうがない。逆に、最初から理解があっても怖いしね。やっぱり、そういう時代の流れがこれまであったわけですから、仕方がないです。IT革命で世界が変わったとしても、全部変わったとは絶対限らないし。

ただ、そういう時期には来てるとは思います。前は、殆どの人に理解がなかったのが、だんだん理解が増えてきて、そういう人が増えてきているという感覚はあります。

でも、100%の理解を得られるとは初めから思ってないんですよ。やっぱりいろんな考え方の人がいるし、100人が100人全員、「性同一性障害、全然ウェルカム」という感じになっても、逆におかしいじゃないですか(笑)

ことばとセクシャリティ

―日本のカミングアウトと留学中のカミングアウトでは、違いはありますか?

日本でのカミングアウトは殆ど抵抗がなかったんですよ。やっぱり、文化も宗教も知っているし、言語も話せるし。でも、海外では、まず文化を知らないし、何より英語が話せない。それが大きな違いです。

結局、自分にとって外見はただのコンプレックスなわけですから、中身を言葉で外に出さないと、そこにいるのはただのコンプレックスの塊なんですよね。ただ、そこに女体がいるだけ(苦笑) だからこそ、必死で英語を勉強しました。

―言葉のほかには、大事だと実感されたことはありますか?

セクシュアリティの重要性ですね。やっぱり、海外•日本に限らず、初めて会う人とは、「初めまして」「どこ住んでるの」から始まって、ちょっと仲良くなると、「彼女いるの」とか「彼氏いるの」とか聞いてくるわけですよ。でも自分の場合、向こうも気遣って聞いてこないわけです。聞いてきても、「ボーイフレンドいるのか?」とかなわけですよ、一応女として見られてるから。

だから、そういう日常的な会話からストレスなわけですよ。そこで「彼女がいる」って言って、「え?」ってなったときに、日本語だったら、「これこれこういうことなんだけど」って説明できますけど、英語だと、変な誤解を招いたりするかも知れないじゃないですか。だから、「今はいないよ」くらいしか言えなかったりとか、そういうときもありました。

―今は言葉の壁はありませんか?

流暢に話せるかどうかは別にして、こんだけ旅もしてたんで、それなりに色んな人と話したし、言葉の壁は薄くなったと思います。

やっぱり海外でも、セクシュアリティって会話の基本なので、話の流れ的にそういう話にはなりますよね。だから世界中でカミングアウトしてきました(笑)

―社会的に女の子として育てられる中で、屈することはなかったですか?

やっぱり色々あるんですよね。「文野、お前何言っているんだ、一回男とヤッたらいいんじゃないのか」みたいなことも言われるわけですよ。こっちとしては「ふざけんな」みたいな感じなんですけど、でも本当に迷っているときは、「そうなのか? いや、でも違うよなぁ」みたいな感じになったりもする。実際、「無理やりにでもヤれば?」って言われて、実際ヤッちゃう人もいるとかいないとか。

―Σええっ! それで実際変わったりは……?

変わんないですよ、絶対(苦笑)

辛いだけですよ。でもみな、自分の行き場とかポジションとか色んなことを試行錯誤して、そうやって生きて行くんですよ。自分のケースで言うと、社会に屈さないように頑張ってこうなったというよりは、本当に自分に嘘がつけなかった、それだけです。

―当事者の方々で、夜の世界のお仕事をされている方もいますが、そういった方々についてはどう思われますか?

そうですね。昔は夜の世界の人たちに否定的だったけど、今は違います。昔は、結局昼の世界で働けない人たちが、傷の舐めあいで飲んでるのかなと思ってたし、自分の辛いこと、苦しいことを、酒のツマミに飲んでるのも嫌だった。そんなことを馬鹿みたいに話してっていうのも嫌だった。

でも、最近は、それはそれとして選択肢の一つに考えていいのかなと思います。自分は夜の水商売好きですし。あれって、究極のコミュニケーションの場所じゃないですか。そういう場所で、自分のセクシュアリティ・ネタでみなの笑いを取って、ていうのも、自分は嫌いじゃないですね。

ただ、それしか働き口がないというのは問題だと思います。社会に他に受け入れ口がなくて、水商売しかないという状態は、大きな問題だと思っています。

―今日は、お話を聞かせてくださり、ありがとうございました!

いえ、こちらこそありがとうございました!

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インタビューアから一言

「こんにちは、女体の着ぐるみを着たヘンタイですが・・・藤原さんですか?」
新宿ALTA前13時、そう言って登場した文野さんは、本当にカッコよかった。杉山さんは、あたしが期待してた通りの、懐の深い、いい人だった。人間の弱いところ、強いところを知ってる、大きな壁を乗り越えた人の、独特の匂いがした。インタビューでは、海外体験の話はもちろんだが、手術の話からセックスの話など、かなり突っ込んだことまで聞いた。すどう編集長、プリーズ、カットしないで。どうぞお楽しみください!

    
    
藤原彩加。1988年生まれ。5歳から9歳までフランス・パリで過ごし、帰国後、東京の小学校に通う。小学校6年からインドネシア・ジャカルタ。中学1年の時に日本に一時帰国、中学2年でインドネシアに戻るが、その直後にカナダに渡り、オタワにある私立高校へ編入。卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、現在3年に在籍。RTNプロジェクト広報代表&慶應義塾大学支部代表として活躍。