海外生活体験者・社会人インタビューvol.63

interviewee_s_168_profile.jpg 荒谷沙知さん。1986年大阪生まれ。3歳から10歳まで米国のカリフォルニア州サンフランシスコに滞在。一時帰国した後、中学、高校とカリフォルニア州のロサンゼルスで過ごす。帰国後、東京大学文科Ⅲ類に入学、文学部社会学科へ進学する。大学卒業後、住友商事に入社。海外のインフラプロジェクトを扱う部署に配属され、現在ベトナム市場を担当。同国の発電所建設プロジェクトに携わっている。

総合商社の総合職として働く女性とお会いするということで、私は非常に緊張していた。なぜなら、総合商社で働く女性のイメージは、パンツスーツにひっつめ髪……といったような、キツいものだったからである。

しかし、目の前に現れた荒谷さんは、小柄で、髪の毛も下ろしていて、白のニットとスカートを履いていた。濃色のスーツを着て全身寒色だった私よりも、よっぽど女性らしく、ほんわかとしていらっしゃった。イメージと全く異なる「商社ウーマン」にちょっと安堵しながら、私のインタビューは始まったのである。

予備校に通わず、独学で東大に


―荒谷さんは海外のどちらにいらっしゃったのですか?

アメリカのロスアンジェルスやサンフランシスコを行ったり来きたりしていました。父の仕事の都合で渡米し、家族みんなで暮らしていました。累計15年ほどになりますね。

―どうしてRTNプロジェクトをお知りになったのですか?

友人が企画に参加したのがきっかけです。それに誘われて……。海外生活体験者が一堂に会するって、なんだか不思議な空間ですよね。RTN Projectもwebsiteも、私の周りでは結構有名だから、あまりぶっちゃけた話ができないかもしれない(笑)

―そんなことを仰らずに(笑) 日本ではどちらの大学に行かれていたのですか?

東京大学に通っていました。実は、日本では塾に通っていませんでした。アメリカにいた間は通っていたのですが、日本に帰ってきてからは、独学で小論文や面接の対策をしました。

―大学ではどんなことに力を入れてらっしゃったのですか

大学ではテニスとオーケストラのサークルに所属していました。特にオーケストラは、一年間運営に携わっていたということもあり、かなり力を入れて取り組んでいましたね。私生活の多くの時間を占めていました。また、旅行に行くのが趣味だったため、コツコツとバイトでお金を貯めては、東南アジアをはじめ、多くの国々を旅行しました。

お話を聞けば聞くほど、荒谷さんは謙虚で温和な方に思えた。男社会と称される総合商社で働かれているという事実が、にわかには信じがたいほどだ。

飲み会のノリでメールにビックリマーク!

―本当に荒谷さんは温和な方ですね。

私はちょっと驚いてます。

実は結構勝気だったりするんですよ(笑) 自分が思ったことは率直に言うし。アメリカでの経験が影響しているのかもしれないな。上司にも、結構はっきり自分の考えや意見をぶつけるので、時々驚かれてしまうこともあります(笑)

―住友商事には上司に意見を言ったりする環境があるのですか?

現在私が所属している部署では、早い時期からプロジェクトの担当者として仕事を任せるという習慣があります。そのため、私も入社半年目で契約履行中の水力発電所案件の担当者になり、常に「当事者意識を持つ」ということ、そして「仕事は責任感と情熱が重要!」ということを、とことん教え込まれました。

発電所建設プロジェクトにおける商社の業務は、クレーム対応といったトラブルシューティングが多いため、どうで考え、どう進めれば客先/パートナーが納得できる着地点を見つけられるか、常に自分で考える必要があります。

私はまだまだ若手ですが、プロジェクトについての意見を言える環境はきちんとありますし、上司もそれを受け止めてくれますよ。でも、やはり最低限の上下関係はありますね。しっかり教え込まれます。私は体育会ではなかったし(注:インタビューイは体育会所属である)、大学時代はそういうことに慣れていなかったので、最初は覚えるのに必死でした。

―ビールのラベルは上にして注ぐとかですか?(笑)

そうそう! さすがですね(笑) あとはエレベーターに乗るときは、人をかき分けて自分が1番はじめに乗って、ドアを開けて待っているとか。それに、飲み会の幹事は絶対に1年目の自分がやるし、メールの書き方とかもきちんと教えてもらえます。私は一度失敗してしまったことがあって、怒られた(苦笑)

―どんな失敗をなさったのですか

飲み会は1年目がまずメールをまわして、出欠を取って、お店を予約して、代金を立て替えて支払うので、あとから飲食代徴収のお願いメールも回すのね。それで、やはり商社はチームで仕事をするという特徴があるから、それが影響しているのかもしれないけど、特にうちの部署は仲がよく、飲み会も盛り上がって。ついそのノリでメールの中にびっくりマーク(!)を使ってしまったの。

上司から指摘を受け、指導されました。飲み会のときも1年目が率先してお酒を注いだり、食べ物を取り分けたりしなければならないのだけど、私より年次が上の事務職の方が先にやってくださったりして。そうすると「一年目の仕事だろ!」と突っ込まれてしまいますしね。

―私も同じような経験があるのでわかります(笑)

ほんと! なんか初対面だけど親近感わくね(笑)

やはり「気配りの目」は経験がものをいう部分が大きいので、やり慣れている人が素早く対応できる。私も飲み会の席で、先輩マネージャーに席を立たせてしまったことを指摘され、赤面した思い出がある。

「女だから」と言われないように

インタビューは焼肉店で行われたのだが、お話しをしながらも、荒谷さんはせっせと肉を焼いたり野菜を焼いたり、火が通ったものがあれば取り分けてくれ、私の飲み物がなければ「なんか頼む?」と気遣ってくださいます。

―今働かれている部署は女性が少ないのですか?

そもそも総合職の女性を採用しだしたのが、ここ最近ということもあり、総合商社はまだまだ女性が少ないと思いますね。私が所属しているところも、男性の多い部署です。

―働かれる上でなにか弊害はありますか?

配属された当初は、部署の男性は戸惑っていたようで、上司にも「女だからどう扱っていいかわからない」と言われ、傷ついたこともあります。

でも、仕事をしていくうちに、最初は異質(?)だった私の存在も受け入れてもらえるようになったと感じますし、今は男/女関係なく扱ってもらっています。「女性だから」ということで変に優しくされることもないのが、逆に良いのかもしれません(笑) とは言うものの、やはり女性だからということで、周りも気を遣っているところはあると思うし、やっぱり難しいところはどうしてもあるんだけどね(苦笑)

―就職活動は順風満帆だったのですか?

全然そんなことないよ! 実は崖っぷちでした(笑) 元々クリエーティブな仕事がしたくて、テレビ局をはじめとしたマスコミや、国際協力にも興味があったので、国際協力系の機関を受けていたんだけど、最初はことごとく落ちてしまって、すごく落ち込んだりもしました。最後は、食品関係の仕事と総合商社で悩んだんだけど、最終的にはキャリアの幅が広くて、海外との接点が強い総合商社に向いているのかなと思って決断しました。

―やはり就職活動中は落ち込みますよね……。

そうですね……。最初ほんとにうまく行かなかったから。ただ、落ちまくっても、「必ず自分に合ったところはある!」と信じて、前向きに気持を切り替えていくことが重要だと思います。今考えれば、私もただはじめのうちは自分に合ったところを受けてなかったんだなあって。就職活動ってやっぱり相性だと思うんです。

どんなに優秀な人でも、やっぱり会社のカラーに合った人には優ることができない。就職活動中にそれに気づくのって、意外に難しかったりするんだよね。私は、総合商社は他にもいくつか内定をいただいたけど、私のバックグラウンドだったり、今までやってきたことだったり、性格だったりといった総合的な素質が、総合商社のほしいそれと合致していたのだと思います。

実際に、今の仕事の客先は海外にいるため、異なった考えやバックグランドを持った人のニーズを理解するといったスキルが重要だし、業務の8割方は英語を使用します。そういった意味で、自分のバックグランドや経験を業務に活かせているなとすごく感じますね。

―最後に就活生にアドバイスをください!

何よりも大切なことは、自分に素直になることだと思います。私も就活の最初の頃は、いかに自分をよく見せるかばかり考えていましたが、なかなかうまくいきませんでした。飾らず、とにかく自分の言葉で一所懸命話すようになってから、不思議と面接が通るようになったかな。拙い言葉でも良いので、素直な思いや考えを一所懸命話すことが、面接官にはきっと伝わるはず! そして素直な自分を受け入れてくれる会社はきっと見つかるはず。

合っているところを自分で理解するという意味で、自己分析は大切だと思います。自分を見つめるよい機会なので、とことん自分と向き合ってみてください。

-今日はありがとうございました!

インタビューアから一言

私は体育会に属しているのですが、同じ男性社会で働く者として、考え方を共有することができて、とてもためになりました。この世界にいる者にしかわからない苦労があり、それを初対面でシェアできたことは、私にとって非常に有益でした。私は就職活動中だったのですが、その日うかがったことを参考に、最後の1ヵ月を頑張りたい!と改めて思うことができました。商社のお仕事の雰囲気がこのインタビューを通じて伝わっていれば嬉しく思います。
富田茉記子。1988年生まれ。東京都出身。高校1年のときにイギリスへ渡り、高校時代2年間ロンドンで過ごす。卒業後帰国し、早稲田大学政治経済学部へ入学。現在は政治経済学部国際政治経済学科4年に在籍。大学では、体育会(男子部)にマネージャーとして所属しており、部活漬けの日々を過ごしている。