海外生活体験者・社会人インタビューvol.60〜第2編〜

interviewee_s_154_profile.jpg 池光正弘さん。1966年生まれ。徳島県出身。88年、徳島大学を経て、日本マクドナルド株式会社に入社。ビジネスのノウハウを習得した後、03年に株式会社はなまるに入社。その後、独立を決意し、モスクワにて06年に有限会社MIBを設立し、07年7月に日本食レストランУДОНъяСАНを創業。店舗はモスクワに8店舗、ニジニ・ノヴゴロドに1店舗を展開中で、10年4月からはサンクトペテルブルクにも出店予定。現在は社長として、サンクトとモスクワでの展開促進と、日本の居酒屋のような新規業態の展開に向けて精力的に活動中。

今回インタビューを受けていただいたのは、モスクワで日本食レストラン「УДОНъяСАН(読み方:ウドンヤサン)」を経営されている池光正弘さん。彼の独立に向けて歩まれた道のりについて、熱く語っていただきました。

モスクワとの出逢い ~こんなにオイシイところはないっ!~

―いよいよ独立されたときについてですが、なぜモスクワを選ばれたのですか?

それはねえ、モスクワが一番オイシイところだったからなんですよ(笑)

はなまるにいたとき、全国を巡って仕事をさせていただけました。その際に集めたデータなどから、初めは沖縄でビジネスを立ち上げようと思っていたんです。

―なぜ沖縄だったんです?
 
そうですねえ。沖縄での飲食店は、他地域の店舗に比べて損益分岐点が低かったことと、ちょうどその時期、人口が増加していたのは東京と沖縄だけでしたし、沖縄ブームなんてものもあったんですよ。それに直ぐ隣には台湾がありますから、台湾に進出するのも良いなと思っていたので。

その旨を、はなまるの社長に相談してみると、こんなことを聞き返されました。「そういう理由で沖縄を選ぶなら海外にはもっと面白い場所があるのではないか?」

そのとき私は「言われてみればそうかもしれない」と思いました。国内の飲食業は飽和状態で、今から新規参入じゃ後発も後発。それならば、いっそ先発になれる海外で仕事をしてもよいのではないか。せっかくマクドナルドでビジネスのノウハウを学んだわけですし、その際に英語力もつけましたし。

それからタイ、韓国、台湾、モスクワ、etc、いろいろと調べました。その結果、モスクワが一番良かったんです。モスクワがなぜ一番良かったか、それだけで2時間は話せますよ(笑)

―ぜひとも全てお伺いしたいのですが(笑)、そのうちのいくつかを、お伺いしてもよろしいでしょうか。

そうですね。これは出店前ですから、およそ3、4年前のデータです。

・「レストラン数/人口」が東京の10分の1程度。
・モスクワの人口がおよそ1050万人と欧州一の規模。同国内にはサンクトペテルブルクという人口460万人の欧州で3番目の規模の市場もあり。人口面では国別でも圧倒的に欧州一のマーケット。
・一人当たりGDPの伸び率も当時欧州一。
・物価の高さは当時世界一で、日本食レストランの客単価が当時平均50ドル。
・日本食レストランの数が、ロシアは世界で3番目に多い(1位はアメリカ、2位はブラジル)。
・しかし、それだけの店舗数に増加したのはついここ10年の間。
・全体的に親日で、和食ブームが起こっていた。

他にもまだまだたくさんあるのですが、とにかくモスクワはとても魅力的な市場でした。ですから、モスクワでビジネスをすることに決めたんです。

―この街に初めてついたときには、灰色の雰囲気しか読み取れなかったのですが(苦笑)、数字からモスクワを見ると、ものすごい都市なんですね。

その通りです(笑)

3つの困ったこと ~УДОНъяСАНオープン!~

―実際にУДОНъяСАНをオープンされてからはいかがでしたか。

3つ困ったことがありました。「うどん屋を知らない」「マネージャーの育成」「ロシア語がわからない」です。

1つ目ですが、ロシア人の方は、そもそも、うどん屋というものを知りませんでした。無理もありませんが(笑) これで何が困るかといいますと、店舗を作るときに一苦労したんですよ。厨房でどのような器具が必要か、配置はどうするか、内装はどうするか。それに加えて、ロシアは建築業者に頼めば全部やってくれるわけではなく、厨房は厨房器具屋、壁紙は壁紙屋、看板は看板屋と、自分でそれぞれのお店と交渉しなければならなかったので、毎回うどん屋の説明をするのに一苦労しました。建築業者と設計図の話をするときは、自分で書いたりもしましたからね。

―本当に、手作りなんですね。

その通りです(笑) でも、それは1号店の話。2号店以降は、もうやり方が既にわかっていますから、すんなりと行きました。

―ちなみに、1つお伺いしたいのですが、店名のУДОНъяСАНは、なぜ中の二文字が小文字なのですか。

それは「かわいい」からなんですよ(笑)

―えっ!?

店名は、ロシア人の知らない「うどん」という言葉をまず知ってもらうことと、日本人が経営している日本食レストランであることが、一発でわかるようにしたかったんです。ですから、日本語の店名にしようと考えていたのですが、サムライとかフジヤマ、サクラなどのありきたりな日本語だと、外国の方が経営している日本食レストランと混同されそうでしたし、現実的には登録商標が取れるかという問題もあって「うどん屋さん」をロシア語表記にした「УДОНъяСАН」にしたということです。

その際に、中の二文字を小さくするという案をロシア人のパートナーが出してくれました。この方が、視覚的にかわいく、親しみやすいのだとか。日本語で書けば「うどんゃさん」という感じでしょうか。

―なるほど! ロシア人ならではですね。私はずっと気になっていたので(笑) 話が逸れてすみません。続きをお願いいたします。

はい(笑) 2つ目ですが、ロシア人のマネージャーを育てるのはなかなか大変です。現場のキルギス人やロシア人は一所懸命働いてくれるんです。でも、マネージャークラスになったロシア人は、なかなか働いてくれません。むしろ「自分たちを現場の人間と一緒にするな」といった変な矜持さえ見えます。そんな中で、現場に具体的でかつ的確な指示が出せるマネージャー。これを育てるのに苦労しています。

3つ目ですが、細かいところまで伝えられないのが残念です。私はそもそも、ロシア語はそれほどわかりませんから、英語で事業を行っています。現場や部下に指示を出すときに、簡単なものは出せるんです。「○○をやってくれ」「△△はするな」と言ったものなら。ただ、「○○のときは~~しなければいけないのは、××という理由だから。だから、△△というときは□□しなければいけない」と、指示の本質、理由までを伝えることができないので、応用力を持って行動してもらうことができず、歯がゆいです。

―海外で事業を立ち上げる障壁の具体的な事例、貴重な体験をお聞きすることができて、本当に嬉しいです。第3編はこちらから>>

第1編はこちらから>>

木村荘一郎。1987年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在3年に在籍。1、2年は課外活動、2、3年は学業に精力的に取り組み、現在はモスクワ大学外国語学部に留学中。ロシア語の研修をしながら、現地で様々な出来事と格闘中。