活動報告 「世界の学校から」vol.24 重城聡美

今回は、アメリカ・テネシー州ノックスビル市にあるFarragut High Schoolをご案内致します。テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。ノックスビル市は、メンフィス市とナッシュビル市に次ぐ、テネシー州第3の年ですが、それでも人口はわずか18万足らず。保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校だそうです。紹介者は、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中の重城聡美さんです。

重城聡美さん。1987年生まれ。京都府出身。13歳から17歳までの5年間をアメリカ・テネシー州ノックスビル市で過ごし、Farragut High School卒業後に帰国。東京大学理科Ⅰ類に入学後、工学部精密工学科に進学。東京大学柏葉会合唱団などで歌三昧の学生生活を送る一方、家電量販店での販売員経験を経て掃除機マニアに。また、ベンチャー企業でインターン生としてウェブ関連の業務に従事する。2010年5月現在、東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻の修士課程1年在学中で、ナノメートル計測の研究に携わる。

活動報告

~はじめに~

テネシー州は、アメリカの中央東南部に位置する、東西700km、南北200kmと横に長い地形が特徴的な州です。平地が広がる中部・西部とアパラチア山 脈のふもとの東部という地形のバリエーションを持ちます。テネシー州西部の中心であるメンフィス市(人口67万人)とテネシー州中部の中心であるナッシュ ビル市(人口55万人・州都)が、テネシー州でのトップ2の大都市です。そして、東部地域の中心でありテネシー州3番目の街が、私が中高時代を過ごした ノックスビル市(人口18万人)です。

私が4年間通ったFarragut高校は、そんなノックスビル市の郊外にある公立高校で、9年生から12年生が合わせて約2000人が通っていました。地域には私立高校は少なく、学区内に住む生徒はほとんど全員が最寄りの公立校に通いました。

Farragut高校は、保守的な田舎ののんびりした雰囲気と教育への熱心さをバランス良く兼ね備えた学校であったように思います。高校生たちは、自由で多様性に富む高校生活を送っていました。

~フレンドリーで保守的な白人社会~

テネシー州は、かつてはアフリカ系アメリカ人も多かったようですが、現在では全人口比は16%程度に減り、しかも州西部や中部の都市部に集中しているた め、ノックスビル市のあるテネシー州東部では白人が人口の大半を占めます。私の高校では、白人が9割で、アフリカ系・ヒスパニック系・アジア系が合わせて 1割程度でした。外国人の生徒は少数派であり、非英語圏出身者のためのEnglish as a Second Language(ESL)という授業を履修する生徒も、全学年合わせて10人を超えることはありませんでした。

一般的に、外国人が少ないと暮らしにくいようにも捉えられやすいですが、ノックスビル市は外国人にとってはむしろ住みやすい場所ではないかと思います。何故なら、田舎ならではのピュアでフレンドリーな人が多いからです。テネシー州が「Volunteer State」という愛称を持つことと関連してか、困っている人がいたら率先して助けようとする人も多く、私も生活する中で地元の人に助けられたことは数知れません。

一方、キリスト教色の強さは、特に渡米直後の日本人には馴染の薄いものでした。私の高校でも信心深く保守的な人が多く、日曜日にはほとんどの人が教会に通っていました。教会のコミュニティーを中心に交友関係を形成する人が多い印象でしたし、初対面の人にも当たり前のように「どこの教会に通っているの?」と尋ねる人が多いことに、渡米直後は驚きました。

また、高校の生物の授業で、ダーウィンの進化論を「これはあくまで一つの仮説ですが」という前提をつけて教えられたにも関わらず、それを教えることに対して、「宗教の自由を脅かす」という趣旨で抗議の電話をする保護者が少数ながらも毎年いたことは、少なくとも日本では想像もつかないことでしょう。

~充実した駐車場と車での通学~

アメリカの田舎での生活には、車が必要不可欠な存在でした。徒歩や自転車で移動するには土地が広すぎる上に、手軽に使える公共交通機関は何もないためです。そのため、私の高校でも駐車場は非常に充実しています。

テネシー州では15歳で仮免許、16歳で本免許を取ることができ、3、4年目の生徒の大半は、車を購入して自分で運転して通学していました。駐車場は、高校の3、4年生の生徒数に匹敵する1000台以上が収容可能。また、運転に不慣れな高校生が事故を起こさないようにとの配慮からか、広大な土地を利用して、一台当たりの駐車スペースは一般の駐車場と比べて圧倒的に広く作られていました。

車で通学していると、野生動物も多く見かけます。通学中にスカンクやオポッサムを轢いてしまうことはごく日常的です。轢かれたスカンクは独特の臭いを数日間放ち続けるため、何年か住んでいるとスカンクの臭いが身近なものになります。ただ、鹿との衝突事故は危険なものであり、注意する必要がありましたが、テネシーの自然を身近に感じることができました。

~教育熱心な家庭も多い~

田舎ののんびりとした雰囲気の中でありながら、ノックスビル近郊の他の高校と比べて教育熱心な家庭が多く見られたことも、私の高校の特色でした。教育熱心な家庭が比較的多かった理由は2点あると思います。1点目は、Farragut 高校の学区がノックスビル市近郊の富裕層の多く住む地域であったことです。一般にアメリカの公立学校の教育レベルは、その地域の住人の貧富に影響を受けるため、富裕層が多く住む地域にある私の学校は人気がありました。2点目は、近隣の施設の影響によるものです。近くのテネシー大学やオークリッジ国立研究所で働く人々は、教育への関心も非常に高いのです。

教育熱心な家庭が多いことで、Farragut高校は東テネシー地域内やテネシー州内の数学の大会の多くで健闘しています。私はこれらの大会に高校4年間を通じて参加しました。州大会でトップの成績をおさめると、地元の新聞に載ることや大学の奨学金を貰うこともあり、参加する人の意欲を掻き立てました。そして、大会などが近づくと、誰が大会に参加してどのような成果を持ち帰ってくるかということは、一部の生徒の間では関心の的でした。ただ、あくまで「自分のできる範囲で」頑張るに留まり、「都会のガリ勉の人たちには敵わないわ」というように割り切っていた点において、やはり田舎ののんびりした感じが顕著だったように思います。

~高校生活の過ごし方は多様~

生徒数の多い高校であったため、高校生活の過ごし方は多岐に渡り、スポーツに専念する人もいれば、ボランティアに精を出す人も、勉強に専念する人も、アルバイトに熱中する人もいました。また、選択できる授業もバラエティに富んでいました。例えば、音楽の授業もバンド・オーケストラ・合唱などが開講されていました。合唱の授業だけで3種類あり、私もそのうちの一つを履修して楽しみました。他にも、芸術、ビジネスから職業訓練、軍隊演習(ROTC)まで、様々な分野の授業がありました。

どのように授業をとるかは、規則の中ならば生徒が自由に決めることができました。1年の授業は、秋学期(8月から12月)と春学期(1月から5月)に分かれており、各学期で授業を4コマずつ履修します。同じ学期の間は、選択した4コマが毎日90分ずつ行われます。従って、1年間に履修する8コマの授業の内訳と履修する時限により、高校生活は大きく変わります。どの授業を履修しようかと、いつも年度初めには友人たちと共に悩んだものです。

高校卒業後の進路も多岐に渡り、大学や短大に進学する人もいれば、軍隊に入る人も、働きだす人もいました。進学先としてはテネシー大学および系列の短大が圧倒的に多かったものの、一部にはテネシー州内外の他大学に進学する人もいて、1学年5、600人中数人はIvy League等の上位校にも進学していました。高校卒業とともに経済的に親から独立しようという人は多く、高校4年次には大学の学費等の奨学金の応募に奮闘していました。

~振り返って見て~

私は、Farragut高校で4年間を過ごせたことに感謝しています。たしかに、塾のような英才教育もなければ繁華街もなく、都会的な刺激とは縁のない場 所でした。しかし、私の高校生活を充実させたものは、音楽を素朴に楽しむ合唱団の仲間との時間と、南部訛りの強い先生の人情味と、ボランティア先の老人 ホームの笑顔と、ほどほどの向上心を持った数学チームの仲間でした。これらを思い出すとき、私はテネシーの人たちへの感謝の念に絶えません。

Farragut High School :
http://farraguths.knoxschools.org
帰国子女大学入試・合格体験記vol.47
http://www.rtnproject.com/2010/07/vol47_2.html