海外生活体験者・学生インタビューvol.68

interviewee_s_143_profile.jpg S.K.さん。1989年生まれの横浜市出身。小学2年生から4年生までをSan Franciscoで過ごし、帰国。その後再びSan Diegoに渡米し、Torrey Pines High Schoolに高校卒業まで通う。08年4月に京都大学経済学部へ入学し、現在は2回生。経営学を専門とするゼミに所属し、コンサルティングなどの基礎を学んでいる。

―よく飯食べに行くから、ある程度はこういう話をしたよね(笑) まあ、今日は詳しくお願いします!

そうだね(笑) よろしくお願いします。

なぜか2回ともカリフォルニア

―まず、どうして海外に行ったんですか?

親の仕事の関係です。父親の転勤についてアメリカに行きました。アメリカのカリフォルニア州のサンフランシスコとサンディエゴ。なぜか2回ともカリフォルニア州でしたね。最初は、サンフランシスコに小学校2年から小学校4年の途中まで、2回目はサンディエゴに、高校1年から高校の卒業まで住んでいました。

―小学校の時は英語とか苦労しました? いきなり授業が、全て英語になるわけだから。

最初は苦労しました。ESL(ELD)がそもそも存在しない学校だったので、最初は本当に辛かったです。いきなり『トム・ソーヤーの冒険』とか読むことになったりしましたしね。当時は電子辞書なんて持っていなかったから、紙の辞書を使いながら、必死に訳しながら読んでました。まあ、それでも半年間くらい経ったら、なんとか慣れてきて、意思疎通ぐらいは出来るようになりましたけど。

―英語一度も習っていない小学生にトム・ソーヤーはキツそう(苦笑) 文法も何もわからないだろうし、単語と単語をつなぎ合わせて、意味を取ってくことしか出来ないだろうしね。

あと、大変だったのが、2回も転校したことですね。アメリカの学校は学区制だから、地区によって通う学校が決まっているんですけど、最初に通うことになっていた学校がいっぱいで、その隣の学区の学校に行ってくださいって言われて、そっちに入りました。でも、2、3カ月したら、今度は、クラスに空きが出来たから戻ってこいと言われちゃって(苦笑) その9ヵ月後には、私立に転校しました。

野球やりながらひまわりの種を食べる

―2、3カ月って、せっかく友達とか出来て慣れ始めたところなのに……。運動とかは、やってましたか?

野球と水泳をやってました。日本にいたときから、野球も水泳もやってたので。野球は、アメリカ人が食べてるひまわりの種みたいなのに、最初面食らいましたね(笑) 試合中もずっと口の中に何か入れているし。

―あー、ひまわりの種!(笑) あれって、確かseedsって呼ばれてるんですよね? 色々味があって。面白かったよなあ。塩味やらバーベーキュー味やら。ベンチにいるときだけじゃなくて、プレー中にも食べてるからなあ……。しかもグランドに殻を吐きまくってるし(笑) あれって、外の殻の味付けを楽しんでから、殻割って、中の種みたいなの食べるみたいな感じでしたよね。

あとはベーブルースガムもありましたね(笑) なんか、全員が全員、やたらと同じガムを持ってました。水泳は、日本と違って上手さによって人を分けたりしないから、最初は驚きました。アメリカは、とりあえず泳いでおけば速くなるからって方針らしいです(笑)

―運動でクラス分けないのって、なんかアメリカっぽいかも(笑) 小学校のあとは、日本の中学。あれ、そう言えば、中学受験したんですよね?

そうですね。攻玉社っていう、中高一貫のところに途中まで通ってました。帰国生がたくさんいる学校だったから、帰国生用の英語クラスとかあって、そのクラスに入りました。結構レベルが高かったと思います。アメリカの学校で使うような教科書を使ってたので、サンディエゴ行ったときには、それのおかげでかなり助かったと思います。

―サンディエゴって、ぼくが住んでた場所から近いですよ! ロサンゼルスの辺りだったから、車で数時間したら、サンディエゴ。何回か行ったこともあります。もしかしたら、アメリカですれ違ってたかも(笑)

慶應の一般入試でも合格する

―高校はどんな感じで過ごしていたの? 運動は?

高校一年になって、また親の転勤でサンディエゴには行って、そこの高校を卒業しました。柔道を中学校のときから始めていて、高校まで続けてましたね。地区大会などで何回か優勝もしましたよ。アメリカの学校は、課外活動なんかである程度の成績を残したら、単位認定してもらえるから良かったですね。今も柔道は続けてますが、かれこれ7年目です。ちなみに黒帯です(笑)

―おーぅーブラックベールト! そう言われると、確かに強そう(笑) 勉強はどうでした?

高校に入学したときは、ES細胞なんかを扱う遺伝子工学に興味があったので、授業はバリバリ理系の科目ばかり取ってました。数学、物理、化学、生物とか。

―へー、元々理系だったんだ?

そうですね。でも、高校2年生の時、コングロマリットっていう、色々な業種に進出している企業形態のことを知って、経済方面に興味は持つようになりました。

―何故、文系にしようって思ったんですか?

高校2年で経済に興味を持ったのですが、3年のときには完全に文系志望になりました。本当に最後の最後ですけど。理系に興味がないってわけではなかったのですが、色々な業種に関われる仕事がいいと思って、会計士とかコンサルなんか良いかもなって思いました。それで、それだったら、文系の経済学部かなって。

―あ、そうそう。ちょっとだけ話がずれてしまうんだけど、慶應の経済学部に一般受験で合格したって聞いたことがあるぞ。

どうしても、経済学部に行きたかったのですが、SATのスコア的に少し厳しそうだったから、帰国枠では経済学部を受験しませんでした。帰国枠とAO入試と一般のどれか一つを受けたら、他で受けられないので。それで、帰国枠で受験するよりも、一般受験した方が、まだ受かりやすいかもって思ったので、一般で受けて、受かりました!

―本当に受かるのはすごい(笑)

予備校は週5、一日3時間の講義と3時間の自主勉強

―今は公認会計士目指して、頑張っているんでしょ?

そうですね。大学1年生の12月から、予備校に通って勉強してます。さっきも言いましたけど、公認会計士は高校のときから興味を持ってたから、頑張ってます。試験は難しくなっていて、厳しい感じですけどね。仮に公認会計士になれたとしても、監査だけの仕事をするのではなくて、色々な業種に携わって行きたいです。

―食事に誘っても、よく予備校がって言ってたりするけど、どのくらい勉強してるの?

週5で、一日3時間くらいの講義と、3時間くらいの自主勉強かなあ。大学受験のときよりは、勉強している自信があります(笑)

―すごいなあ……。大学ではあまり見かけないけど、予備校で勉強してるんですね。

気候はあんまり好きじゃないかも

―じゃあ、最後に京都生活どんな感じですか?

京都は住みやすいと思います。学生が沢山いるから、学生のために安くて美味しいお店がたくさんあるし、葵祭や祇園祭なんかの日本の伝統的なお祭りがあるのも良いと思います。海外が割と長かったので、逆にそういうものもすごく興味がありますね。でも、気候はあんまり好きじゃないかも(笑) 夏はものすごく暑いし、冬は逆にものすごく寒かったり。冬は雪も降ったりしますしね。

―夏と冬の気温の差は激しいですよね。移動が基本的には自転車で、乗るときには、もうちょっとしたら、手袋が必須になってくるし。手袋しないと、かじかんでしまう(苦笑)

大学も都会のど真ん中にないから、勉強に集中しやすかったりしますよね。都会の影響を受けにくいのも良い点だと思います。あと、うちの大学限定?かわからないですけど、ゼミが2回生から始まるのは、他の大学と違って、専門的なことをより多くの時間できるから良いと思ってます。

それから、この前鴨川の辺りで日本料理を食べてきたんですが、ありきたりだけど、京都には風流があります!

―今日はありがとうございます! さ、昼飯食べに行こう!(笑)

Torrey Pines High School :
http://www2.sduhsd.net/tp/

インタビューアから一言

冒頭にも 書きましたが、彼とはよく飯を食べに行きます。とても気さくに、アメリカ人みたいに、付き合える奴です。良い意味でドライな感じですね。友達と遊びつつもしっかりと勉強をする。遊びと勉強を両立できる奴ではないかなと思います。今回のインタビューで、彼がエネルギッシュに色々頑張っていると知り、僕も見習いたいと思いました。これからもよろしく! また飯食べ行こうぜ(笑)
interviewer_s_57_profile.jpg 山下博之。1988年神奈川県生まれ。小学校6年生の時に渡米し、カルフォルニアに在住。以後、日本人学校に10年生まで通い、その後、West High Schoolに転入し、卒業まで在籍。帰国し、京都大学へ入学。現在、経済学部2回生。