海外生活体験者・学生インタビューvol.57

interviewee_s_123_profile.jpg 小川瞳さん。1988年11月11日名古屋市に生まれる。3歳頃に東京へ移り、小3まで過ごし、その後は父の転勤で香港生活を送る。小学校卒業まで日本人学校に通い、中学校から高2の冬まではAmerican International School Hong Kongに通い、帰国後、東京都立竹早高等高校に編入。07年に慶應義塾大学法学政治学科に入学し、現在は3年に在籍。政治学科小林良彰研究会のゼミに所属。

香港の生活

―エネルギー溢れる香港―

香港はとにかく賑やかで、活気があふれるところ。食べ物もたくさんあるし、人々も元気いっぱい。日本を全体的に「静」だとしたら、香港は全てが「動」いている感じがする。東京よりは大阪の方が香港に近いのかもしれないね。東京の人より大阪の人の方が、広東語にすぐ馴染むと言われているし。大阪のノリとか関西弁のイントネーションとか、香港に近い? エネルギーいっぱいの香港が本当に大好き。

―イギリス文化を受け継ぐ―

香港ではイギリス文化が根強いているように感じた。またスクールバスもあるし、共働きの家庭も多いし、スーツを着たキャリアウーマンもよく見かけた。転職も多く、香港はこれを受け入れる社会。これはイギリス文化の影響だと思う。ここに香港の人達の誇りがあるのだと思う。香港は中国と違うところがあるということ、国際的で欧米的な自由が香港にはあるというところに、彼らのプライドがあるように見えたな。

―香港で経験した反日感情―

自分はずっと、日本人コミュニティーに守られていたから、香港生活は楽しかったし、快適だった。でも、唯一「怖い」と思ったのは、05年に香港で反日運動があったとき。香港は様々な背景を持った人たちが集まる国際都市で、例えばインド人とかもいる。彼らがバスに乗っていても、香港では日常的なこと。デモが起きたとき、私がいつも通りにバスに乗ろうとしたら、「日本人なの?」って中国系のドライバーに聞かれて。日本に占領されたという強い感情と中国のアイデンティティ意識の昂揚がデモに繋がったのだけど、その時は怖かった。それでも、やっぱり香港が大好きという気持ちが大きい、香港は私のもう一つの故郷。

帰国後の生活

―ホームシックにかかる―

実は家族よりも1カ月先に帰国したの。でも香港に帰りたくて、帰りたくて(苦笑) 「頑張ればいいことが必ずある」って思ってたけど、そのとき私にとっての「いいこと」は香港に帰ることだった。香港が大好きだから。頑張っているのに、何で香港に行けないんだろうって思ってた。でも、すぐ日本での生活にも慣れたよ(笑)

―帰国して受けたカルチャーショック―

香港で生活していても、日本への憧れがあった。雑誌とかテレビとかで、日本の妄想が膨れ上がって、日本を美化してた(笑) きれいな街だとか。もちろん現実は違っていて、そのギャップにショックを受けたなぁ。あと、編入した公立高校は帰国生を受け入れていたけど、日本色が強くて、香港との教育の違いにもショックを受けたかな。授業での発言とか、手を挙げないとか、どうして?って。でも、すぐ学校生活にも馴染んだよ(笑)

大学の生活

―今の学科に入りたいと思ったきっかけ―

香港のインターナショナル・スクールに入ったとき、「あなたのおじいちゃん、おばあちゃんたちが、戦争で中国にたくさん酷いことをしたんだよ」って言われて、それで初めて日本は戦争をしていたことを知って、ショックだった。そうゆうことは教わらなかったし。私にとっては衝撃的なことだった。当時は小学生だったから。だからもっと知りたい!って思った。国っていう枠があるから、戦争が起きるのかなって。それで慶應の政治学科に入ったの。

―サークルのOVALについて―

OVALに入ったのは、元々日中韓に興味があったのと、「日中韓3ヵ国からの学生3人1チームで、一緒に何かを目指し、共同意識を持たせる」というOVALのコンセプトに共感したから。政治や文化という主観的なものではなく、お互いが冷静になり、じっくり向き合って議論する機会が私たちにはない。だから、ビジネスという共通のものを、同じ目線で相互が向き合う手段として、利用するのがOVAL。このビジネスコンテストを通して、日中韓関係対して自分も動きたいと思ったの。それが将来国を担うだろう各国の学生たちが社会人になり、国として何かをするときに役に立つと思う。

―伝えていくべきもの―

SARSが発生したとき、企業から一時的退去命令が出て、3ヵ月くらいだけど、大阪の中学校に通っていたの。それで、修学旅行の準備として沖縄や戦争について勉強したんだけど、日本が原爆などでどんな被害を受けたかは勉強しても、日本がアジアでしたことには、一切触れられなかった。私は修学旅行まで日本にいないから、変わりに香港での体験をレポートして書いて、クラスの人達に見せたの。日本が戦争時にアジアに対して行ったことや香港で感じた反日感情とか。でも、クラスの人たちはそういうこと知らなくて。こうゆうことは、伝えていくべきものだと思う。

―共同意識とは―

日中韓の学生たちが共同意識を持てば、相互関係はよくなると思う。敵としてではなくて自分の仲間として捉える。反日感情の存在など、彼らのことを知ること。将来リーダ―として未来のアジアを担うであろう参加者達が、お互いの価値観を深く理解することが必要。そういった過程の中で、参加者同士が協力し合いながら未来のアジアを創り上げていこうとする、それがOVALの考える共同意識。

そうすれば、彼らが自国を引っ張っていく立場になったとき、国家同士が一緒に何かをしなくてはならなくなっても、国境を越えて彼らがそういった共同意識で取り組んでいける。私も「Beijing 2007」と「Seoul & Tokyo 2008」に参加して、現地で自分を案内してくれる相手がいるっていうのは、大きいことだと思った。こういった活動は、大人がやるのではなく、自分たち、日中韓の学生が、同じレベルで行うことに重要な意味があると思う。

―OVALを通して得たもの―

OVALの将来を決める会議というのがあって、それはもう壮絶な経験だったなあ。私は通訳として参加したのだけど、みな部屋にこもって徹夜で作業。みんなが考えるOVALの将来のベクトルがずれてしまって。でも、みんなOVALのことを真剣に考えていたから、泣きながら話し合いをしたの。最終的には、そのベクトルは一致して、会議は無事に終了。それはとても貴重な経験だった。

活動していた中で、自分がいかに未熟か、また、足りないものがいかに沢山あるか、ものすごく実感させられたのも事実。OVALではINPUTよりOUTPUTを求められることが多くて、でも、それを可能にする知識とか、人に伝えるツールとしてのスキルとかが足りなくて。団結して何かをするということ、また、団結すること自体がいかに難しいか。社会人との出会いで教わったこと、そして、その経験を最大限に生かしたい。

今後の生活

―今は日本のためになることをしたい―

帰国子女という意識はないけど、香港で得たものは、ものすごく貴重なもの。日本に来ても、今では色々なことに繋がっていることを実感しているし、私は恵まれていると思う。それを生かして、日中韓問題を日本はどうすべきかという課題について、考えていきたい。今までは外交だと思ってたけど、国内にも様々な問題があるということに気がついたし。「日本が魅力でありつづけることが最大の安全保障」という、前塾長の石川忠雄氏の話を読んで、こんな見方もあるのかと思い、今は日本のためになることをしたい。そのために、自分に足りないものを、今後の大学生活で埋めていきたいなぁ。

American International School Hong Kong :
http://hs.ais.edu.hk/
OVAL :
http://oval-japan.org/
活動報告 vol.24 河島英雄 :
http://www.rtnproject.com/2009/06/_vol24.html

インタビューアから一言

1年生からの友人ですが、今回は、また新たな一面が見えた気がします。自分の中の芯がしっかりしていて行動力ある瞳ちゃんを、このインタビューを通して知ることが出来ました。本当に香港が大好きだという気持ちが伝わって来て、私も行きたくなりました。今年の夏休みにでも行こうかな?(笑) 今回は貴重な時間をインタビューのために割いてくれてありがとう!
interviewee_s_102_profile.jpg 長澤慶美。1987年千葉県生まれ。13歳のときに単身留学し、カナダのトロントへ。約6年間滞在し、Victoria Park Collegiate Instituteを卒業。帰国し、慶應義塾大学法学部政治学科に入学。現在3年に在籍。経済学部のPCP(プロフェッショナル・キャリア・プログラム)に所属。