海外生活体験者・学生インタビューvol.55〜前編〜

interviewee_s_119_profile.jpg 東馬裕子さん。東京生まれ。1歳からニューヨークに家族とともに移り住む。3歳のときにシカゴに移り、5歳のときに帰国。その後、小中高一貫の桐朋学園に入学し、高校1年のときに再び渡米する。高校2年からイリノイ州シカゴのAdlai E. Stevenson High Schoolに入学。卒業後、帰国して、慶應義塾大学商学部に入学。外資系証券会社から内定をもらうが、今年の3月に卒業し、4月から諸事情により日系大手証券会社に就職。

モス? いや、フレッシュネス!。。。で、おしゃれなカフェ。

インタビュー with
今回のインタビューウィ:東馬 裕子(とうま ゆうこ)
場所:下北沢のオシャレ~(?!)なカフェ。

倉門(以下K):こんにちは。今日はお忙しい中時間を割いて頂きありがとうございます。
東馬(以下T):いえいえ、こちらこそ。インタビューィに選んでいただいて光栄です(笑)
K:ええっと、インタビューはこの先のモスでやろうかなー、なんて思ってるんですけど、どうですか? それと、すどうさんもあとからくるそうです。
T:ああ、なんか久しぶりに会うので緊張します(笑) モスですか……。フレッシュネスバーガーなんてどうですか?! 実は、昨日のお昼がモスだったので、できれば避けたいかなぁ~なんて(笑)
K:いいですよー!(笑) では、フレッシュネスで!
(行く途中でおされなカフェを発見)
T:あ、やっぱ下北に来たので、どうせならおシャレなカフェにしましょう!
K:いいですね!(苦笑)

(店内にてパフェセットを頼んだ後、編集長すどうもやってくる)
ここから、すどうも交えてのインタビューが開始。

K:それでは、インタビューを始めたいと思います。よろしくお願いします。
T:よろしくお願いします。

“you are ‘quiet’.”と言われた。

―ずいぶんと早い時期から海外生活を経験されていたようですが、辛かったことや楽しかったことはなんでしたか?

そうですね、まず辛かったことから言うと、最初に海外に行ったのが1歳のときなんだけど、5歳で帰国したから、英語は全く喋れなくて。高校では、最初はもちろんESL(English as a second language)というクラスに1年入っていたんですね。

あるときに、クレヨンで自分を表わす言葉を書くという時間があって、teaching assistantの人から、“You are quiet.”と言われました。なんでそんなこと言うのか、理由が良く分からなくて、また、なんで自分がそういう風に思われているのか、全然分からなくって、びっくりしてしまいました。

私は静かな子ではなくて、ただ自分の言いたいことが、言えないだけなのに……。英語でそれを表す術を、まだ持ち合わせていないだけなのに、そのことが理解されなくてとても残念でした。分からないことは、ボディ・ランゲージを駆使して、一応自己表現していたつもりなのに、見えない言葉の壁のようなものがあって、とても悔しかったです。入試のことも関係あるんですけど、試験で言えば、SATとか辛かったですけど、よく勉強しました。

―なるほど。言語の違う文化に行って最初に苦労するのはやはり語学なんですね。まだ右も左も分からないのに、そんなこと言われるのは、ひどく心外だと思いますが、東馬さんはどのようにしてその問題を克服されたのですか?

とにかく、向こうではTVのNEWSやドラマを見ていました。今でも覚えているんですけど、Friendsとか、American idleとかよく見ていました。

1、2ヵ月経って、リスニングにだいぶ慣れてきて、なんとなく相手の言ってることが分かるようになってからは、英語の本を読んだり、好きなアーティストの音楽を聴いたりしていました。見たり聞いたり、自然にできて、やっぱり何といっても楽しみながら勉強するのがよい方法だと思います。

Divingをはじめる。

―ええっと、楽しかったことは?

飛び込みです。私、5歳から水泳をやっていて、高校に入ってからも続けようと思っていたから、向こうでも水泳をやっていました。私は、高校の間はずっと水泳をやっていたんですけど、Juniorになったとき、うちの高校の50mプールは浅いところと深いところで区切ってあって、後者が飛び込み用だったんですけど、横から選手が飛び込みをしているのを見て、「かっこいーなー、やってみたいなー」と思って始めたことがきっかけで、飛び込みが好きになりました。

最初はすごく怖くて、テレビで見るようなアクロバティックな技なんて、夢のようなものと思っていたんですけど、練習していくうちに少しずつうまくいって、技のレパートリーも増えていきました。難易度の高い技ができるようになったときの嬉しさは最高に気持ちいいです。

飛び込みに巡り合えたことは、水泳と同じ水中のスポーツなんだけど、異なった面白さがあって、また、大学でサークルや部を決めるにあたって強い動機になったという意味で、本当に良かったです。飛び込みの魅力は、まず、見ててかっこいい! あと、一見難しいことをたくさん練習して、達成すること、それができた嬉しさ、達成感かな。

一言でいうなら、「すごく大きい」。

―学校はどのような感じだったんですか?

私はAdlai E. Stevenson High Schoolというパブリックスクールに通っていて、一言でいうなら、「すごく大きい」ですね(笑) 生徒数は4000人で、ベースボール・フィールドは4つもあるし、50mプールもあり、校内にはガソリンスタンドもある。冬には雪が降って道を塞いでしまうから除雪車も動いていたりと、なにかとすごいです。

シカゴは富裕層とそうでないものとの生活地域が分かれていて、私の学校の地域は比較的裕福でした。あとは、そうですね、日本人も多かったです! 学校全体で40人くらいかな。多いので、外国人と一緒にいるよりも日本人とつるむ機会が自然と多くなって、語学の習得ということに関してはちょっと不利なところがあったかもしれません。とにかく向こうではいろいろ忙しかったです(笑)

―そうなんですか。私にとってはむしろちょっとうらやましいです。うちの学校には学年で僕を含め2人しかいませんでした。だから、言語も全然話せないまま、積極的に外国人にハードタックルしないといけない環境でしたから(苦笑)

髪の毛をとかすと、バリバリバリ! って。

―シカゴの気候はどうでしたか? 北の方なので、冬とかとても寒そうな印象があるのですが。

はい。とても寒いです(笑) 冬はマイナス20度近くまで行きますし、息を吸うと空気が凍っているので、呼吸が辛いです。髪が濡れているときにくしでとかすと、バリバリバリ! って、氷がくしにひっかかって落ちるんですよ! こんな体験はホント初めてでした。夏は、そうですね、湿気はないので、日本よりは多少快適だと思います。ただ、日差しが強くて、ジリジリと皮膚を貫くような暑さがあるので、そこは若干辛いですね。あ、それと、サマータイムがあります。

―文化の違いを感じたことはありますか?

夏に、星条旗がプリントしてあるサンダルを履いて学校に行ったんですけど、それを見て、先生に「国旗を足の下にはかないように」と諭されたのを覚えています。日本と比べて愛国心が強いように感じました。アメリカ人は国歌斉唱のときは、みんな言われずとも起立して歌いますけど、日本人の場合、国歌斉唱は、歌うこと自体に、賛否色々な議論がなされてますよね。

―海外経験をすることで得たものはなんですか?

英語が使えること。それがあるとないでは違う。自分が苦労したように、母国語でなくても、相手に自分が思っていること、伝えたいことを言葉にできることは幸せだと思います。あとは、人とコミュニケーションの時に、日本人は多少の理不尽なことがあっても、相手が上司だったり、先輩だったりすると、緊張してしまって不満やささいな意見を述べることに抵抗を感じる人が多いように感じるけど、私の場合、理不尽なことがあれば、言いにくいことでも、バサバサ相手になんで? って尋ねたり、おかしいことはおかしいと以前に較べてはっきり言えるようになったことは良かったと思っています。

―日本にあって、アメリカにないことで苦労したことはありますか?

それは歩いてどこでも行けるとこ!!(笑) アメリカは広すぎて、どこ行くにしても車が必要だから、それがいちいち面倒で。日本は公共交通機関も発達しているからとても便利です。

―なるほど。僕は、PASMOが衝撃的でしたね。向こうではまだ路面電車が走っているくらいですから(笑)後編はこちら>>
interviewer_s_47_profile.jpg 倉門和遠。1986年東京生まれ。高校1年まで日本で過ごすが、その後、父の転勤により、スイスのジュネーブでおよそ4年間過ごす。International School of Genevaを卒業後、大学受験のため日本へ帰国。慶應義塾大学に進学し、現在法学部法律学科3年に在学中。