海外生活体験者・社会人インタビューvol.58〜後編〜

interviewee_s_148_profile.jpg 原田大輔さん。1973年生まれ。97年、東京外国語大学インド・パーキスターン語学科修了(94~95年、インド・ウッタルプラデーシュ州アラーハーバード大学留学)後、旧石油公団に入団。海外研修生の受入れ事業や東南アジア・豪州LNGプロジェクト担当部に在籍。03年、経済産業省資源エネルギー庁へ出向し、長官官房国際課にて中国、インド、ASEAN諸国会合を担当。06年10月より、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)モスクワ事務所副所長としてロシアに赴任。

日本のエネルギー安全保障確保に向けて

―モスクワでは、どのようなお仕事をされているのですか。

現在は、東シベリアでの石油開発プロジェクト支援とロシア・CIS諸国の情報収集がメインですね。恐らく、東シベリアと聞いても日本に馴染みも少なく、ピンと来ないかもしれません。少しこの東シベリアでの石油開発の必要性についてお話しましょう。

「東シベリア・太平洋パイプライン」というプロジェクトについて聞かれたことがあるでしょうか。04年にスタートしたロシア政府主導の国家プロジェクトで、美しいバイカル湖で有名なイルクーツク州から太平洋岸の都市ウラジヴォストークまで約4700kmの原油パイプラインを建設する一大プロジェクトです。昨年12月に中国までの第一フェーズが完成し、現在ウラジヴォストークまでの第二フェーズの建設が始まっています。今年2月には、鉄道輸送と組み合わせた東シベリア産原油の日本への輸入も実際に始まりました。

19世紀後半、現在のアゼルバイジャン共和国の首都バクーからユーラシアの石油産業は始まりました。ロシア国内でも、油田開発地域は、19世紀にはカスピ海周辺、20世紀中葉ではヴォルガ・ウラル地域、20世紀後半では西シベリアと、西から東へと遷移してきました。また、その石油の大半は欧州市場に向けて輸出されてきたのです。その意味で、ロシアにとっての東シベリアの原油がアジアに流れることは、まず新しい地域の開発を推進するという点、そして、新しい市場を開拓するという点で、歴史的に大きな転換を図ろうとしていると言えます。

日本にとっても、これまで流れて来なかったロシアの原油がアジア太平洋マーケットに流れることは、重要な意味を持ちます。日本は現在、原油輸入の約9割を中東諸国に依存しています。有事の際に備えて供給源の多様化を迫られている日本にとって、中東以外の地域から原油を調達する試みは、日本のエネルギー安全保障に大きく貢献するものです。サウジアラビアと並ぶ大産油国であるロシアは、日本にとって最も近い国のひとつでありながら、これまでルートがなかったために原油輸入は限られてきました。しかし、現在建設が進む「東シベリア・太平洋パイプライン」によって、原油調達国として現実的かつ経済的な選択肢となっているのです。

このような背景を受けて、03年に日露政府間で「日露行動計画」でシベリアのエネルギー資源開発における協力関係について、さらに07年には「極東・東シベリア地域における日露間協力強化に関するイニシアチブ」が合意され、東シベリアの石油開発とアジア太平洋への原油供給を促進するべく、現在石油開発プロジェクトを立ち上げ、探鉱作業を開始しています。未開発の地域で自然環境も厳しく、様々なリスクも高いこの地域で、まず政府(JOGMEC)が先に参画して、民間企業の方々が入りやすい土台をつくる。これが私たちが今一番取り組んでいることです。

50℃の灼熱のインドで生活していた自分が、-50℃にもなる東シベリアで石油開発に携わる。人生は本当に不思議ですね。06年に赴任してから既に3年半、ロシア語の習得にはまだまだ時間がかかりそうですが、毎日が勉強、これからも頑張っていきたいと思います。

今後の目標と日本の方へのメッセージ

―今後の目標を、お聞かせ願えますか。

「井の中の蛙」という言葉があります。もちろんあまり良い意味では使われない言葉ですが、あえて自分は「井の中の蛙」を究めていきたいと感じています。言い換えれば、その分野(井戸)で蛙として自分をとことん磨いていくということです。

インドにしても石油にしても、現在住んでいるロシアにしても、自分の中にとっての「井戸」は限りなく大きく、全てを知ることは至難の業だと痛感しました。許されているのは、その分野を常に研究し、謙虚な姿勢で知識を吸収していくことだけです。ちょっとネガティヴな考えと感じられるかもしれませんが、実際年を取れば取るほど、自分が進める道、選択肢は自ずと狭まって行きます。大学での専攻選び、そして、就職活動での選択は、やはり人生の中で非常に重要な選択のチャンスであり、その時の感性を信じて、いろいろな情報を収集・精査して決めるべきものだと思います。費やされた時間は決して自分を裏切らず、得た知識は蓄積していくものです。

どんな年齢になっても、何でも新しいことを始めるのも素晴らしいことです。ただ、費やす時間が有限であることを自覚すると、私の年齢ではもうコアとなる「井戸」は確定しており、その「井戸」の中でスペシャルな「蛙」になることこそが、自分を成長させるということに気付きました。私の場合、それはもちろん石油です。この広大で人間の生活にも重要な分野を、更に究めていく蛙になっていきたいと思っています。そして最後には「大海をも知る」ような蛙になれたらと思うのです。

―とても興味深い内容です。就職活動を控える私にはとても参考になります。それでは最後に、日本の方へメッセージをお願いいたします。

このwebsiteをご覧になっている方は、少なからず外国への強い関心を持っていらっしゃったり、外国と深い繋がりを持っていらっしゃる方が多いのではと思います。そして、外国の生活を経験された方は、自分が日本人であることを再認識させられる、数多くの経験を既にお持ちかもしれません。従って、釈迦に説法となるかもしれませんが、外国で痛感する日本人のアイデンティティの大切さについてお話させてください。

私たちは日本人として生まれてきた以上、文化土壌としての日本人から離れることも、日本人を捨てることもできません。逆に、日本人であることは私達にとってかけがえのない資産であり、外国においては最も大切にすべきアイデンティティだと思います。例えば、外国の言葉は話せても、アイデンティティのない人は外国では文字通り「ペラペラ」の人間です。

では、アイデンティティがあるかないかはどのように判るでしょう。それは自分に「日本を愛しているか」と問いかけてみてください。愛しているのなら、なぜ愛しているのか、その理由がアイデンティティの源です。私の知る限り、インド人はインドをこよなく愛し、ロシア人はロシアを心から愛しています。もちろん自分の祖国を愛していない方も中にはいらっしゃるでしょう。でも、その方は残念ながらアイデンティティが不安定で、外から見ると薄っぺらい人間となってしまっているのかもしれません。違う国に憧れたり、外国を愛したりすることが悪いというのではありません。日本人であればまず日本を愛することが第一にあるべきで、その理由を考えることが必要だと思うのです。その理由を考えると、自ずと日本についてさらに深く勉強することにもなります。

例えば、ロシアは日本との間に北方領土という領土問題を抱えています。ロシア人の友人ともよく議論になるテーマです。ただ、日本を愛しているから北方領土を返してほしいというような、国粋的な考えとは少し違います。日本を愛しているからこそ、この問題の背景を詳しく勉強し、何が論点になっているのか、まず中立・公平に知らなくてはなりません。そうして初めて、この問題についてロシアの人と対等に話ができるようになります。逆に何も知らないまま、臭いものには蓋をして回避してしまうと、相手には薄っぺらい日本人として認識されてしまい、相手にされなくなってしまうかもしれません。

このことはいつも自分にも言い聞かせていることですが、これから外国との架け橋となる方、ビジネスで企業戦士として外国を相手にされる方、是非日本人としてのアイデンティティをもう一度振り返り、ある意味での「戦い」、外国との遭遇、文明の衝突の最前線で、本当の自分がペラペラでないかどうか見出す旅に万全の準備で臨んでください。

―本日はたくさんの勉強になるお話、ありがとうございました!!

インタビューアーから一言

原田さんとは、モスクワ在住邦人の飲み会で、初めてお目にかかりました。優しく暖かい雰囲気を持ちつつも、飲み会の席で私と社会主義について熱く討論なさってくださったことが、とても印象に残っています。今回のお話や、頂いた資料などから、ロシアのエネルギー関連について理解を深めることができただけでなく、働くうえで何を考え選択していくかということについてもお伺いができ、とても有意義な時間をすごしました。本当に、ありがとうございました!!

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木村荘一郎。1987年生まれ。高校3年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在3年に在籍。1・2年は課外活動、2・3年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘している。