海外生活体験者・社会人インタビューvol.61〜前編〜

interviewee_s_164_profile.jpg 中島美紗央さん。1984年生まれ。神奈川県横浜市出身。中学の3年間をマレーシアのクアラルンプールで過ごし、現地の日本人学校で学ぶ。中学卒業後、日本の高校へ通い、その後早稲田大学法学部に入学。07年リクルートに入社。住宅情報(現SUUMO)に配属、3年間の営業を経て、4年目の現在は人事部採用グループに所属。

授業を受けて弁護士になる気がなくなった?!

―本日はよろしくお願いします。早速ですが、中島さんはマレーシアにいらしたんですよね。そのときのことを簡単に教えていただけますか?

親の仕事の都合で、一家全員マレーシアに移住しました。私は日本人学校に通っていたので、英語をバリバリ勉強するということもなく、大きな変化を経験したわけではありません。変わっていたところと言えば、幼稚園と小学校も併設された中学校だったため、小さい子供と活動をともにすることもあり、中学1年生のときから、かなり上級生意識が芽生えていたことでしょうか。

―帰国後は、公立高校を経て早稲田大学法学部に入学されたんですよね。中島さんは大学4年間、とてもアクティブに活動されていたようですが、どのようなことをされていたのか教えてください。

1年生で最も力を入れたのはインターンですね。「法学部に入学したからには弁護士になろう!」という思いは、法律の授業を受けてなくなりました(苦笑) ならば、別のものを頑張ろうと入ったサークルでは、お酒が飲めないため段々フェードアウトしていき……(笑) これは働くしかない! とリクナビに登録したのがきっかけで、起業家1人に学生1人が5日間密着するかばん持ちインターンシップに参加しました。

その際に密着した社長がとても魅力的な人で、コピー取りでも構わないから働きたいと話してみると、3ヵ月程の新規キャンペーンがあるから、その学生営業部隊を作らないかと誘われ、コピー取りのつもりがバリバリ働くことになりました。仕事に私自身が少し慣れてから、大学の先輩などを誘って学生10人程の営業部隊を作り、すぐに仕事を投げ出す学生のモチベーションを上げる方法や、フルタイムで働くことができないハンデのある学生が営業を行うための制度作りなどに力を入れました。

私は、大学の後期試験前までの3ヵ月間、ほとんどフルタイムで働き、学生部隊の立ち上げも上手くいったところで大学に戻りました。当時はインターンという言葉もなかった頃なので、仮就業体験として日経新聞の取材を受けたりもしましたよ。

―1年生の頃からフルタイムでインターンですか?! 想像を絶するアクティブさですね(笑) 単位を落としていないのが本当に尊敬です!

「ワセジョ」と呼ばれる自分はこのままでは負け犬一直線

―次の年はなにをされたんですか?

1年の時にフルタイムで働いてみて、社会人の大変さに気付き、名刺を持って営業したことで肩書を持つと動ける範囲が狭まることを知りました。自由な身である学生のうちにしかできないことをしようと思った年でした。

その当時、「勝ち組」「負け犬」といった言葉が流行っていて、「ワセジョ」と呼ばれる自分はこのままでは負け犬一直線だろうと不安で(爆)、実際に仕事と結婚や出産を上手く両立させている女性はいないのだろうかと、テレビや本ではなく自分の目で見て確認したいと思いました。

そこで、同じ思いを持った友人らと「CCC (Campus Cue Chances!)」というOG訪問や企業で働く女性の話を聞く女子大生サークルを立ち上げました。もともとは、自分たちが話を聞きたくて始めたサークルでしたが、途中からは大学のキャリアセンターに協力してもらい、ゲストを迎えての講演会やイベントを企画しました。

ただ、当時は女子学生向けのイベントはほとんどなく、女子大生限定のイベントなんて逆差別だと批判されたり、企画書がないなら話にならないと言われたり、どこかの企業の回し者かと言われたり……。キャリアセンターに私たちの熱意が伝わり協力してもらえるようになるまでは大変でしたね。その後は、400人規模のイベントが成功するなど、女子大生のキャリアプランに関する不安や関心の高さがわかり、キャリアセンターも自主的に女子向けのイベントを開いてくれるようになりました。

―とても面白そうなサークルですね。確かに、今では大学でも女子学生向けの講演会がよく開かれていますが、そのはしりだったんですね。

女子大生が株をやったら面白いのでは?

―2年次はサークルの設立からイベント企画までサークル活動一色だったようですが、3年生はいかがでしたか?

3年生では、本の出版に携わりました。その頃、東大生が書いた経済の本などが出版されており、ふと女子大生が株の本を出したら面白いのではと思いました。元々、自分の貯金の範囲内で株をやっていて、株のセミナーにも参加していたため、セミナーの講師に「女子大生が株をやったら面白いのでは?」と提案しました。すると、話が進み、企画の内容を作らせてもらって、その講師の名前で「株美人」という本を出版していただきました。

―大学生で本を出したんですか!?

出ちゃったって感じですね(笑) 自分の名前で内容も全て自分で出版するのは難しいですが、私にとっては、女子大生の株の本があれば面白いのでは?というのが実現したいことだったため、それが達成できればインフラは何でも構いませんでした。

―3年生は就職活動の年でもありますよね。

そうですね。私の中のモットーは、そのときにしかできないことをやる!なので、就活は、今しか興味のない会社を見ようと思ったり、その会社を知る機会はない!と思い、外資や広告代理店、メーカーなど、インターンや説明会に幅広く積極的に参加したりしました。リクナビに登録した1年生の時には参加できないインターンが多かったので、3年夏のインターンは日程をやりくりして4つ程参加しました。

―4つ!?

半年間30万の、まさにザ・学生旅行

―そのあとは、どう過ごされましたか。

4年の4月の半ばには内定が出て、リクルートにお世話になることに決めたので、その後の1年間をどうしようかと、社会人の方にいろいろと話を聞きました。その結果、かなり多くの先人たちにお勧めされた旅行に行くことにしました。また、学生時代の彼氏は大事にすべきとのアドバイスも貰っていたので、彼をよく知るためにも一緒に旅行に行くことになりました(笑) 7月から10月頃までは私ひとりで、その後3ヵ月程は彼氏と、また年明け2、3月にもマレーシアやベトナムなどのアジア諸国をバックパックで旅行しました。半年間で飛行機代も含め30万円ほどの、まさにザ・学生旅行でした!(笑)

また、内定が決まったときから転職活動のようなこともしていました。3年間はリクルートで働くと決めていましたが、将来の自分の選択肢を増やしておきたいと考えていたため、興味のあるベンチャー企業の社長さんたちに話を伺ったりしていました。

社長さんなどの偉い方に怖いもの知らずで話しかけることができるのは、学生の特権ですよね。学生時代に、そういった方と関係を作っておいて3年後に「ひさしぶり」と会える方が転職するにもいいですし、起業を考えていたこともあり、自分が良いと思ったベンチャー企業が3年後にどうなるのかを見ることは大切だと思いました。後編はこちらから>>
宮崎紗絵子。1989年生まれ。愛知県出身。高校1年の夏からアメリカ・カリフォルニア州のサンディエゴで暮らし、Rancho Bernardo High Schoolに通う。高校卒業後帰国し、09年早稲田大学法学部に入学。現在2年に在学中。大学では、法律サークルに所属し活動している。趣味はミュージカルなどの舞台鑑賞。