海外生活体験者・社会人インタビューvol.67

interviewee_s_176_profile.jpg S.M.さん。1982年生まれ。静岡県出身。中3のときにアメリカのロサンゼルスに渡り、Peninsula High Schoolで4年間を過ごした。帰国後、筑波大学芸術専攻学群・美術主専攻に見事合格し、そこで4年間、美術に没頭する。現在、某大手ゲーム会社の研究開発部に身を置いている。

最初はホームシックにかかる

―早速、お聞きしたいのですが、アメリカへ移るときはどんな気持ちでしたか?

最初は嫌でしたね。アメリカに住んだら、普通の人生や幸せが本当に得られるのか?と思っていました(笑) あと、アメリカに言ったら、自分の人生が変な方向に行ってしまうと不安になったので、住み始めた最初の半年間はホームシックになったことを鮮明に覚えています。

―ホームシックになって、それを克服したきっかけは何でしたか?

日本人が周りにいたことがきっかけでした。Peninsula High Schoolは多くの日本人が住んでいた地域にあったので、その輪に入れたことがきっかけで、ホームシックを克服することができました。ただ、その中で派閥があったので、人間関係的に色々と難しいことがありました。

アートの授業が唯一チヤホヤされる場

―大学では美術を専門としていたとお聞きしていますが、それは高校時代から美術に関心を持たれていたわけですか?

もともと、アメリカに行く前から絵が大好きだったので、その頃から大学で美術を勉強しようと決意していました。もちろん、海外に住んでいたときは英語をきちんと勉強していましたが、出来るだけアートの授業を積極的に履修していました。そこが唯一、周りからチヤホヤされた場所でしたしね(笑) その点では、アメリカの高校では選択授業が多いので、日本の高校より好きなことを勉強することができました。

―アート以外の授業はどうでした? 例えば、英語のクラスとか……?

やっぱり英語を第2言語として習得することは大変苦労しました。他の人たちについていくだけで必死だったので……。しかし、結果的に、海外に住んでいて良かったと思います。在学していた大学も帰国子女枠でしか入れなかったと思うし、もしロサンゼルスの高校に行っていなかったら、今の自分は間違いなくなかったと思います。

大学はひたすら絵を描く修行の場

―なるほど。では話を移して、大学生活について聞かせてください。大学生活を一言で表すと何ですか?

んー、一言で言うならば、修行の場でした。普通の大学生なら、時間が余って自由な時間が多いと思いますが、私の場合は勉強しかしなかったです。つまり、大学生活は、ずっと絵を書くことに没頭していました。なぜなら、私が入学する前は大学に一日中いても良かったらしいのですが、私が入学してから大学の方針で、24時までしか勉強することができなくなってしまい、私は毎日ギリギリまで残って絵の勉強をしていたからです。

―つまり、大学生活は結構苦労をしていたということですか?

そうですね。特に、高校時代と違って、大学にいる周りの人たちは全員絵が上手だったので、そんな環境に置かれて、さすがに挫折感を味わいました。しかし、挫折はアメリカでたくさん味わったので(笑)、「周りになんかに負けない!」という気持ちの方が強かったです。ですから、アメリカでの生活があったからこそ、精神的に強くなったんだなと自分で気付きました。まぁ、大学は大変でしたけど、自分の好きなことをやっていたので、その面では充実した大学生活だったと思います。

―逆に、大学時代に後悔していることは何ですか?

サークルに入っていれば良かったかなと思います。サークルに入れば、先輩とか後輩が出来るのは当たり前ですが、私もそうした先輩、後輩との関わりをしたかったですね。それに気付いたのが入社してからです。社会人になると、人との関わりが大切となるので、大学時代にそうした関わりを持った方が良かったな、と後悔しています。

大学4年の4月から就職活動

―では、就職活動について聞かせてください。松尾さんはどういう就職活動をしていましたか?

焦りながらめちゃくちゃ就職活動をしていた記憶があります。最初は院に行くつもりで入学しましたが、色々あって、私は4年の4月から就職活動を始めました。そのため、だいぶ業界が絞られて、自分が行きたいと思っている業界が少なかったのです。当時、希望していた業界は出版、ホテル、予備校等でした。そして、私は緊張しやすい性格なので、面接では苦労しました。ただ、多くのことを学ぶことができて、今振り返ってみると、就職活動は人生において良い経験だったと思っています。

―たくさん学んだこととは、具体的にどういうことですか?

特に、私は面接でたくさん学ぶことができました。それは、自分をアピールする力です。社会人になっても、自分をアピールする力が必要となってくるので、就活生は自分をアピールする力を面接で養うべきだと思います。まぁ、もしかしたら自然に身に付く能力かもしれませんが……(笑)

―このインタビューを読んでいる就活生の人たちに、何かメッセージとかありますか?

とりあえず、悔いがない就職活動をすることです。新卒は人生に一回しか来ないものなので、そこで自分が志望している業界に決めるべきだと思います。見聞を広げるために色々な業界を受けた方が良いかもしれませんが、実際に就職活動をする際には、自分が興味を持っている業界にとことん絞るべきだと思います。

長年の夢が叶ったことに誇り

―では、現在勤めている会社についてお聞かせ下さい。

この会社に入れて本当に良かったと思います。私は小学生の頃から、ゲームを作る会社に勤めたいと思っていたので、長年の夢が叶ったことに誇りを感じています。仕事内容は、例えば、ゲームの背景をパソコンからデザインすることがメインですが、大学時代に磨いてきた能力を会社でも活かしています。絵をデザインすることは好きなので、それがモチベーションとなっています。あと、私たちの会社では、お客様からのアンケートで商品の評価をしているので、その中から課題が見つかります。その課題をどう乗り越えるかを考えることにもやりがいを感じています。

―これからも今の会社に勤めたいと思いますか?

それは間違いなくそう思います。将来もずっとこの仕事でゲームを開発したいという気持ちが強いです。これからは娯楽関係のゲームを開発したいなと思っています。

―最後に、この記事を読んでいる人たちに一言お願いします!

とにかく、後悔しないことを心掛けることです。私は何事にも後悔しないよう、日々努力しています。これからも、今の仕事で楽しく、健康に生きたいなと思っています。

―本日は本当にありがとうございました!

Peninsula High School :
http://www.pvphs.com/

インタビューアから一言

アートを専門としている方で、今までに経験のないインタビューでした。松尾さんの大学時代の話や、現在勤めている会社の話を聞けたことは、これからも貴重な経験になると思います。特に、感銘を受けたのが、「何事にも後悔しないこと」という言葉です。この言葉を聞いて、私も今までの人生を振り返ると、後悔だらけの人生だったと反省しています(苦笑) 「何事にも後悔しないように」。この言葉を忘れずに、これからの就職活動は、“後悔しない就職活動”をモットーに頑張ろうと決意しました。
徳井洋平。1989年生まれ。三重県出身。小学1年から中学3年まで、アメリカのロサンゼルス、シカゴなど、様々な土地で暮らし、高校3年間はカナダのトロントで生活し、Pine Ridge Secondary Schoolに通う。大学受験を機に帰国し、立教大学社会学部に入学。大学では、朝から講義、午後は放送研究会のサークル活動のため、多忙を極める。趣味はサッカー観戦で、ACミランのカカをこよなく愛す。