海外生活体験者・社会人インタビューvol.53

interviewee_s_140_profile.jpg 今野泰伸さん。出生から高校卒業まで、スペインはマドリッドに在住。小・中学校時代は日本人学校に通学し、高校時代は現地校Colegio Nuestra Señora de las Maravillasに進学する。2000年に慶應義塾大学経済学部入学。学生時代はアルペンスキーに熱中する。04年に卒業後、ソニー株式会社に入社。現在は消費者向けサービスの新規事業に関する仕事に携わっている。

Nací en España (スペインに生まれる)

―今日はよろしくお願いします。生まれはスペインだとお聞きしたのですが。

スペインの大学院を卒業し、スペインが気に入った父親は、一旦日本に帰国したものの、結婚後すぐに再び渡西。そこで起業していたから、自分は必然的にスペインで生まれて、スペイン人のように育って行った。日常生活はスペイン人と化していてスペイン語を話していたけど、小・中学校時代は、日本の文部科学省指定の教科書を使った日本人学校には通っていた。高校は日本へ帰国せず、現地校に進学することにした。スペイン語に関しては全く問題なかったから、苦労せず現地校でやっていけた。

―スペインでの生活に上手く溶け込んでいたんですね。

ステレオタイプかもしれないけど、やっぱり偏見や人種差別はあったよ。小学校の頃はよく「中国人」と馬鹿にされたし。でも、自分は日本人としての誇りが強く、自分のことを「日本人代表」だと思って行動するようにしていた(笑) スペインでは、日本といえばやっぱりアニメだとか、テクノロジーがすごいとか、一目置かれていたから、日本人であることに自信を持てたよ。

―それもあって日本の大学に進学することにしたのですか?

そうだね(笑) 日本に住んでみたいと思った。でも、ちゃんとスペインの大学も受けたよ。日本のセンター試験みたいなのがスペインにもあって、それを受けて、滑り止めとしてスペインの大学をひとつ確保しておいた。高校卒業後、帰国して予備校に通ったね。慶應経済と早稲田政経に合格したけど、京大は落ちたな~(苦笑)

ES出し忘れた!?

―大学ではどのような活動をされたのですか?

準体育會アルペンスキー部に4年間所属してた。アルペンスキーっていうのは、立っているポールの間を通り、どれだけ早く滑ることができるかを競うスポーツなんだよ。

―何か役職は担いましたか?

法政、早稲田、立教、慶應、中央の5大学のアルペンスキー部が参加する、五大学対抗大会の実行委員長を務めた。特に大変なことはなくて、地味な作業ばっかりだった。大会日程の調整や宿とバーンの確保、表彰状やトロフィーの手配、各大学の作業配分とかね。

―大変だったことはありますか?

うーん。。。大変だったといえば、3年次の3月に大会が開催されたことかな。この頃って、就職活動真っ最中じゃん? だからESを出し忘れたことも(爆)

行きたいところしか受けなかった

―ES出し忘れた!?

外資系金融(JPモルガン)のね。投資銀行部門を受けようと思っていたんだけど、実行委員長の仕事が忙しくて、気づいたら締め切りが過ぎちゃってた(苦笑)

―それはもったいないですね。。。どのような軸を持ちながら活動を行っていたんですか?

高校の頃から、もともと起業したいと思っていたから、短期的に資金の貯蓄が可能で、経営に携われること、色々な人とのコネクションを作れることの3つに重点をおいて就職活動を進めた。

―となると、他に受けた業界があるということですね?

外資系金融の投資銀行部門以外には、商社とコンサルも数社受けた。でも、数は少なく、10社ぐらいかな?

―少ないですね!?

日本の受験経験もないのに、部活で忙しくSPIの対策をまったくやらなかったから、受けた企業のほとんどで落とされた(苦笑) 今の会社から内定もらえたのも、本当にラッキーだと思うよ。ただ、妥協はしたくなくて、行きたいところしか受けなかった。

就職活動で求められること

―かっこいい! どんなことを考えながら就職活動を乗り越えましたか?

ES(エントリーシート)は印象に残るように書くこと。特に大企業だと、何万通ものESが送られてくるからね。印象に残らなかったらそこでアウトだよ。あと、筆記はちゃんと勉強したほうがいい。

面接は、まず語学はできて当たり前だから、あまり聞かれないと思う。そこを押しても無駄。考えておいた方がいいのは、海外にいて何を学んだのかということ。エピソードとかを織り交ぜて、具体的に話せるようになったほうがいい。誰もが言いそうなことを言わない。具体的な体験談を述べて、オリジナリティを出すのを心がける。話は多少盛った方がいいけど、嘘くさいのはNG。いかに自分の体験を上手く見せるかが勝負かな。熱意は本気度を示すから、ある程度必要だと思う。それと、常識的に行動すること。

あと、忘れてはいけないのは、採用活動とは、企業にとっても将来的に自社に利益をもたらす手段の一つだということだね。

―確かに、企業からの側面を考えるのも大事ですね。

うん、大事だと思う。採用した人が今後価値を生み出せるかどうかを判断する際には、企業は2点を見ていると思うんだ。

まず1点目は、ビジネス発見能力を持っているか。チャンスを逃さず、どこに今後のビジネスの種が眠っているか見つける能力のことだね。2点目は、ビジネスを発見した際、実際に価値を生み出すためのプロジェクト・マネジメント力やスケジュール管理能力があるか。物事の優先順位を決めたり、計画的に実行したりする能力があるかどうか。

この二つの能力を、面接で見てると思うんだよね。もちろん直接言うのはダメだけど、具体的なエピソードを通じて、「私はビジネス発見能力を持っている」ことを、ちらりと見せる。新卒採用は、ポテンシャル採用だから。外資系ではこれらの能力だけではなく、論理的思考力や、その場で考える能力も同時に見ていると思う。

―なかなか難しいですね(苦笑) OB・OG訪問をされたときは、何を重点的に聞きましたか?

まず、やりたいことができるか聞いた。やっぱりしたいことができないとだめでしょ?(笑) あとは、企業として、どういう人材を求めているか、かな。

―なるほど。参考にさせていただきます!

お金が絡む限り縛られる

―先ほど、起業の話がでましたが、そもそも何故起業したいと思ったのですか?

人に使われたくないと思っていて。やりたいようにやりたい!という考えがあった。だから、これらができるのは、自分が社長になるしかないと思って。

―今も起業に向けて頑張っているのですか?

それがねぇ。。。結構、今は「もう、いいかな」って考えている(笑) 大企業に入っても、起業しても、結局お金が絡む限り、誰かしらに縛られると思うんだ。違いがあるとすれば、収入や、社会的影響力ぐらいかな。今は安泰に暮らしています(苦笑)

ソニーでの仕事、そしてこれから

―就職活動の話、ありがとうございます。それでは、ソニーではどのような仕事を行っているのですか?

最初は、B2B(Business-to-Business)の仕事を担当していた。具体的に言うと、放送局が使っている、放送業務用機材関連の販売を行っていた。04年当時は、放送局がアナログからデジタル方式に移行しようとしていた時期なんだ。収録から放送まで、全てハイビジョンで行えるように新製品を売り込んでいたよ。

07年から09年は、その前の仕事と関連しているんだけど、今度は放送局の下請け制作会社のデジタル化を手伝った。今はもう、この分野で営業してもほとんど利益があげられないから、かなりいい時期にいたかな。

―現在はどのような仕事をしていますか?

コンシューマー部内のネットワークサービス推進部で仕事をしている。言い換えると、新規事業を行うところです。もともとB-to-C(Business-to-Consumer)を志望していて、やっと行けたからうれしい(笑)

具体的には、ハードウェア・エンハンスという分野で仕事をしていて、仕事内容としては、ソニー製品に付加価値をつける事業です。色々なソニー製品を組み合わせて、シナジーを起こすようにしている。わかりやすい例としては、カーナビ(nav-u)に、グルメやホテルなどの様々な情報を載せて、カーナビをもっと使いやすくしたりするんだ。こうやってお客様の生活をより快適にするよう、日々頑張っている(笑)

―なるほど! 今後はどのように働いていきたいと思っていますか?

今後は海外に行きたいと考えている。B2Bの仕事をやっていたときも、マイアミにいける機会があったんだけど、一生その事業をやりたくなかったから、断ったんだ。だから、今後は今いる事業内で海外にマネージャーとしていきたいと思う。早くて2年後くらいかな。

―ありがとうございます。それでは最後に就活生に一言をお願いします。

帰国生という時点で、日本で生まれ育った一般の人と違う。でも、帰国子女にも色々いる。大事なのは、帰国生の中で、自分のオリジナリティを出すことだと思う。

―ありがとうございました!

インタビューアからの一言

ザ・ラテンで、フランクにお話くださり、インタビューはたのしく進みました。話しやすい人って、こういう人のことなんだなーと思いながら、お話を聞ききつつ、たくさん質問をしていました。話がしやすいだけではなく、まじめな深い話が聞けたので、とても貴重な体験ができました。これからも色々と話を聞かせてください! 本当にありがとうございました。
interviewer_s_26_profile.jpg 井戸翔太。1988年岐阜県生まれ。出生後東京に引っ越す。6歳のときに渡米し、カリフォルニア州サンディエゴに12年間滞在。Rancho Bernardo High School 卒業後、帰国し、東京大学文科Ⅱ類に入学。昨年は英語ディベート部の部長を務め、今年は日本パーラメンタリーディベート連盟国際渉外担当を務める。現在、 経済学部3年に在籍。