海外生活体験者・社会人インタビューvol.68〜前編〜

interviewee_s_178_profile.jpg M.H.さん。北海道出身。学生時代はサッカー部に所属。北海道大学工学部工学研究科を卒業後、某商社に入社。入社二年目の秋にカナダへ4ヶ月の語学研修へ。その後、1年モスクワにてロシア語研修を積み、研修後モスクワに滞在。仕事をバリバリにこなす傍ら、小学校2年より続けているサッカーを通じて多くの方と交流を深める。

今回インタビューを受けていただいたのは、某商社の方で、現在はモスクワ勤務のM.H.さん。全力で努力することについての彼の熱き思いを語っていただきました。

水処理というフィールドで世界へ!!

―理系のご出身ですが、なぜ商社という業種を選ばれたのでしょうか。

私の夢を実現できそうだったのが、実は商社だったんですよ。

学部生の頃は、サッカー部の活動に全力で取り組んでいました。このときは、将来のことはまだあまり考えておらず、理系だから院に進むものだろうと思っていました。将来のことを考えるようになったのは、大学院に入ってからです。

学部のゼミ、大学院の研究室と、大変お世話になった恩師がいて、よく飲み会にも連れて行ってもらいました(笑) 院一年目のときに、恩師から「将来、どんなことがしたいんだい?」と仰っていただいたことが、将来を考えるキッカケでした。

自分の先輩を見ていると、多くの方が自分の専門を職業にして、研究職に就かれていました。その先輩方とお話して、専門を職業にするということは一体どのような感じなのかを伺ってみたのですが、漠然と自分には合わないのかなという印象を持っていました。

ここで、私の専門について少し話をさせていただきます。私の専門は水処理で、とてもシンプルに言うと、キレイな水を作るということでした。ある基準値で飲み水として利用される水をもうワンオーダー上げる、つまり、きれいにするということを議論することがありました。別に現行でも十分に飲めるし、むしろその基準より低くても健康を害さないようなレベルなのに、どうしてもっと精度を上げる必要があるのだろうと、素人考えで疑問に思ったことがありました。

自分の研究をそのまま国内で仕事にしたら、もうワンオーダー上げるといった高度な議論を、研究室にこもってひたすら研究することになる。一方で、安全と呼ばれる水を飲めずに困窮している地域が世界にはたくさんあり、十分にきれいなレベルの水を生成する、ランニングコストの安い技術をそのような地域に持っていった方が、より多くの人を幸せにできるのではないか。そう考えるようになりました。

自分のやりたいことが決まり、今度はそれがどこで実現出来るのかを考えました。まず思いついたのがメーカー系や政府系だったのですが、メーカーだと結局、理系として技術職で研究室にこもることになり、政府系だと、一つのプロジェクトを動かすのに、関係者も多く時間がかかるのではないかと思いました。

そんなふうに頭を抱えていたときに、どうやら、こういうコーディネート役に商社が一枚噛んでいるらしいと耳にしました。体を張って中に入っていき、満足させるスキームを作っていくことに大変興味を持ちました。ここなら、自分の知識をスピーディーに活かせる! そう考えたのが、商社という業種を選んだキッカケです。

自らの専門と熱き思いをぶつけて

―文系就職になるわけですが、就職活動はどうされたのですか。

自然体かつ体当たりで勝負しましたよ(笑)

業種は既に商社と絞っていたので、商社について色々と調べました。現在働いている会社では、アルジェリアの方で海水淡水化事業をやっているということ知りました。

面接では、水処理について熱く語ってきました。海水淡水化はお金がかかる一方で、小規模ではあるが安価なランニングコストで満足な水処理をできる技術があること、○○の△△大学では、こういう技術があるということ、ここでは××くらいのランニングコストで水処理ができること、そういった非常に具体的な内容を答えました。これを答えられるよう、しっかり調べておきましたよ(笑)

―こんな素晴らしい志望動機を聞いたら、人事の方はびっくりしますよ。

ありがとうございます(笑) 就職活動中はこんな感じで、気を張りすぎず自分らしく行こうと行動してきました。実は、OB・OG訪問ですとか、就活本を読むですとか、そういうことはほとんどやっていないんですよ。先程も述べたような強い理由もありましたし、みんながやっていることをやってしまったら、すぐに影響されてしまって、自分らしい答えができなくなってしまうだろうと思ったので。

他にも、就職活動の思い出と言えば、服装自由の説明会に私服で行ったら一人だけ私服だったり、説明会の時間を間違え遅刻したときは、会場にいた人事の人に頼み込んでマンツーマン説明会をしてもらったり、当時北海道に住んでいいたために面接用の航空券が届いたときも、「貴社を志望したのは○○さんという方にお会いしたからで……」と、そのときは今の会社に内定が決まっていた為に、手紙を添えて返信させて頂いたり、そんなこともありました(笑)

―積極的かつ独自性のある就職活動、大変勉強になります。

ロシアとの出逢い

―入社後は、どのように過ごされたのですか。

入社後2年は東京で勤務し、2年目の秋ほどからカナダで4ヶ月英語研修、その後はロシアでロシア語研修です。研修後、そのまま滞在しているので、丸3年海外にいます。東京より長いんじゃないか……。

―日本が恋しそうですね。数ある海外の中で、なぜロシアを選ばれたのですか。

これは、結構受動的な理由です(笑)

私が配属された自動車部署は、東欧での仕事が多く、ロシアはその中でも大きなマーケットでした。社内で第2外国語を選択する際にも、ロシアはこれから伸びるだろう、何か大きなことができるだろう、そういった理由でロシア語を書きました。2番目には大学で履修していたドイツ語、3番目には中国語だったかな。そしたら、見事にひっかかって(笑) それまで、ロシアなんて関わったこともなかったんですけどね。

―じ、自動車部署ですか?!

ええ(苦笑) 内定後の面接では、自身の希望を言ってはみたのですが、私が第1希望とする環境ビジネス系の部署は、残念ながら新入社員の募集が少なかったようです。その時々の経済情勢や市場の大きさ、企業の得意分野によって、新入社員を配属させやすい部署とそうでない部署があるので。

―そうこともあるんですね……。しかし、入社2年目で海外に研修って、かなり早いほうではないですか。

そうですね。ここは、弊社のアピールポイントかもしれません(笑)

部署によって違いますが、たいていの部署は入社4年以内に海外研修に行くように勧められています。第2外国語であれば語学研修からですし、英語の堪能な方はいきなり海外事務所や関連会社で実務研修からですし。1回の滞在期間は、研修期間も含め大体2年から4年ですが、年齢が上がるにつれ長くなることもあります。昔は今ほどロシア語ができる人もいなかったので、かなり長期で滞在された方もいましたよ。最近では企業コンプライアンスやワークバランスの問題で、それほど長く滞在することはないのですが。

商社=海外というイメージがみなさんあるかもしれませんが、実はメーカーの方のほうが海外で働ける機会が多い場合もあります。採用の段階で海外要員として採用されることもありますし、。モスクワでお会いした駐在員の方で、メーカーの方も多くいらっしゃいますよ。

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木村荘一郎。1987年生まれ。高校三年間を米国オハイオ州で過ごし、帰国後は北海道大学経済学部に入学。現在4年に在籍。1・2年は課外活動、2・3年は学業に精力的に取り組み、09年秋より一年間モスクワ大学外国語学部に留学。現在は将来の道を模索中。