海外生活体験者・学生インタビューvol.58〜後編〜

interviewee_s_124_profile.jpg 竹内友理さん。1987年東京で生まれる。4歳のときに、アメリカ・コネチカット州へ。11歳で帰国するが、中学校卒業後、再びコネチカットへ。Greenwich High School卒業後、東京大学文科Ⅰ類に入学。GEIL、日米学生会議、University of Tokyo Debate Society等、様々な活動を活発に行っている。現在法学部3年に在籍。

自分たちで問題設定をし、トラブルを解決する

大学1年のときは、まず学生団体WAAVの一環であるGEILに参加しました。政策立案コンテストで、いくつかのグループに別れ、自分たちで問題設定を行い、それを解決する政策を考えるというものでした。

私たちの班は、一晩中議論するぐらい仲が良くて、良い政策を考えたと思ったのですが、残念ながら入賞できませんでした。医療を受けられない人のために政策を作ろうとしましたが、20分のプレゼンテーション時間で、審査員である実際の専門家に、全てを説明し切れず、十分に伝わりませんでした。ただ、達成感と充実感は得られて、とても良い経験でした。

駒場の1年半は、教養ゼミの中でも有名な川人ゼミに所属していました。学年責任者として、数多くあるパートの調整役を務め、各パートのフィールドワークが円滑に進むよう助け、時にはトラブルを解決しないといけませんでした。川人ゼミの一番の魅力は、学校の授業で得られないものを得られるというところにあると思います。一生の仲間を得ることができただけでなく、学生のうちに外へ出てゆき社会を見るということの重要性を再認識し、フィールドワークであったり、トラブル解消であったり、色々体験させてもらうことができたので本当にこのゼミには感謝しています。

ときには絶望を感じるときもある

1年の春休みは、UNICEFのイベントの一環でインドの一番貧しい町に行きました。今まで貧困層を助けたいと思いそのための活動をしていたくせに実際の貧困というものは見たことなかったので、不安な気持ちと楽しみな気持ちが混じり合っていました。しかし、実際に見て、なんだか想像していたことそのままで、絶望を感じました。機会が全くないというのが、強く印象として残ってます。

例えば、UNICEFの車を見るだけで、子供たちが集まってくる。皆寄ってくるけど、全員は助けられない。仮にお金をあげても、短期的な解決策にしかならず、長期的には彼らのためにはならないという状況でした。でも同時に、UNICEFが現在行っている効果的なプロジェクトが見られました。例えば、インドにあるUNICEFの施設では、栄養失調の子供をケアすると同時に母親に様々なスキルを教える入院施設があります。

2年の夏には、日米学生会議(Japan-America Student Conference: JASC)に参加しました。最初は日米って私じゃん!と思い、自分が参加する意味を持てないまま参加しました。でも結果的には凄い意味があって、というのも、自分の知っているアメリカというのはコネチカットだけで、他の地域のアメリカ人がいかに違うかというのを実感できたし、また、日本の学生と1ヵ月過ごすことができました。日本や世界を変えたいという高い志を持った学生もいて、未だに印象に残っています。JASCの一番よかったことは、一生やっていける人と会えたことかな。JASCに参加しなければ、会うことができなかった人に会うことができて、幸せです。

パートナーとの相性が最悪だったけど

ディベートにも1年の頃から関わっています。はじめた理由としては、まず第一に、競技ダンス部を辞めたこと、第二に英語力の維持のため、そして、第三に純粋に面白いと思ったことです。

何より一番大変だったのはパートナーとの相性でした(笑) 1年の頃は全くパートナーシップがなく、20分の準備時間のうち、18分喧嘩してたこともしばしば。たまに辞めたいと思ったときがあったけど、辞めるのも悔しいし、ディベートも好きだったから、続けました。

変化のきっかけは毎年10月に行われている日本英語交流連盟が主催する、英語対抗ディベート大会の出場でした。この大会に向けて、パートナーは夏休み中ほぼ毎日他大に通って練習をし、私は変人扱いされながらも、JASCの間にスピーチ練習をしてました。別々の場所で同じベクトルを目指してたから、後は合わせるだけだと思って。結果的に上手くいき(準優勝)、その後の大会でも良い成績を残し続けることができました。

もっと色々体験しないとわからない

今年の8月に開催される日米学生会議の副実行委員長を務めるので、それまでは日米学生会議関連の活動を中心に行います。これが凄い大変で(苦笑)、広報準備、フライヤー、ポスター、財団申請、OB・OG訪問、スポンサー集め、サイト整備、選考基準決定……などなど、行わないといけません。

しかも他の団体と違って、8人という少人数で行うので、かなりの責任です。全体の運営の準備だけでなく、JASCには7つの分科会があるのですが、BRICs分科会のリーダーとして、それに関するリサーチを行わないといけないし、函館担当として、参加者が函館に来たときの企画の準備を行わないといけません。

確かに大変なんだけど、それでもやってよかったと思っています。まず、日米学生会議は今年でなんと創設75周年という日本で最も歴史ある国際交流団体なのですが、参加から何十年経ってもこの会議に対して熱い想いを持ち続けていらっしゃるOB/OGの方々のお話を訪問時に聞くことができることがうれしいというのと、それから、75年という節に関わるということが名誉だというのと、最後に、去年味わえた楽しさをもう一度体験し、また今年の参加者に提供できるということがあります。

将来は何をするのかはまだわかりません。やりたいことがありすぎというのもあります、ゆくゆくは貧困問題に関わっていきたいけど、ただ、もっと色々体験しないと、どのアプローチが一番適切なのかがわからないです。どんな道に進んだとしても、ベストを尽くすことと笑顔でいることは忘れないようにしたいです。

前編はこちら>>

Greenwich High School :
http://www.greenwichschools.org/

インタビューアから一言

実は、ディベートのパートナーは私です。1年生のときの態度はごめんなさい(笑) 凄い人だとは、以前から思ってはいましたが、話を聞けば聞くほど活発的だなと感じました。ディベートも上手いし、他の活動もできるとのが、すごくうらやましいです。将来は、社会に貢献してくれる、未来のリーダーになってくれることを期待しています。忙しい中、インタビューに応じてくれて、ありがとうございました。
interviewer_s_126_profile.jpg 井戸翔太。1988年岐阜県生まれ。出生後東京に引っ越す。6歳の時に渡米し、カリフォルニア州サンディエゴに12年間滞在。Rancho Bernardo High School卒業後、帰国し、東京大学文科Ⅱ類に入学、現在1年に在籍。RTNプロジェクトをはじめ、大学内外で様々な活動を行っている。