帰国子女大学入試・合格体験記vol.47

interviewee_s_162_profile.jpg 重城聡美さん。1987年生まれ。京都府出身。13歳から17歳までの5年間をアメリカ・テネシー州ノックスビル市で過ごし、Farragut High School卒業後に帰国。東京大学理科Ⅰ類に入学後、工学部精密工学科に進学。東京大学柏葉会合唱団などで歌三昧の学生生活を送る一方、家電量販店での販売員経験を経て掃除機マニアに。また、ベンチャー企業でインターン生としてウェブ関連の業務に従事する。2010年5月現在、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中で、ナノメートル計測の研究に携わる。

【東京大学理科Ⅰ類・慶應大学理工学部・早稲田大学理工学部・東北大学工学部合格】

高校生活は情報収集のみ

私は高校卒業直前までアメリカでの大学進学を考えていたため、高校在学中は日本の大学入試を特に意識していませんでしたし、必要な試験(SAT ,SATⅡ,TOEFL)も特に対策をしませんでした。高校生の間は高校生活を十分に満喫したかったからです。

ただし、情報収集だけは怠らないようにしました。SATやSATIIを受けないアメリカ人高校生も多い中、自分には何が必要かを知らないことで後悔したくなかったためです。周りに日本人が少なく、日本の入試の情報が乏しかったため、インターネット等で、必要な試験や書類の情報だけは集めるように心がけました。

高校卒業後は単身で帰国して、7月から2月までの約半年間、東京で一人暮らしをしながら予備校に通うことにしました。

私大入試で自分の実力を直視

予備校に通い始めて3ヵ月目、9月に集中している私大入試は、自分の実力に直視するチャンスだと思います。私は慶應と早稲田(共に理工学部)の受験を通じて、自分の弱みをはっきりと知りました。

一番の失敗は、慶應で理系教科の口頭試問にて、定着度の低かった簡単な公式を答えられずに冷静さを失ったことです。焦った私は、後続の面接で「早稲田が第一志望」と捉えられる発言をしてしまうなど、立て続けに失敗をしてしまい、不合格を確信しました。

幸運にも慶應と早稲田の両方に合格しましたが、私は選考を通じて、基本的事項を定着できていなという、自分の弱みを明確に認識しました。この認識は、10月から12月にかけて、数学・物理の基礎的な部分をやり直す動機として役に立ちました。

センター入試を受けるなら苦手教科を作らずに、また一般の受験生を意識して

年が明け、1月に東北大学(工学部)の受験のために、センター試験(英数理の3科目5教科)を受験しました。センター試験は、その受験者数の多さから、巷に情報も教材も溢れており、対策はしやすいと思います。決して難しい試験ではなく、基本を勉強して過去問を解けば、短期間で十分に対策可能です。センター試験は苦手教科に足を引っ張られやすい試験であることに注意をして、そして、一般入試の受験生を意識するべきだと思います。

私自身は、苦手教科である化学に足を引っ張られ、苦戦しました。具体的には、12月中旬の各予備校のセンター模試を受けたときに、化学が5割未満の悲惨な状況でした。よって、その後1ヵ月間の追い込みでセンター化学の点数を40点以上点数を上げるという課題を抱えてしまい、1月はかなりの時間をセンター化学に費やしました。

帰国受験生の大半がセンターを受験せずに、2月の国立の二次試験に向けて準備を進めるなかで、私一人が1月の大半をセンター対策に費やし、国立二次試験対策で周りに遅れをとりそうになりました。センターを受けるならば、あまり苦手な教科を作らないようにするべきだったと思います。

ただ一方で、センター直前1ヵ月の追い込み自体は成功して、苦手な化学も模試より40点以上伸ばし、他の教科も点数を伸ばして、無事に英数理平均95%程度に達することができました。

この直前の追い込みで成果を出せた要因には、ごく少数の帰国生だけでなく、一般入試の受験生をライバルと意識したことが大きいと思います。そのような意識を持ったのは、「帰国は理系教科が苦手」と言われては悔しいという思いがあったためです。「センター満点が当たり前な人は世間に沢山いる」と自分に言い聞かせることで、センター対策のモチベーション低下を防ぎました。

1月末にセンターを受けて、2月中旬に東北大の二次試験を受けました。東北の二次試験は筆記試験・面接ともに大きな失敗をすることなく、無事に合格しました。

東大入試対策は、メリハリをつけた戦略を

東北大学の二次試験の翌週、2月下旬には、東京大学(理科1類)の二次試験を受けました。私は高校の成績があまり良くなかったため、2月上旬に書類選考の結果通知を受け取るまでは、東大は書類選考で落ちるのではないかと思っていました。また、直近1ヵ月の間にセンター試験も東北大の二次試験もあったため、東大の二次試験だけを意識して勉強した期間は、実際はかなり短いものでした。よって、試験勉強においても、試験本番の時間配分においても、「どこにどれだけ力を入れるか」に気を配るようにしました。

まず、試験期間には、「均等に全部ができる」ようになるのではなく、自分の強み弱みにメリハリをつけて他の人との差別化を図るようにしました。なぜならば、合格するためには、東大入試の理系教科を全体的に満足に解く必要はなく、また、残された時間で均等に全部を勉強したところで、それは能力的にも現実てきではないと思ったからです。

例えば数学を見ると、幸いなことに、東大の数学は一般入試の前期試験と同じ問題ですが、6問中4問選択式です。従って、全問を解く必要がありません(解いても採点されません)。それならば「6問全部で部分点をとれる」よりも「3問だけを完答できる」方が有利なはずです。

私は、数学で6問中3問は完答することを目指して、勉強範囲を取捨選択しました。その結果、苦手な分野は残ったものの、得意分野を駆使すれば、どの年でも3問完答できそうだと思えるようになりました。そして本番の試験でも3問は解き切ってから4問目の部分点を稼ぐことができました。

試験本番でも時間配分にメリハリをつける

また、試験本番でも時間配分にメリハリをつけました。その傾向は、特に小論文試験で顕著でした。何故ならば、試験当日の英語小論文が馴染みのない題材であったのに対して、日本語小論文は比較的得意なものだったからです。

東大の小論文試験は日本語と英語の2問を合わせて150分で解く形式だったため、私は思い切って日本語問題に100分以上を使い、残りの時間で英語の問題を書きました。自分の国語力の弱さに終始不安を感じていた私にとって、英語問題を蔑ろにして日本語小論文に専念することは、危ない賭けでした。しかし、英語も日本語も中途半端に書くよりは、例え国語力が弱くても1問は持論を展開できる回答をしたいと思い、思い切って日本語問題に比重を置きました。

後に成績開示をした結果、英語の小論文の評価は芳しくありませんでしたが、日本語の小論文は予想以上に評価が高かったので、この選択は決して間違いではなかったと私は思っています。

試験の約2週間後に行われた面接では、非常に和やかな雰囲気で、特殊だったのは論理クイズを一問出題されたことだけだと思います。無事に正解しましたが、翌週に合格発表で自分の受験番号を見たときには、ほっとしました。

【総括】 大学が「この人に来てもらいたい」と思う自分を作る

私にとっての帰国大学入試は、大学が「この人に来てもらいたい」と思う自分を、迷いながらも作ろうとしたプロセスでした。何故なら、帰国入試は人物を総合的に見ているからです。

帰国生入試の性質上、「何点取れば受かる」といった明瞭な基準がなく、何をどれだけできれば合格するかが見え辛い。それが帰国入試の辛さだと思います。しかし、大学に「うちの大学に来てもらいたい」と思われる水準以上なら合格するという点は、どの入試形式でも同じです。

帰国生入試で異なるのは、評価基準がより多面的なものであること、つまり、大学が「この帰国生に来てほしい」と思う基準がひとつではないということだけです。そして、多面的であるがゆえに、受験生は自分の魅せ方に工夫することができます。

注意すべきは、その工夫が自己満足なものにならず、大学側の目線から考えたものになる必要があることだと思います。「自分が大学だったら、どのような人に来てほしいか。今の自分に来てほしいか」を極力客観的に考える必要があるということです。合格するために何をするべきかは、人によって異なると思うので、それを自分で考えることが重要だと思います。