海外生活体験者・社会人インタビューvol.56〜前編〜

report_29ookawa_4.jpg 大川佑さん。1981年生まれ。小学2年生でスイス・チューリッヒに渡り、その後小学5年生から高校卒業まで、イギリス・ロンドン郊外のパブリック・スクールBedford Schoolに通う。帰国後は一橋大学経済学部に入学。美術部やまちづくりなど、複数のサークル団体に所属した。卒業後は、電通およびサントリーの関連会社の広告代理店である株式会社アドギアに就職し、マーケティングやプロモーションの企画提案に3年半従事。その後、09年11月にワールドサッカーキングなど有名サッカー雑誌を多数出版している株式会社フロムワンに転職。現在はデジタルコンテンツ部に所属。

フィールド全部が芝生

―今日はよろしくお願いします! まず、イギリスの生活についてお聞かせ下さい。

イギリスでは、2年間公立に通ってからパブリック・スクールに移り、そこに約7、8年通っていました。そこで驚いたことは、パブリック・スクールのグラウンドがとても広くて、その全部が芝生だったことです。日本では絶対に考えられない環境なので、衝撃的でした。そして、寮の生活は楽しかったですね。私が通っていたパブリック・スクールは、日本人が少ない学校だったので、日本人とつるまず、外人の友達と仲良くなりました。今でも当時の友達が日本に来て、年に2、3回ぐらい会っています。

日本人のアイデンティティと差別

―イギリスに住んでいて、なにか壁にぶつかったことはありましたか?

勉強の面では特に壁を感じなかったのですが、日本人であるという「アイデンティティ」の問題については、壁にぶつかったかなと思います。まぁ、帰国子女なら誰でも経験することかもしれませんが、特に私が住んでいた地域は、第二次世界大戦中に、ヨーロッパ戦線より太平洋戦線に行った人たちが多い地域だったので、イギリス人から差別を受けました。他にも、タイの人に「お前たちが俺たちのじいちゃんを殺したんだ」と言われたことはショックでした。もちろん、ブラックジョークでもあるのですが。

あと、現実的な問題にも壁を感じました。もともと、私は美術系志望で、イギリスのアートスクールで勉強がしたかったんです。でも、イギリスの大学に進むためには、市民権がないと金銭面でも困難だったので、やむを得ず日本の大学を選びました。ただ、日本に帰国してからも芸術に関わることをやってみたいと思ったので、大学では美術部に所属しました。

大学時代 良かったこと&悪かったこと

―大学生活はどうでしたか?

大学生活も楽しかったのですが、もっと色々やるべきことがあったかなと感じています。当時はなんだかだらっとした生活をしていたので、時間がもったいなかったと反省しています。ただ、環境には恵まれたと思います。一橋大学には、がつがつした人がいないし、良い雰囲気で、ゼミの先生とも色々な相談が今でも出来ています。一学年1000人程度ですから、友達が非常に出来やすかったです。私は海外に12、3年住んでいたため、日本の友達がほとんどいなかったので、大学内でそういう友達が出来て良かったなと思います。

―大学生活の中で、一番良い経験となったことは何ですか?

学生時代に2回ほど大きなサッカー・イベントに関わることがありました。1回目は2002年のW杯の際、東京に一つしかない有楽町のオフィシャルチケット窓口で、チケットを渡したり、外国人の通訳をしたり、苦情処理を行ったりました。2回目は2004年のアジア杯のユース大会の際、U-17のカタール代表の英語通訳を2週間やりました。こうした経験は今に活きていると実感しています。

―逆に、大学時代に後悔していることは何ですか?

あまり就職活動の準備ができなかったことです。当時は、仕事に関するリアリティがなかったし、自分で逃げていた部分があったので、明らかに準備不足でした。結局、入った会社は結果的には良かったかもしれませんが、当時の自分の中では必ずしもベストチョイスではなかったと思います。ベストチョイスに巡り合うために準備が必要だったと思います。

もともと、私はスポーツとか美術・デザイン関連の仕事を希望していたのですが、就活の準備が遅くて、企業をリサーチする時間がありませんでした。例えば、博報堂はJリーグに深く関わっていると思いますが、彼らがそういう仕事をしていることに気づいたのは、博報堂のエントリーが終わった直後でした(苦笑)

そもそも、自分には広告代理店なんて向いてないという先入観で、博報堂はスルーしていました。だから、やりたいことを仕事にするという意識をシャープにし過ぎたことと準備不足だったことは、今でも後悔しています。先入観で決めちゃうのはもったいないので、とりあえずインターンなどを受けてから、行きたい業界を絞るべきだったと思います。

マーケティングという仕事

―アドギア社での仕事内容を教えてください。

マーケティングの仕事は、市場調査や広告効果測定などのリサーチから、クライアントの広告戦略を考え企画立案、プレゼンテーションすることまで幅広くやりました。商品の広告であれば、どういうテイストとか、どういう打ち出し方でやったら消費者にしっかり受け止められるかということを調査・分析して、それを実際コンセプトに落とし、企画にすることをやっていました。またプロモーションの仕事では、例えば、飲料についてくるおまけの企画を提案し、その効果を調査することが仕事でした。誰かに自分の考えを提案して認めてもらうことにも面白みがあるので、そういうマーケティングの仕事をやっていくうちに、この仕事が気に入りました。

―アドギア社で得たものは何ですか?

マーケティングの知識が増えたことと、web関係の仕事を任せられたことの二つが大きかったです。アドギア社で得た経験は今でも役に立っています。

―では、なぜ転職を決断されたのですか?

異動により移ったプロモーションの仕事が肌に合わなかったからです。正直入ったときから、いつか辞めようと思っていた部分もあったので、それがきっかけになりました(苦笑) もともと、小さな会社なら色々任されるだろうと思い、入社したのですが、いずれそこでの経験を活かして、より自分にとって刺激的な環境で仕事をやってみたいと常々思っていました。特に、プロモーションは自分が面白いと思える仕事ではなく、この仕事、この職場でずっとやっていきたいのか悩んだ末、年齢的なタイミングも踏まえ、今しかないと転職を決めました。後編はこちら>>
徳井洋平。1989年生まれ。三重県出身。小学1年から中学3年まで、アメリカのロサンゼルス、シカゴなど、様々な土地で暮らし、高校3年間はカナダのト ロントで生活し、Pine Ridge Secondary Schoolに通う。大学受験を機に帰国し、立教大学社会学部に入学。現在2年に在学中。大学では、朝から講義、午後は放送研究会のサークル活動のため、多忙を極める。趣味はサッカー観戦で、ACミランのカカをこよなく愛す。