海外生活体験者・社会人インタビューvol.64

interviewee_s_170_profile.jpg 岡本亜希子さん。1983年生まれ。東京都出身。小学1年のときに、父親の仕事の都合で渡米する。カリフォルニア州ロサンゼルスに6年滞在。その後、東京に戻り、聖心インターナショナルスクールに通う。大学受験ではAO入試で中央大学総合政策学部に入学。2年間通った後、中央大学を退学し、米国ニュージャージー州にあるRutgers Universityに転学し、School of Communication, Information, and Library StudiesのJournalism and Media Studiesを専攻。卒業後帰国し、TBSテレビの子会社エフエフ東放に入社。現在は、報道局取材センター外信部に所属し、主に海外ニュースを担当している。

spelling bee で優勝 日本人としての自覚を得る

―今日はよろしくお願いします。まず、亜希子さんのLA時代の話を聞かせて下さい。

私は1stから7th gradeまでLAの学校に通っていました。とにかく、LAに住んでいた頃はすごく楽しくて、私という人間を作り上げてくれた場所だと思っています。もし、私がLAに住んでいなかったら、英語はもちろん、今の人格や性格も違っていたんだろうな〜と、最近実感しています。

―具体的には、どういう体験が楽しかったのでしょうか。

一番楽しかったのは水泳でした。私は5歳から水泳を始めたのですが、とにかく大好きで、LAでは週に3回も練習をしていました。特に楽しかったのは、水泳大会です。週末は必ず大会に参加していて、もう水泳のことしか頭になかったですね。まぁ、他にも友だちとたくさん遊んで、遊んで……、もう遊んだことしか記憶がないですね!(笑)

―LA時代では色々楽しい思い出がたくさんあったと思いますが、一番の思い出は何ですか?

一番印象に残っているのは、たぶん学校内で行われたspelling beeですね。spelling beeとは、学校内で誰がspellingを一番正しく書けるか競うという大会なんですけど、その大会で一位になったことです。親は「日本人なのにアメリカ人より優れているってすごいよ!」と褒めてくれました。それまで、私はずっと白人と一緒に学校に通い、日本人がいない環境に育っていたので、日本人としての意識がほとんどありませんでした。その体験を通じて、日本人として勝ったんだと実感し、自分は日本人であるという意識が湧きました。

帰国後はインターから日本の大学へ

―では、帰国後についてお聞かせ下さい。

日本に帰国してから、最初はキリスト系の私立学校に通っていましたが、正直学校に馴染めませんでした。しかも、私はそれまで英語で勉強していたため、日本の授業に全くついていけなかった(笑) それがきっかけで、日本嫌いが進みました。結局、日本の学校ではなく、インターナショナル・スクールに通うことにしました。

私が通っていたインターは女子校で、環境も整っていたし、授業も英語で行われていて、インターに入って本当に良かったと思いました。何よりも英語で話せる友だちができたことが大きかったです。もちろん、日本語は第二言語として勉強をしていましたが、やっぱりアメリカの大学に行きたいなーって、いつも思っていました。

―なぜ日本の大学に進学しようと思ったのですか?

そもそも、私は日本の大学には行きたくなかったのです。私も周りの友だちと外国の大学に行きたいっていう気持ちが大きかったのですが、色々な事情があって、日本の大学に進学しました。まぁ、今だから言えるのですが、なんとなく日本の大学に行ったっていう感じです(苦笑)

また、日本の大学に進学しようか迷っているときに、日本人の友だちができるかなと不安になった時期はありましたが、帰国子女受験コースで予備校に通っていて、その中で帰国子女の友だちができて、日本の大学でもやっていけると自信がつきました。

日本の大学には希望がもてなかった

―亜希子さんは、日本の大学とアメリカの大学の両方を経験したわけですが、二つの大学を比較するとどうですか?

個人的に、日本の大学に通って希望を持てませんでした。私は大学に入学する前からジャーナリストになりたいという気持ちがあり、国際関係の勉強をしたいと思っていましたが、大学は自分が考えていたものとは全く違った環境で、失望感を持ちました。

日本の大学って、単位を取るのは簡単じゃないですか? 確かに、大学生活の4年間は、自由な時間を確保することができて、それは逆に良いのかもしれませんが、自分はそういう大学生活は送りたくなかったので、アメリカの大学に転学しました。

アメリカの大学は希望が持てる環境です。アメリカの大学では、卒業することで精一杯になり、入ったら苦労はしますが、そこで自分が本当に興味のあることを勉強することができます。ですから、私は日本の大学よりアメリカの大学に行ってよかったと思います。

子供の頃からジャーナリストに憧れる

―そもそも、ジャーナリストになりたいと思ったきっかけは何でしたか?

私は小さい頃から、ジャーナリズムの仕事に携わりたいという気持ちが強くありました。小学生のとき、ちょうどロス暴動が起きたのですが、その様子がテレビで放映されていて、それを撮影しているジャーナリスト、記者に魅力を感じました。

他にも、湾岸戦争で防弾チョッキを着ながら戦地から中継してレポートしている姿がとてもカッコよく見え、私も人に何かを伝える仕事をしたいと思いました。その気持ちは大学生になっても変わらず、大学ではジャーナリズムの勉強をしたかったのです。

アメリカの大学に通えば、先生からインターンの話を勧めてもらえます。アメリカの大学の良いところは、カリキュラムが充実しているだけではなく、就職も全面的にサポートしてくれることです。ちなみに、インターンを経験してみて、それは将来の夢をかなえる絶好の機会だと思いました。子どもの頃からジャーナリストになりたいと思っていたわけですから、当時はメディア業界のインターンに参加できて、本当に嬉しかったです!(笑)

私が参加していたインターンは、国連本部などの取材が多くて、アシスタントとして記者やカメラマンに同行したのです。国連本部は色々な国のメディアが来ていて、その方たちと仲良くなれました。しかも、私はその仕事に熱中しすぎて、インターン生だから早く帰っていいよって言われたていたのに、もっとその仕事をやりたいと思って、本当の記者の方と一緒に、終業時間までずっと仕事していました。そこで改めてジャーナリストになろうという希望を持ちました。

インターンは絶対に参加するべきですよ!

―大学生はインターンに参加するべきだと思いますか?

インターンは絶対に参加するべきですよ! 特に日本の学生は(笑) 日本の大学は、大学側からインターンの話とか勧めないし、日本の学生は自由な時間がいっぱいありますから。やりたい仕事があれば、努力してそれを職にする。挫折はありますが、自分が頑張ったことは財産になると思うし、後悔はしないはずです。私もメディアのインターンを通じて「やりたい!」という気持ちが湧きましたし、インターンは自分の夢を作るきっかけになると思います。

―今の日本の大学生は、この自由な時間をどう有効に使うべきだと思いますか?

不況で企業の求人が減っていて、今の大学生は私の頃とは違うと思いますが、だったら、1、2年生はアメリカみたいなインターンに積極的に参加するべきなのに……、と思ってしまいます。また、日本の大学で取れるA評価と、アメリカの大学で取るA評価の重みは全然違います。しかも、アメリカの学生は目的意識が明確で、勉学をどう活用させるか考えている一方、日本の学生は大学受験に完全燃焼してしまい、自由な時間をそのまま享受する傾向があると思いました。私はそうした日本の大学システムに失望しました。だからこそ、やりたい仕事があれば、少しでもその夢に向かうべきなのです。

「英語が出来てすごい!」って思われたくない

―ところで、亜希子さんは、現在会社でどういう仕事をなさっているのですか?

私は英語ができるので、英語の取材の仕事はよく任されます。他にも日本語で原稿を書き、VTRの作成もしています。でも私は「英語が出来てすごい!」って思われたくないですね。英語が出来るのは小さい頃から自然に身に着いたものなのだと言いたいぐらいです。やっぱり、英語だけができる人になりたくないから。私は取材を得意としていますが、そこは英語ではなく、私のスピーディーさで勝負しています。これを評価してほしいと思っていますし、他に強みを見せたいです。

―亜希子さんは報道局に勤めていますが、今の仕事は楽しいですか?

仕事をする度に、報道以外に私に向いている仕事はないと実感しています。やっぱり報道の仕事は楽しいです。ただ、テレビ局は不規則な生活で、24時間態勢です。例えば、もし東京都内に震度5の地震や大きな事件があった場合、それが夜中であっても、特番を組むために無条件で出社しなければいけません。

一度気がつかなかったことがあり、上司の方から「自覚が足りない」と怒鳴られたことがありました。報道局に勤めている人は、何かあったときに、それを真っ先に視聴者に伝えなければいけない。そういう自覚を持たなければならないと実感しました。

報道局はスピード勝負、そして、体力勝負

―メディア業界に入るために、必要なものは何だと思いますか?

報道は面白味がありますが、スピード勝負です。そして、報道局に入りたいのであれば、体力勝負であることを決して忘れてはいけないと思います。結果が出ることで嬉しいと思うし、それがやりがいになって仕事を続けられるような気がします。ですから、やっぱり仕事に対する熱意と仕事をやりぬく体力が必要だと思います。

―私も含め、今年の就活生に何かメッセージをお願いします。

就活はやっぱり運があります。でも、本当にやりたいことがあるなら、あらゆる手段を取って、絶対に諦めないことが重要です。諦めることは簡単です。隅から隅まで全部受ける。あと、入社後、早期退職はしないことです。だって、もったいないと思います。会社に合わない、嫌いとかの理由で退職することは、会社の選考に漏れた人に対して失礼です!(笑)

最後まで夢を持ち続けること

―もうそろそろ時間ですね。最後に一言お願いします!

今は体力を維持しながら、記者としてのキャリアを積んでいるつもりです。将来的には海外メディアでもさまざまな情報を視聴者に伝えたいという夢を持っています。最近、アジアでも英語放送を行っていますが、やっぱり学生時代のインターンのように、世界中のメディアが集中するニューヨークみたいな街でいつか仕事がしたいです。

―本日はありがとうございました!

聖心インターナショナルスクール :
http://www.issh.ac.jp/
Rutgers University :
http://www.rutgers.edu/

インタビューアから一言

亜希子さんは私の姉の予備校時代の友人で、たまに家にいらっしゃって、一緒に会話をしたことがあります。普段は優しい印象の方なのですが、インタビューを通じて、芯のある非常に強い女性であることを初めて知りました。また、帰国子女にもかかわらず、自分の英語力を評価してほしくないという考えを持つことに、驚きを覚えつつ、立派な方だなと思いました。自分も含め、帰国子女は英語が出来るだけではなく、それ以外の能力に磨くことが重要なのではないかと思います。
徳井洋平。1989年生まれ。アメリカ合衆国コロラド州出身。1歳半で日本に帰国。小学1年生で再びアメリカのロサンゼルスに移り、中学3年までシカゴなどの様々な土地で暮らし、高校3年間はカナダのトロントで生活、Pine Ridge Secondary Schoolに通う。大学受験を機に帰国し、立教大学社会学部に入学。現在3年に在学中。大学では、朝から講義、午後は放送研究会のサークル活動のため、多忙を極める。趣味はサッカー観戦で、ACミランのカカをこよなく愛す。